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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:20
160/239

03・情愛と絆

 午前2時。東京都木賊とくさ区。

 寒々しい月明かりが繁華街の路地を照らす夜半、グラウカ限定入店の『BARロサエ』のスチール製のドアには、「CLOSED」のプレートが下がっていた。

 客のいない無音の店内で、カウンターのスツールに腰掛けた人物──インクルシオ東京本部の西班に所属する特別対策官の真伏隼人が、手にしたコーヒーカップを置いて言う。

「二人で話したいと言うから来てみれば、そういうことか。あんたが探していた弟が、とうとう見つかったんだな。……『イマゴ』の幹部として」

「ああ。すみれ区の事件の捜査で疲れているところを、呼び出してすまない。だが、この再会を一人で抱えるには、少々キツくてな」

 真伏の隣のスツールには、店のオネエのママであるリリー──元西班の対策官である玉井理比人が座っている。

 リリーはいつものオネエ言葉を使わず、低く通る地声で言った。

「……俺は『イマゴ』に加入してからの4年間、組織内にいるかもしれない礼央をずっと探していた。しかし、全ての構成員を把握しているのは穂刈と乾だけ。下手に聞き回ると怪しまれるから、なかなか情報を掴むことが出来ず、歯痒はがゆい思いをしていた。それが、先日、あっさりと目の前に現れたんだ。礼央はすっかり大人になっていたが、昔の優しく気弱な面影は残っていた」

「…………」

 薄紫色のセーターを着たリリーが静かに話し、真伏は黙って耳を傾ける。

「正直、俺は今でも信じられないんだ。実の弟である礼央が、人間を嬉々として殺しているなんて。うちの両親や、俺ら兄弟だって、殺された人たちと同じ“人間”なのに……」

 そう言って、リリーはカウンターに上体を伏せ、真伏はその胸中に渦巻く懊悩おうのうを察したが、正面を向いたままで一つ咳払いをした。

「……俺は口下手だ。こういう時、気の利いたことは言えない」

「いいんだ。何も慰められたいわけじゃない。ただ、そこで聞いていてくれ」

 リリーは首を振り、深くうつむいた姿勢で、うめくように言った。

「……すみれ区の2件の殺人事件は、礼央の仕業だ。俺は、もし礼央が本当に反人間組織で殺人を犯していたら、躊躇なく殺すつもりでいた。なのに、いざとなったら、そう簡単には割り切れない。たとえ一方的なものであったとしても、家族に対する情愛と絆を、どうしても捨てられないんだ……」

 リリーの苦しく掠れた声が、磨き上げられた床に落ちる。

 真伏は言葉を返すことなく、長い時間、じっとスツールに座っていた。


 午後2時半。

 インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の高校生4人は、木賊とくさ第一高校を下校し、“木賊とくさサンサン商店街”の通りを歩いていた。

 すると、紺色のブレザー姿の4人の背中に、聞き覚えのある高い声がかかった。 

「あら? 眞白ちゃんたちじゃない? 久しぶり〜!」

「……あ。リリーさん。お久しぶりです」

 雨瀬眞白が振り向くと、『BARロサエ』のママのリリーが手を振りながら歩み寄り、鷹村哲、塩田渉、最上七葉が「リリーさん! こんにちは!」と挨拶をする。

 ナイロン製のエコバッグを持ったリリーは、高校生たちに微笑んで言った。

「さっき、そこのスーパーで美味しいぶどうジュースを買ったの。よかったら、うちのお店で飲んでいかない?」

「!」

 リリーの突然の誘いに、4人は驚いた顔を浮かべたが、すぐさまに「はい! 喜んで!」と声を揃えて返事をした。

 それから数分後、細い路地裏に佇む『BARロサエ』に訪れた「童子班」の高校生たちは、店の奥のテーブル席に座り、数量限定品だというぶどうジュースを堪能した。

「あー! 旨かった! リリーさん、ごちそうさまです!」

「コクがあって香りがよくて、本当に美味しいぶどうジュースだったわね。それに、本来ならグラウカ限定入店のお店に入れて、とても貴重な体験ができたわ」

 塩田が空のグラスを置いて言い、最上が開店前の店内を見回す。

 鷹村がカウンター内にいるリリーに顔を向けて訊ねた。

「リリーさん。僕らがここに来た目的は、ジュースと情報です。ここ最近の『イマゴ』の殺人事件について、何か知っていることがあれば教えてもらえませんか?」

 鷹村の質問に、“情報通のママ”であるリリーは、じゃがいもを洗う手を止める。

「……それって、すみれ区の事件よね? 昨夜もまた若い子が殺されたって、テレビのニュースで見たわ。でも、仕事熱心なところ悪いけど、特に耳寄りな情報はないの。ごめんなさいね」

