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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:20
163/231

06・初日と後戻り

 午後9時。東京都すみれ区。

 色とりどりのネオンが光る繁華街の中程に建つ『ゲームセンターアレア・すみれ店』で、インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の高校生4人は、反人間組織『イマゴ』の犯人との接触を目的としたおとり捜査にのぞんだ。

 この日を初日とする任務にあたり、高校生たちは頭髪を本来とは違う色に染め、それぞれカラーコンタクト・シールのほくろ・メガネ等で変装した。

 また、インクルシオの内部規定により、学生の平日の任務時間は下校後から午後9時までと定められているが、おとり捜査を実施する間は午後9時から午前1時までに変更された。

 私服をややルーズに着用した高校生4人は、サバイバルナイフ1本──雨瀬はバタフライナイフ──を腰に忍ばせ、一人ずつ時間を空けて入店する。

 青を基調とした爽やかな色合いの店内は、親子連れや中高生で賑わう昼間の様相とは異なり、アーケードゲームに黙々と興じる若者たちで溢れていた。

「さーてと。どのゲームで遊ぼうかな? やっぱ、音ゲーかな?」

 普段より数段明るい茶髪と、同色のカラーコンタクトを装着した塩田渉が、自動販売機で購入したジュースを片手に独りごちながら歩く。

 その前方では、暗めの茶髪に黒縁くろぶちのメガネをかけた鷹村哲が、ジーンズの脇に垂らしたウォレットチェーンを揺らして、エイリアンを討伐するシューティングゲームをプレイしていた。

 更に通路の先に進むと、ピンクアッシュの髪に濃いめのメイクを施した最上七葉が、真剣な面持ちでクレーンゲームを操作している。

 そして、癖のついた白髪を黒髪に染め、右目の下にシールのほくろを貼った雨瀬眞白が、店の最奥に設置されたモグラ叩きゲームに向かっていた。

 「童子班」の高校生全員が『ゲームセンターアレア・すみれ店』に侵入したのを見届けると、南班に所属する特別対策官の童子将也は、同店舗のはす向かいのハンバーガー店に入り、2階の窓際の席についた。

 繁華街の中心部から30メートルほど離れた場所にあるコインパーキングでは、黒のツナギ服を纏い、腰にブレードとサバイバルナイフを装備した西班の対策官15人が、3台の大型ジープに分乗して待機している。

 西班に所属する特別対策官の真伏隼人は、今回の作戦指揮を担う立場として、童子と同じハンバーガー店の別の席で腕を組んで座っていた。

 おとり捜査の作戦内容は、変装をした高校生4人の誰かが犯人と疑わしき人物から声をかけられた場合、そのまま故意に同行し、移動先で相手が『イマゴ』の構成員と判明次第、交戦・拘束する。

 それと併行して、作戦チームの真伏、童子、西班の対策官15人は、高校生たちが各々に持つスマホのGPSを追跡し、即座に現場に乗り込む予定であった。

 おとり捜査の開始から4時間が経った午前1時、ゲームセンターの高校生4人と、ハンバーガー店の童子と真伏は、バラバラに店を出た。

 その数分後、ビルとビルの間に挟まれたコインパーキングで合流し、任務の緊張を解いた高校生たちがほっと息を吐いた。

「4人共、ご苦労さんやったな。店内に不審な人物はおらへんかったか?」

「はい。誰からも声をかけられなかったし、妙な動きをする奴もいませんでした」

 虎の刺繍が入ったスカジャンを着た童子が、高校生たちに歩み寄って労い、鷹村がメガネを外して返す。

 塩田が「だけど、4時間もゲームをすんのは、さすがに疲れたなぁ〜」と伸びをし、最上が「クレーンゲームの景品、こんなに取っちゃったわ」とビニール袋を持ち上げ、雨瀬が「モグラ叩きゲームが上達した……」と小さく呟いた。

