表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:20
164/231

07・二つの接触

 東京都すみれ区。

 インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の高校生4人は、繁華街の中程に建つ『ゲームセンターアレア・すみれ店』で、おとり捜査の3日目にのぞんでいた。

 それぞれに変装を施した高校生たちは、雑多な電子音に溢れる店内に散り、一人客を装ってアーケードゲームをプレイする。

 午後10時を少し回った時刻、店の最奥にあるモグラ叩きゲームで自己最高得点を記録した雨瀬眞白は、壁際に置かれた長椅子に座って一息ついた。

 雨瀬はさりげなく周囲を見回し、他の客の動向をうかがう。

 すると、雨瀬の隣に、派手な赤色のダウンコートを着た青年が腰掛けた。

 フードを目深まぶかに被った青年──反人間組織『イマゴ』の幹部の一人である玉井礼央が、顔に付けた白いマスクをずらして口を開く。

「モグラ叩きゲーム、後ろから見てたよ。かなり上手いね」

「……えっ? あ、ありがとうございます」

 礼央から急に話しかけられた雨瀬は、慌てて横を向いて返事をした。

 マスクを顎に引っ掛けた礼央は、自動販売機で購入した炭酸ジュースを一口飲み、白髪を黒髪に染めた雨瀬の顔を見返した。

「……あ。君も目の下にほくろがあるんだね。位置は反対だけど、僕と同じだ」

 雨瀬の右目の下に貼ったシールのほくろに気付いた礼央が、自身の左目の下のほくろを指差して言う。

 元来、人見知りで他人とのコミュニケーションが不得手な雨瀬は、「……え、ええ。はい」と戸惑ったようにうつむいて返した。

 礼央は雨瀬の様子には構わず、のんびりと言葉を続ける。

「実は、僕はグラウカなんだ。そのせいで、小学生の時にクラスメイトから仲間外れとかのいじめを受けてね。もっと酷かったのが、近所に住んでいた素行の悪い人間の高校生たちで、面白がって何度も体を傷付けられた」

「…………」

 礼央が唐突に口にした昔話に、雨瀬は顔を上げてその横顔を見やった。

「そいつらはさ、僕を羽交い締めにして口を塞ぎ、ほくろをカッターでえぐり取るんだ。それで、傷が再生したら、またえぐる。毎日毎日、誰も来ない廃倉庫に連れ込んで、飽きるまで何回もね」

「……抵抗はしなかったんですか? いくら小学生でも、グラウカなら力が……」

 雨瀬が眉根を寄せて質問をすると、礼央は口端を上げて答えた。

「僕の家族は、僕以外の全員が人間でね。僕が4歳児検診でグラウカだと判明してから、ずっと『人間と仲良く』と教えられてきた。その教えが僕を縛って、相手に手を出すなんてとても出来なかったんだ。だから、廃倉庫でいじめを受けている間は、すごく怖くて痛くて……ただひたすらに悲しかった」

「………………」

 礼央は缶入りの炭酸ジュースを飲み干し、長椅子から立ち上がる。

「いやぁ。初めて会った人に、変な話をしてごめんね。君のほくろに妙に親近感を覚えちゃって。また会うことがあれば、次は一緒にモグラ叩きゲームをしよう」

 そう言って、礼央は片手を上げて立ち去った。

 雨瀬はゲームセンターの明るい騒音に包まれたまま、赤色のダウンコートの影が自動ドアの向こうに消えるまで、じっと身じろぎもせずにその場に座っていた。


 午前1時半。

 『ゲームセンターアレア・すみれ店』のおとり捜査は、特に目立った収穫を得ることなく、終了予定時刻の午前1時を迎えて撤収となった。

 捜査指揮をる特別対策官の真伏隼人を始め、西班に所属する作戦チームの対策官たちは、合流場所のコインパーキングから黒の大型ジープで続々と引き上げた。

 南班に所属する特別対策官の童子将也は、ジープのハンドルを操って東京本部への帰路につく途中、高校生たちの「お腹が空きました!」という訴えに、急遽道路沿いのファミリーレストランにウィンカーを出した。

 24時間営業のファミリーレストランに入った「童子班」の面々は、ハンバーグセットやパンケーキ等をオーダーしてあっという間に平らげ、満腹の息を吐いた。

 ドリンクバーで作った“全種類ブレンド”のグラスを持って、塩田渉が言う。

「それにしてもさー。今日も何も進展がなかったな。音ゲーやってたらけっこう人は集まってくるんだけど、フツーの見物人ばかりだし……」

「そうだな。俺は一回だけ金髪の男に声をかけられたんだけど、内心で身構えてたら「金貸してくんない?」って。もちろん、丁重に断ったよ」

 鷹村哲がホットコーヒーを啜って苦笑し、最上七葉がカモミールティーを一口飲んでうなずいた。

「私も、若い女性に声をかけられて話を聞いたら、新興宗教の勧誘だったわ。10分くらいで解放してくれたからよかったけど、分厚いパンフレットを押し付けられてしまったわ」

