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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:20
161/239

04・喧嘩

 午後7時。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の5階の執務室で、執務机についた西班チーフの路木怜司は、右手に持ったボールペンを一回転した。

 窓のブラインドが下りた室内には、南班チーフの大貫武士、南班に所属する特別対策官の童子将也、同じく南班の雨瀬眞白、鷹村哲、塩田渉、最上七葉、西班に所属する特別対策官の真伏隼人が2列に並んで立っている。

 「童子班」の5人は担当エリアの巡回任務から戻った後、大貫を経由して路木に『ゲームセンターアレア・すみれ店』のおとり捜査の件を申し出た。

 路木は「それなら」とすみれ区の殺人事件の捜査指揮をる真伏を執務室に呼び、今回の提案を伝えた。

 どこかぴんと張り詰めた空気が流れる中、細い指先でボールペンを回しながら、路木が平坦な声音で言う。

「ちょうど、すみれ区のゲームセンターのおとり捜査は、こちらも検討していました。うちの班には、18、9の年齢の対策官が数名いますからね。しかし、10代半ばの高校生の方が、より犯人からの接触が期待できますね」

「ああ。俺もそう思う。果たして、犯人がまた同じ店舗に現れるかどうかはわからないが、やってみる価値はあるはずだ」

 インクルシオの黒のジャンパーを羽織った大貫が返し、路木は「ええ。そうですね」と肯定的にうなずいた。

 すると、前列に立つ真伏が、両手を後ろに組んだ姿勢で言った。

「路木チーフ。大貫チーフ。お言葉ですが、南班の新人対策官4人に、このような重要な役割は任せられません。仮に今回の提案を受けておとり捜査を実施し、ゲームセンター内で犯人と接触できたとしても、彼ら程度の未熟な実力では『イマゴ』に属する相手を捕らえることはできません。ここはやはり、西班の若い対策官でいくべきです」

「……!」

 真伏の辛辣な意見に、後列に並ぶ「童子班」の高校生4人が眉根を寄せる。

 真伏の隣に立つ童子が、前を向いたままで口を開いた。

「いいえ。うちの新人4人は、今回のおとり捜査を遂行するのに十分な実力を備えています。それは、これまでの4人の突入・摘発等の実績を見ればわかることです。インクルシオのキルリストの最上位組織である『イマゴ』の事件やからこそ、まずは犯人との接触の確率を最大限に上げなければなりません。それには、この4人の協力が必要です」

 童子は揺るぎのない強い口調で言い、真伏が反射的に横目で睨む。

 一触即発の険悪な雰囲気が二人の特別対策官の間に漂い、大貫と高校生たちはハラハラと落ち着きなく視線を動かしたが、路木が無表情な顔で言った。

「……真伏。童子の言うことは納得できる。今回は班の管轄を超えた捜査協力を、ありがたく受けることにしよう。童子。インクルシオ最高の戦力として、お前もすみれ区の捜査に同行してくれ。大貫チーフ。南班の対策官5人を、遠慮なくお借りします」

「……あ、ああ。力になれるのなら、構わない」

 路木が捜査方針を取りまとめ、大貫がほっとした表情で返し、高校生たちが小さく安堵の息をつく。

「………………」

 真伏は口を真一文字に結び、じっと空を見据えた。


 路木の執務室を出た大貫は、同じフロアにある自分の執務室に戻った。

 「童子班」の面々はインクルシオ寮での夕食の為にエレベーターホールに向かったが、下りのエレベーターに乗り込んだ高校生たちに、童子は「ちょっと用事があるから、先に夕飯を食うとってや」と告げてその場に残った。

 エレベーターの扉が滑らかな動作で閉まると、童子は上りのボタンを押す。

 先程、真伏は路木の執務室からいち早く退室し、苛々(いらいら)とした足取りで通路を進んで、エレベーターで上階に向かった。

(……多分やけど、一人になりたいのならあそこやろう)