 リリーが申し訳なさそうに言い、鷹村は慌てて「い、いえ。構いません。こっちこそ何か厚かましくて、すみません」と返した。

 ほどなくして、高校生たちは帰路につくべく、テーブルの椅子を立つ。

 リリーはドアに向かう4人の後ろを歩きながら、薄い唇をそっと開いた。

「……俺も、お前たちも、互いの“道”を進んで行こうな」

 その小さな呟きに、雨瀬が「え?」と振り返る。

 リリーは「ふふ。何でもないわ。お仕事、頑張ってね」とにこりと笑い、スチール製のドアの外側に出た高校生たちを、店の内側から見送った。


 午後3時半。東京都月白げっぱく区。

 木賊とくさ区から戻った「童子班」の高校生4人は、東京本部の2階にあるロッカールームで黒のツナギ服に着替え、この日の巡回任務におもむく為に地下駐車場に向かった。

 ワークブーツの足音を響かせてコンクリートの通路を進み、一台のジープの前で特別対策官の童子将也と合流する。

 高校生たちが『BARロサエ』に立ち寄る件を事前にメールで受け取っていた童子は、ジープに乗り込みながら「ええ情報はあったか?」と訊き、鷹村が「いえ。何もなかったです。旨いジュースをごちそうになっただけでした」と返答した。

 童子は運転席でエンジンキーを回して言う。

「ほな、俺から一つ最新情報や。昨夜にすみれ区で起こった『イマゴ』の2件目の殺人事件やけど、被害者となった10代の男女2人は、1件目の4人と同じく『ゲームセンターアレア・すみれ店』に行っとったことが確認されたで」

「……え!? それ、本当ですか!?」

 後部座席の高校生たちが声をあげ、童子が「ああ」とうなずいた。

「つい先ほど終わった幹部会議で、西班の路木チーフから報告があったと大貫チーフに聞いた。……どうも、『イマゴ』の犯人は、ゲーセンで獲物をあさっとるようやな」

「しかも、10代ばかりっスよね? やっぱ、家出人が狙われてんスかね?」

「家出人だけじゃなく、フラフラと遊んでいるだけの若者も多いだろうしな。夜遅くのゲーセンなら、そういう人たちを誘い出しやすい」

 童子の話を聞き、塩田が前のめりになって言い、鷹村が腕を組む。

 まもなく黒のジープは発進し、緩やかなスロープを抜けて地上に滑り出た。

 ウィンドウに流れる外の景色を見やって、最上が低く呟く。

「だけど、私たちと同じくらいの歳の若者の命が奪われるのは、やるせないわね」

「………………」

 怒りと悲しみの滲む言葉に、車内に重たい沈黙が降りた。

 それまで黙っていた雨瀬が顔を上げて言った。

「あの。童子さん。昨日、この4人で話していたんですけど、僕らも西班の捜査を手伝えないでしょうか? たとえば、僕らが変装をして『ゲームセンターアレア・すみれ店』にひそめば、犯人が接触してくるかもしれません」

「お! 雨瀬! それ、いい案だな! 今回の事件のポイントがゲーセンと10代の若者なら、俺らにうってつけじゃん!」

「いわゆる、おとり捜査か。西班には高校生の対策官はいないし、俺もいいと思う。ただ、管轄のことで、真伏さんがどう言うか……」

「問題はそこよね。やっぱり、にべもなく拒否されるのかしら……」

 雨瀬の発言を皮切りに、塩田が湧き上がり、鷹村と最上が不安を口にする。

 童子はフロントガラスの先を見据え、ハンドルを操って言った。

「相手はあの『イマゴ』や。班の管轄を気にしたり、誰かの顔色をうかがっとる場合やない。これ以上の犠牲者を出さへん為にも、打てる手は全て打たなあかん。……巡回から戻ったら、大貫チーフと路木チーフに、この話を申し出よう」




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