 モスグリーンのジャケットを羽織った真伏が、高校生たちの横を通って言う。

おとり捜査は始まったばかりだ。この先も、一瞬たりとも気を抜くことなく、しっかりと任務にあたれ」

 真伏の鋭い声に、高校生たちは「は、はい!!!」と姿勢を正して返事をした。

 それからほどなくして、4人は童子が運転するジープに乗り込み、きらびやかな夜景の中を東京本部へと戻っていった。


 午前11時。東京都月白げっぱく区。

 築30年の木造アパートの六畳間で、『イマゴ』のリーダーである穂刈潤は、愛用のミニサイクルの鍵を持って言った。

「玉井君。真伏君からのリーク通り、インクルシオの新人対策官4人がゲームセンターでおとり捜査を行ったようだね」

『ええ。変装の特徴も教えて頂いたので、すぐにわかりました。おかげで、昨夜は何もせずに店内を一周して帰りましたよ』

 テーブルに置いたスピーカー状態のスマホの向こうで、『イマゴ』の幹部の一人である玉井礼央が笑う。

 インクルシオ東京本部の1階に入る『カフェスペース・いこい』でアルバイトをする穂刈は、正午からの出勤の支度をしながらふと訊ねた。

「そう言えばさ、玉井君は何故10代の若者ばかりを狙うんだい? 何か特別なこだわりがあるの?」

『…………』

 穂刈の何気のない質問に、礼央は短く沈黙する。

『……実は、ちょっと嫌な思い出があって、高校生くらいの年齢の人間が憎いんです……』

 礼央の沈んだ声の返答を聞いた穂刈は、「そうか」と穏やかに返した。

「なら、もっともっと殺しちゃえ。遠慮はいらないよ」

 穂刈の応援の言葉を聞き、礼央は『……はい! ありがとうございます!』と礼を言うと、先程とは打って変わった明るい声で切り出した。

『あの。それで、穂刈リーダー。インクルシオのおとり捜査の件ですが、僕に考えがあります』


 翌午前2時。東京都木賊とくさ区。

 細い路地裏にひっそりと佇むグラウカ限定入店の『BARロサエ』は、スチール製のドアに「CLOSED」のプレートを下げていた。

 酔客のいない静かな空間で、店のオネエのママであるリリーが、カウンターのスツールに腰掛けた人物──すみれ区の2日目のおとり捜査を終えて訪れた真伏に、ホットコーヒーを出す。

「……ん? こめかみのところ、少し赤くなってるな。どうしたんだ?」

 唇に赤い口紅を塗ったリリーが男言葉で訊き、真伏は思わず顔をしかめた。

「……先日、童子と取っ組み合った時に、奴の腕が当たってった」

「えっ? 童子と取っ組み合った? あのインクルシオNo.1の男と?」

 真伏は不機嫌に答えてコーヒーを啜り、リリーが大仰に声をあげて驚く。

 真伏はリリーのリアクションには反応せず、手にしたコーヒーカップに目を落として言った。

「……俺が『イマゴ』に入ったのは、“あの人”と呼ばれる大ボスの正体を暴き、組織を完全に壊滅に追い込む為だ。その目的を、インクルシオの仲間を犠牲にしてまでも果たしたい理由は、路木チーフに認められたいからだ」

 真伏のどこか苦しげな本音の吐露に、リリーはそっと視線を向ける。

 自分用に淹れた梅昆布茶の湯呑みを持ち、リリーは低い声音で言った。

「……それだけ、お前は実の父親からの愛を求めているんだな」

「………………」

 真伏は黙ったまま返事をせず、コーヒーの残りを飲む。

「しかし、“あの人”の正体を暴くのも、『イマゴ』を壊滅するのも、決して容易じゃないぞ。今のようにインクルシオに隠して単独で動くのなら、尚更……」

「わかっている。だが、誰かの手を借りる気は毛頭ない。俺は後戻りの許されないこの“道”を、一人きりで進むだけだ」

 真伏はコーヒーカップをソーサーに置き、スツールから立ち上がった。

 まっすぐに背筋を伸ばしてドアに向かう姿に、リリーが言う。

「ああ。ならば、もう何も言うまいよ。俺もお前も、選んだ“道”の行き着く先は地獄だ。せいぜい、口笛を吹いて楽しくいこう」

 真伏はリリーの言葉を背中で聞くと、重たいスチール製のドアを開き、黒暗こくあんの闇の中に紛れていった。




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