 童子は短く思案して7階に行き、建物の一角に設けられた休憩スペースを覗く。

 最上階から東京の景色を見渡す眺望のいい部屋は、しんと静まり返っており、童子はワークブーツの足音をかすかに鳴らして入室した。

「……真伏さん。少し話をしてもええですか?」

 窓辺に立つ人物に声をかけると、夜景に目をやっていた真伏が振り返る。

 他に誰もいない休憩スペースで、童子と真伏は互いに向かい合った。

「……わざわざここまで来て、何の用だ?」

「うちの高校生らが西班の捜査に参加するんを、認めてやって欲しいんです。路木チーフの了承は得られましたが、現場の捜査指揮の真伏さんが険しい顔をしとると、あいつらもやり辛いと思うので」

 童子の要望を聞き、真伏は「ハッ」と吐き捨てるように笑った。

「たかが新人相手に、ニコニコ愛想よくしろと言うのか? それで何が変わる? 奴ら4人を持ち上げれば、『イマゴ』の組織の全容を解明し、壊滅に追い込んでくれるのか? ……下らない精神論はやめろ。無意味だ」

「下らなくはありません。新人の力を正しく認め、心から信頼することは、大きな成長に繋がります。その成長の積み重ねこそが、『イマゴ』のような強大な敵を倒すいしずえとなるんです。俺らは一人きりで戦ってるんやない。もっと周囲の仲間を見て、協調して下さい」

 童子の真剣な面持ちの訴えに、真伏は「……一人で戦えない者は、その力がないだけだ」と忌々しく呟く。

 童子は細くため息を吐き、鋭い眼光を前に向けた。

「……真伏さん。そういう貴方の他人を受け入れへんかたくなな態度は、貴方自身に重大な悪影響を及ぼしとるんです。それに、気付かへんのですか?」

「……俺自身だと?」

 真伏がぴくりと片眉を上げ、童子は言葉を続ける。

「そうです。以前、“人喰い”鏑木良悟かぶらぎりょうごのニセ拠点の突入や、乾エイジと『ノクス』の取引現場の突入で、西班の多くの対策官が殉職しました。その結果は、貴方の仲間を顧みない性格が遠因であり、ひいては貴方の特別対策官としての資質が疑われる原因になっとるんやないですか?」

「……!!!」

 真伏はみるみるうちに形相を浮かべたが、童子はえて地雷を踏んだ。

「これでは、貴方の父親である路木チーフは喜びません」

「──貴様に、何がわかるっ!!!!」

 休憩スペースに耳をつんざく怒号が響き渡り、真伏が童子に飛びかかる。

 真伏の渾身の右ストレートを、童子は咄嗟とっさに顔を逸らして避け、大声で怒鳴り返した。

「わからへんから、話し合いたいんです!!!」

 そのまま二人は激しく揉み合い、壁際に並ぶ自動販売機にしたたかにぶつかった。

 真伏は「話し合うことなどない!」と叫んで怒りの感情に任せた拳を無軌道に繰り出し、童子も姿勢を低くした体当たりで応戦する。

 その時、7階に勤務するインクルシオの事務職員が、休憩スペースの物音を聞きつけて通路から走ってきた。

「……ど、童子特別対策官! 真伏特別対策官! どうしました!?」

 書類ファイルを腕に抱えた女性職員が、驚愕の表情で訊ねる。

 童子と真伏はすぐに体を離したが、双方の荒い息遣いが騒動の深刻さを表していた。

 真伏は入り口に立つ女性職員には目もくれず、素早くきびすを返して休憩スペースから出ていく。

 童子は乱れたツナギ服を直し、「……騒いでしもて、すみません」と謝った。

「い、一体、お二人に何があったんですか……!?」

 青ざめた女性職員の質問に、童子は返答をやや躊躇ためらう。

 そして、目を伏せて「……ただの喧嘩です。何でもありません」と言うと、「童子班」の高校生たちが待つ寮へと歩き出した。




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