「……僕は、赤色のダウンコートを着た男性と少し話をした。その人はグラウカで、過去に酷いいじめに遭ったって言ってた……」

 雨瀬がウーロン茶のグラスに目を落として言い、鷹村が「それは、なかなか重たい話だな」と顔を向けて返し、塩田が「夜のゲーセンって、色んな人がいるなぁ」と感慨深げに声を漏らした。

 塩田が勧めた“全種類ブレンド”のドリンクを飲んだ童子が、テーブルにつく高校生たちを見やって言う。

「ゲームセンターのおとり捜査は、まだ3日目や。『イマゴ』の犯人が獲物をあさる場所を変えてへん限り、きっとまた近いうちに現れる。4人共、学校がある上に連日深夜までの任務で疲れが溜まっとるやろうけど、もうしばらくの間は気張ってくれ」

 童子の気遣いを含んだ言葉に、塩田がニカッとした笑顔を見せた。

「大丈夫っスよ! 学校から帰ったら、ソッコーで仮眠を取ってますし! 何なら、学校の授業中も爆睡してるっスから!」

「バカ。授業中は寝ちゃダメでしょ」

 最上がすかさずに突っ込むと、鷹村と雨瀬が「俺も寝てる……」「僕も寝てる……」と小声で告白し、童子が可笑しそうに笑った。

 ほどなくして、ファミリーレストランを出た「童子班」の5人は、夜半の寒々とした駐車場を歩き、細い月明かりが車体を照らすジープに乗り込んだ。


 午前2時。

 ガード下のひと気のないトンネルの中央付近で、礼央はふと立ち止まった。

「……誰? さっきから、僕の後をつけてきてるのはわかってるよ」

 赤色のダウンコートのポケットに両手を入れた礼央が言うと、電灯の壊れたトンネルの口から、上背のあるシルエットが現れる。

「……バレちゃったわね。つけるような真似をして、ごめんなさいね」

 そこには、木賊とくさ区の『BARロサエ』のオネエのママであり、『イマゴ』のメンバーでもあるリリーが立っており、礼央は「何だ。リリーさんだったんですか」と言って警戒を解いた。

「こんな夜中に、どうしたんですか? 何か僕に用が……?」

 礼央が首を傾げて訊ねると、リリーはヒールを履いた足を進めて答える。

「ええ。穂刈リーダーから聞いたんだけど、『ゲームセンターアレア・すみれ店』で、インクルシオの新人対策官4人がおとり捜査をしているんですってね。それなら、同じ店に入りびたるのは危険だと思って……」

「ああ。その話ですか。わざわざ、ご心配をありがとうございます」

 礼央はにこりと微笑んで礼を言い、リリーは前を見据えたまま言葉を続けた。

「それと、これは少し言いにくいことだけど、貴方はまだ若いわ。『イマゴ』の一員として人間を殺す人生よりも、どこかに就職して一生懸命に働いたり、友達と遊んだり、恋愛をしたり、そういう“道”を探してもいいんじゃないかしら? ……何だか差し出がましくて悪いわね。私がこういうことを言うのは、貴方と同じ年頃の弟がいるからなの」

 リリーの話を聞いた礼央は、ゆったりと目を細めて返した。

「……リリーさん。僕のことを真剣に考えてくれて、嬉しいです。だけど、人間を殺すことが僕の喜びであり、幸せであり、生き甲斐です。だから、僕はこの“道”で十分に満足なんです」

「………………」

 トンネル内で向かい合うリリーと礼央の間に、ひんやりとした空気が流れる。

 礼央は寒さに身を縮こめると、白いマスクの下の笑みを深めて言った。

「そうだ。さっきの話……インクルシオのおとり捜査の件ですが、僕は店内に潜入する新人対策官4人に接触し、彼らを殺すつもりです。それに関して、すでに穂刈リーダーには一つお願いをしていますので、どうぞ期待していて下さい」

 そう言うと、礼央はくるりときびすを返し、軽い足取りで去っていく。

 顔に厚化粧を塗ったリリー──礼央の実兄であり、元西班の対策官でもある玉井理比人は、胸元に忍ばせたロケットペンダントを強く握り、光のない空間にいつまでも立ち尽くした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