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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:20
159/231

02・顔

 午後6時。東京都月白げっぱく区。

 反人間組織『イマゴ』による殺人事件が起こった翌日、インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の5人は、東京本部の3階にある対策官用のオフィスでデスクに向かっていた。

 無心にノートパソコンを叩き、溜まった電子書類の提出を終えた塩田渉が、大きく伸びをしかけて動きを止める。

「……あ! 影下さん! お帰りなさい! お疲れ様です!」

「お〜。みんなぁ。お疲れぇ〜」

 塩田が顔を向けたオフィスの入り口には、中央班に所属する特別対策官の影下一平かげしたいっぺいが立っており、他の4人が「影下さん。お疲れ様です」と挨拶をした。

 シルバーのウインドブレーカーに緩めのジーンズを履いた影下は、肩にデイパックを担ぎ、やや猫背の姿勢で「童子班」の面々の側に歩み寄る。

 黒のツナギ服を纏った特別対策官の童子将也が、椅子を回して訊ねた。

「今日はバイトやったんですか? 確か、町田市の……」

「いやぁ。町田のバイトはもう辞めていて、今は三鷹のお弁当屋さんで働いてるんだぁ。まだ入ったばかりだから仕事を覚えなきゃだけど、今日は身が入らなくてぇ。店長には悪いけど、早退してきちゃったぁ」

 影下は手近な椅子を引き寄せ、腰を下ろして答える。

 童子が「すみれ区の事件が原因ですか」と言うと、影下は「うん。やっぱり、『イマゴ』だからねぇ。どうにも、捜査の進み具合が気になってねぇ」と目の下のくまを人差し指で掻いた。

 鷹村哲がデスクに置いた緑茶のペットボトルに手を伸ばして言う。

「それ、わかります。俺らも昨日、たまたまですが、今回の事件の被害者4人が寄ったっていうゲームセンターの別店舗に行ってたんで、余計に気になるというか、妙に落ち着かない気分で……」

 鷹村の言葉に、雨瀬眞白と最上七葉がうなずき、塩田が下唇を突き出してぼやいた。

「だけどさー。この事件は西班の管轄だしなー。どれだけ気になっても、俺らは西班の捜査報告書が上がるのを、大人しく待つしかないよなー」

 その時、オフィスのクリーム色のドアが開き、西班に所属する特別対策官の真伏隼人まぶせはやとが姿を現した。

「!」

 「童子班」の高校生たちは反射的に背筋を伸ばし、童子が「真伏さん。すみれ区の捜査、お疲れ様です」とパーテーション越しに声をかける。

 真伏は特に返事をすることなく、まっすぐに自分のデスクに向かった。

「あぁ〜。真伏さん〜。『イマゴ』の事件の捜査は、どんな感じですかぁ? 何か有用な情報や手がかりは、ありましたかぁ?」

 影下が椅子から立ち上がって訊き、真伏は顔をしかめて立ち止まった。

「……フン。捜査を始めて一日、二日で目覚ましい成果を得られれば、苦労はしない。他班の捜査状況を詮索する暇があったら、自分たちの班の任務をしっかりとこなせ」

 真伏の不機嫌な声の返答に、影下は「はいぃ〜。すみません〜。でも、何かあったら教えて下さいよぉ〜」と食い下がる。

 真伏は鼻息を吐いて歩き出し、「童子班」の5人は黙ってその背中を見送った。


 午後9時。東京都木賊とくさ区。

 繁華街の路地裏にひっそりと佇むグラウカ限定入店の『BARロサエ』は、スチール製のドアに「OPEN」のプレートを下げていた。

 2階の瀟洒なビップルームで、店のオネエのママであるリリーが、トマトと生ハムのブルスケッタとローストナッツの皿をテーブルに乗せる。

 部屋に置かれた革張りのソファセットには、反人間組織『イマゴ』のリーダーである穂刈潤ほかりじゅんと、右腕のいぬいエイジが座っており、それぞれ酒を傾けていた。

「はい。おつまみ。もっと重たいものがよければ、パスタでも作るから言ってね」

「ありがとう。実は、もう一人ここに呼んでいるんだ。もうすぐ着くはず……」

 黒髪の緩やかなウェーブヘアに丸メガネをかけた穂刈が腕時計を見やると、ビップルームのドアがノックされ、赤色のダウンコートを着た青年が入室した。

「ああ。丁度、来たね。リリー。紹介するよ。『ミラクルム』の樺沢かばさわさんに代わって新しく『イマゴ』の幹部に就いた、玉井礼央君だ」

「初めまして。玉井です。よろしくお願いします」

 穂刈が笑顔で紹介した青年──リリーこと玉井理比人たまいりひとの実弟である玉井礼央が、被っていたフードを外して一礼をする。

 リリーは礼央が小学校6年生で家出をして以来、約10年ぶりとなる再会に内心で激しく動揺したが、ブラウスの胸元に忍ばせたロケットペンダントを握り、「……あ、あら。随分と可愛い子ね。こちらこそよろしくね」と声を絞り出した。

