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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:03
16/231

02・光と影

 午前6時。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の全対策官を対象に、緊急招集がかけられた。

 各班に所属する対策官たちが、それぞれに指定された会議室に入っていく。

 南班に所属する「童子班」の高校生4人は、キョロキョロと周りを見回しながら、1階にある第二会議室の扉を開けた。

「こんな朝早くから、一体何だろう?」

 前から2列目の長机に座り、寝癖のついた髪を片手で撫でた塩田渉が言う。

「いいことじゃないのは確かだな」

 鷹村哲が無人の演台を見やって返し、その隣に雨瀬眞白と最上七葉が着席した。

「あ。童子さんだ」

 多くの対策官でざわめく会議室に、特別対策官の童子将也が姿を現した。

 起き抜けの緊急招集でまだ私服姿の高校生たちとは違い、童子はきっちりと黒のツナギ服を纏い、両腿に2本のサバイバルナイフを装備している。

 塩田が大きく手を振ると、それに気付いた童子が高校生たちの側にやってきた。

「おはようさん」

 塩田の右隣のパイプ椅子を引いた童子に、4人が「おはようございます!」と声を揃えて挨拶を返す。

 塩田の左隣に座る鷹村が、童子に訊ねた。

「童子さん。全班の対策官が一斉に緊急招集って、何かあったんですか?」

「いや。俺も知らんねん。ただ、俺に来た緊急招集メールの文末には、会議後すぐに捜査に出てくれと要請があった。それだけ、緊急を要する事態なんやろう」

「……うわぁ。ますます不穏な予感」

 童子の返答に、塩田が口角を下げる。

 すると、第二会議室の前方の扉から、南班チーフの大貫武士が入室した。

 大貫は演台の前に立って手をつき、「早速だが」と低い声で言う。

 それまで騒がしかった室内が、しんと静まり返った。

「昨晩、阿諏訪総長のお嬢さんが行方不明となった」

 大貫の言葉を聞いた塩田が「えっ?」と声に出して驚く。

 童子、鷹村、最上、雨瀬も、予想外のしらせに目をみはった。

「阿諏訪総長のお嬢さんの名前は、阿諏訪灰根。年齢は10歳。生まれつき病弱な体質で、ここ数年はベッドの上で過ごすことが多かったそうだ。だが、昨晩、突如として自宅から姿を消した。先ほど資料を作ったんだが、急ごしらえで写真くらいしか載せていない。だが、灰根さんの外見の特徴はこれでわかるだろう。……前の席から回してくれ」

 そう言うと、大貫はコピーした用紙を最前列に座る対策官に渡した。

 対策官たちが配られた用紙に目を落とし、大貫が説明を続ける。

「阿諏訪総長は、すでに警察には捜索届を出したそうだ。しかし、気になるのは、ここ最近都内で起きている複数の児童誘拐事件だ。我々インクルシオとしては、人身売買を生業なりわいとする反人間組織『コルニクス』の……どうした?」

 鷹村と雨瀬がガタンと勢いよくパイプ椅子から立ち上がり、大貫が話を止める。

 資料を手にした鷹村が、驚愕の表情を浮かべて言った。

「俺たち、昨日この子に会いました」


 午後3時。東京都木賊とくさ区。

 木賊とくさ第一高校の下校途中の道を歩きながら、塩田が言った。

「しっかし、ゆうべお前らが会ったのが、阿諏訪総長の娘さんだったなんてなぁ」

「雨瀬と鷹村が灰根さんを連れて行った交番の警察官は、大失態ね……」

 高校の制服を着た最上がため息をつく。

 学生鞄を肩にかけた鷹村が、複雑な声音で言った。

「俺たちも、本当に驚いたよ。あの子が阿諏訪総長の娘だったってことも、交番からいなくなったってことも……」

 鷹村の隣を歩く雨瀬が、神妙な顔でうなずく。

 ──朝の緊急招集の後、雨瀬と鷹村は、大貫と共に本部長の那智明に詳細を報告した。

 那智はただちに該当の交番の警察官とその上長をインクルシオ東京本部に呼び、阿諏訪灰根がいなくなった時の詳しい状況の聴取と、交番周辺の防犯カメラの解析や捜査協力について話し合った。