 礼央はにこりと微笑んで、ソファの空いている場所に腰掛ける。

 そのどこか気弱さを感じさせる容貌や、左目の下の泣きぼくろに変わりはなく、リリーは「ほ、本当に可愛いわね」と言って、礼央の顔をまじまじと見つめた。

 しかし、礼央はリリーの整形した顔に気付かず、ただ照れ臭そうに笑う。

 短髪をくすんだシルバーブルーに染め、裾の長い上着を羽織った乾が、ウィスキーのロックグラスを持ち上げて言った。

「さぁ。今夜は玉井君の幹部就任祝いだ。それと、幹部としての初仕事もな」

「そうだね。昨日のすみれ区の殺人事件は、玉井君がやってくれたんだよね。部下に付けた5人の構成員と共に、いい働きをしてくれたよ」

 カクテルグラスを手にした穂刈が褒め、ビールグラスを持った礼央が「ありがとうございます」と嬉しそうに返す。

 礼央はグラスを高く掲げると、濁りのない瞳で宣言した。

「穂刈リーダー。乾さん。リリーさん。僕はこれから、『イマゴ』の幹部として恥ずかしくないよう、今まで以上に多くの人間を殺していきます。グラウカが絶対的な支配種となる“あるべき世界”を実現すべく頑張りますので、どうぞ期待していて下さい」

 礼央の言葉を受け、穂刈が「乾杯!」と明るく音頭をとる。

 リリーは芋焼酎の入った自分のコップを上げ、軽快な音を鳴らしたが、真っ赤なマニキュアが輝く指先は細かく震えていた。


 二日後。東京都月白げっぱく区。

 午後10時を少し回った時刻、私服姿の「童子班」の高校生4人は、インクルシオ寮の1階の休憩スペースで寛いでいた。

 童子は午後9時の任務終了後、「少し外を走ってくるわ」と個人トレーニングに出掛ける旨を告げ、「いってらっしゃい」と素直に声を揃えた高校生たちに、「……帰りにコンビニで肉まんをうてくるから、後でみんなで食おか」と付け加えて出ていった。

 ソファに腰掛けた高校生たちは、タブレットPCを操作して日報を書く。

 風呂上がりで髪が湿った塩田が、「よし。“その他欄”に、いいポエムが書けたぞ」と満足げに独りごちて、タブレットPCを脇に置いた。

「……なぁ。すみれ区の『イマゴ』の事件さ。俺らにも何か出来ることはないかな?」

 塩田は他の3人を見やって言い、鷹村が下を向いたまま「うーん」とうなる。

「仮にあったとしても、真伏さんが嫌がるだろうな。西班の管轄だからって」

「そうね。以前、童子さんが西班の突入チームに入るのを、かたくなに拒否したものね……」

 鷹村が指摘し、最上が浅くため息を吐いた。

 塩田が「そうだよなぁ。真伏さんて、すげー気難しいからなぁ」とソファの上で胡座あぐらをかくと、雨瀬がタブレットPCから視線を上げて言った。

「……だけど、『イマゴ』はインクルシオのキルリストの最上位組織だ。もし必要であるなら、管轄の垣根を越えて捜査するべきだと思う」

「まぁ、その通りだな。とりあえず、事件現場周辺の聞き込み捜査の応援とか、俺らにも出来そうなことを考えるか」

 鷹村がそう言うと、ソファに座る3人がこくりとうなずく。

 すると、休憩スペースにいる一人の対策官が唐突に立ち上がった。

「……また、すみれ区で殺人事件だ! 10代の男女2人の遺体と、『イマゴ』の血文字が、雑居ビルの裏手で発見されたぞ!」

「──!!!」

 西班に所属する対策官がスマホに届いた緊急メールを見て叫び、その場にいる各班の対策官たちが目を見開く。

 グレーのスウェットの上下を着た西班の対策官は「クソっ! 急いで現場に向かわなければ……!」と休憩スペースから飛び出し、煌々とした明かりが照らす室内には、しんとした不穏な静寂が残された。




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