 その後、雨瀬と鷹村は童子の同行の下で、灰根に会った歩道のベンチの検証等を行い、二人は午後から高校に登校した。

「でもさ。資料の写真を見ると、灰根ちゃんてすごく可愛い子だよなぁ。あのいかつい総長の娘とは思えないよ」

 塩田が頭の後ろで両手を組んで言う。

 鷹村がすかさず返した。

「いやさ。それが、少し変わった子だったんだよ。なんか、すごく無表情で……」

「……あれ? 哲? 眞白?」

 そこに、高校生たちの背後から声がかかった。

 4人が振り向くと、反対側の歩道にアロハシャツを着た少年が立っていた。

 少年はツンツンと立てた短髪を金色に染め、両耳に5つのピアスを付けている。

 塩田が「誰?」と首を傾げると、鷹村と雨瀬が同時に声をあげた。

「──よっちゃん!?」


 雨瀬と鷹村に声をかけた少年は、吉窪由人よしくぼよしとだった。

 吉窪は二人の小学校時代の同級生で、グラウカである。

 小学生の頃、雨瀬は鷹村以外の他人と関わることを極端に避けていたが、グラウカ同士で明るい性格の吉窪とは、わずかながらも交流を持っていた。

 鷹村が笑顔で言う。

「いやー。懐かしいな。よっちゃんが小5で引っ越して以来だから、4年ぶりか?」

「俺もびっくりしたよ。なんか見たことある奴らだなーと思ったらさぁ。……そう言えば、眞白は人見知りは治ったのか?」

「…………治ってない」

 雨瀬の返答に、吉窪は「やっぱりな」と快活に笑った。

 下校途中の路上で会った後、3人は近くのハンバーガーショップに入った。

 塩田と最上は気を利かせて、先にインクルシオ寮に戻っていった。

 アイスコーヒーを一口飲んだ鷹村が、視線を上げる。

「よっちゃん。金髪にピアスなんて、随分とあか抜けたんだな」

「確かに、見た目は派手になったかな」

 吉窪が金色の毛先を指でつまみ、雨瀬が癖のついた白髪を揺らして訊ねた。

「……よっちゃんは、いま何してるの?」

「んー? 俺はフリーターみたいなもんだよ。お前らは、木賊とくさ第一高校に通ってるんだよな。勉強が大変だろ?」

「いやいや。大変なのは勉強より……」

 鷹村はふと動きを止めると、「そうだ」と学生鞄の中を探った。

 一枚の用紙を取り出して、目の前に座る吉窪に差し出す。

「よっちゃん。急で悪いんだけど、この子を知らないか?」

 グレーの髪色の少女の写真を見て、吉窪がきょとんとした。

「なんだ? 人捜しか?」

「……俺たち、インクルシオ対策官なんだ。それで、今はこの子を捜してる。もしどこかで見かけたら、さっき交換したスマホの連絡先に教えて欲しいんだ」

 鷹村が声のトーンを落として答え、吉窪はわずかに目を見開いた。

「お前らが、インクルシオ対策官……?」

「ああ。これが対策官証だ」

 鷹村は制服のシャツの胸ポケットから黒革製の手帳を取り出した。

 手帳の中には顔写真、名前、対策官ID、所属が記載されている。

 インクルシオの刻印が入った手帳を見た吉窪は、「……そうだったのか……」と小さな声を漏らした。

「まぁ、俺らはこの4月に配属になったばかりの新人対策官だけどな。……で、この子の話なんだけどさ。ゆうべ……」

「──悪い! 俺、用事があるから行かなきゃ! その子のことはわかったよ! 見かけたら連絡する!」

 吉窪は大声で言うと、あわただしく席を立った。

 鷹村と雨瀬が顔を上げる。

 吉窪は「じゃあ!」と片手を上げて、足早に店内から出ていった。

「……なんだ……?」

 鷹村がいぶかしげな声を出す。

 急に様子が変わった吉窪に、雨瀬と鷹村は互いの目を見合わせた。


 午前0時。東京都ゆるし区。

 古い製粉工場の敷地内にある事務棟の事務室で、反人間組織『コルニクス』のリーダーである烏野瑛士からすのえいしは、スマホの通話を切った。

 焦茶色のソファに座る烏野の隣には、“右腕”の糸賀塁いとがるいがいる。

 しわ一つない濃紺のスーツに身を包んだ烏野は、怜悧な声で言った。

「“外回り”で、収穫があった。今から連れて来る」

 事務室の中には、10人ほどの『コルニクス』の構成員がいる。

 その中に、金髪に5つのピアスを付けた少年──吉窪の姿があった。

 吉窪は目を伏せて、自身の足元にできた濃い影をじっと見つめる。

 しばらくして、事務室のドアがノックされた。

「入れ」

 烏野が言うと、スキンヘッドの構成員が一人の少女の手を引いて中に入ってきた。

 少女を見た糸賀が、「へぇ。いいじゃん」と武骨な手で顎を撫でる。

 吉窪は伏せていた目を上げた。

 その視界に入ったのは、ノースリーブのワンピースと、裸足と、グレーの髪色。

 そこには、鷹村が見せた写真の少女が立っていた。




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