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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:20
158/239

01・泣きぼくろの青年

 午前1時。東京都すみれ区。

 東北の長閑のどかな田舎から家出をしてきた少女は、唾をごくりと飲み込んだ。

 財布とスマホのみを持ち、東京の街をあてどなくウロついていれば、“親切な誰か”が食事と宿を提供してくれると思っていた。

 その浅慮で無謀な目論もくろみはさして時間がかかることなく叶い、とあるゲームセンターに入店すると、すぐに一人の青年から声をかけられた。

 青年は派手な赤色のダウンコートのフードをすっぽりと被り、顔に白いマスクを付けていたが、フードとマスクの間から覗く双眸は優しげに見えた。

 青年には5人の男性の連れがおり、「他にも、若い子を3人ほど誘っているんだ。これからうちのマンションに行って、みんなでパーティーしない?」と、左目の下にある泣きぼくろをゆがめて笑った。

 少女は二つ返事で話に乗り、ゲームセンター内で出会ったばかりの他人と一緒に、寒さと空腹をしのげる場所へと移動した。

 しかし、実際に辿り着いたのはマンションではなく、どこかの工場の薄暗い倉庫で、先月に16歳の誕生日を迎えたばかりの少女と同じような年頃の3人は、すでに生気を失って人形のように項垂うなだれていた。

 ひんやりとした倉庫の床に立った青年が、ふと気付いて右手を伸ばす。

「……あれ? 君も、顔にほくろがあるんだね。ほっぺたに一つ」

「……っ!!!」

 鉄骨の柱にロープで体を縛り付けられた少女は、口を覆う猿ぐつわごと激しく首を振ったが、青年の指は無遠慮に柔らかな頬をつまんだ。

 そのままぶちりと肉を千切り取り、少女は大きく目を見開く。

 華奢な体を痙攣させる少女を見下ろして、泣きぼくろの青年──反人間組織『イマゴ』の幹部である玉井礼央たまいれおは、浅くため息を吐いた。

「人間って、不便だよねぇ。体に傷を負っても、すぐには再生することができないんだからさ。ほんと、下等で下劣で、つまらない生き物だよ」

 そう言って、玉井は少女の頭部を節ばった五指で鷲掴む。

 少女のくぐもった断末魔の叫びと、骨の砕ける音が混ざり合って響き、やがて密やかな静寂が訪れた。




 12月中旬。東京都木賊とくさ区。

 『厚生省特殊外郭機関インクルシオ』東京本部の南班に所属する「童子班」の高校生4人は、愛媛県の離島の出張捜査から戻った数日後、木賊とくさ第一高校で実施された期末テストにのぞんだ。

 テスト範囲をほぼ一夜漬けで猛勉強した4人は、補習・追試となる各教科の赤点を辛うじてまぬがれ、晴れてテスト明けの非番の日曜日を迎えた。

 この日の朝食時、指導担当である特別対策官の童子将也どうじしょうやが、「お前らのテストも無事に済んだし、今日はみんなで外に遊びに行こか」と提案し、塩田渉しおたわたるが「久しぶりに、ゲーセン行きたい!」と明るく声をあげた。

 かくして、私服姿でインクルシオ寮を出た「童子班」の面々は、木賊とくさ区にある『ゲームセンターアレア・木賊とくさ店』に意気揚々と足を運んだ。

 都内に13店舗を展開するチェーン店のゲームセンターは、青を基調とした爽やかな色合いの内装で、子供から大人まで幅広い年齢層が訪れる人気店である。

 店の自動ドアをくぐった塩田は、目の前にずらりと並んだ最新のアーケードゲーム機にきらきらと目を輝かせた。

「俺、音ゲーやる! 中学ん時以来だけど、まだ腕はサビちゃいないぜ!」

「お。あそこにゾンビ物のシューティングゲームがある。面白そうだな」

 一目散に目当てのゲーム機に走っていった塩田に続き、鷹村哲たかむらてつがいそいそと歩き出す。

 白色のジップアップパーカーに色落ちしたジーンズを履いた雨瀬眞白あませましろは、「初めてゲームセンターに来た……」と呟いて、入り口付近で所在無げに佇んだ。

「私も、あまりこういうお店には来ないんだけど、ここは清潔感があっていいわね。せっかくだし、早速、千円を両替して何か遊んでみようかしら?」

「う、うん。そうだね。僕も操作が簡単なゲームなら……」

 ノーカラーのボアブルゾンにスキニーパンツを合わせた最上七葉もがみななはが財布を取り出して言い、雨瀬がうなずいて辺りを見回す。

 ゾンビの絵が描かれた筐体から顔を出した鷹村が「眞白! こっち、こっち!」と手招きし、雨瀬は「うん」と返事をして、多くの客で賑わう店内を進んだ。

 「童子班」の5人が入店してから30分が経った頃、最上は一台のクレーンゲームの前で、思わずしゃがみ込んだ。

「……と、取れない……! 何回やってもダメだわ……!」

 ガラス越しに鎮座するぬいぐるみは、“家電シリーズ”と題されている。

 最上はふわふわの冷蔵庫に一目惚れをして挑んだが、あえなく連敗していた。

「最上。そのぬいぐるみを狙っとるんか? ちょっと、俺にやらせてや」

 すると、そこに虎の刺繍が入ったスカジャンを着た童子が現れ、硬貨を投入してボタンを操作し、あっという間に景品を獲得した。

 念願のぬいぐるみを手渡された最上が、「あ、ありがとうございます。童子さん、すごい……」と驚くと、童子は「これ、けっこう得意やねん」と笑う。

 その時、二人の後方から、塩田、鷹村、雨瀬が小走りでやってきた。

「童子さーん! 今の見てましたよー! やっぱ、こういったゲームでも、特別対策官の空間認識能力の高さが出るっスね!」

「ああ。それは言えるな。……てゆーか、ひょっとしてこのクレーンゲーム、対策官の能力を上げるいい鍛錬になるんじゃないか?」

 童子と最上の側に駆け寄った塩田が笑顔で湧き上がり、鷹村が腕を組んで言う。

 雨瀬が「空間認識能力を鍛えられるなら、僕もやりたい」と反応し、最上が「私もやるわ! 今度は、あの炊飯器を自力で取ってみせるわよ!」と意気込んだ。

「お前ら。大袈裟やで。今日は遊びに来たんやし、もっと気楽に……」

「いいえ! 身になることは何でもやりたいんです! 一日も早く、『一人前の対策官』になる為に!」

 童子が眉尻を下げて言うと、高校生たちが即座に声を揃えて返す。

 童子は一瞬目を丸くして、ゆっくりと息を吐いた。

「……よし。わかった。ほんなら、4人でやってみろ。遊びやなくて鍛錬が目的なら、初見の台でプレイして、景品の位置・形状・角度の把握にかける時間は1秒。ボタン操作中に、台の側面からクレーンと景品との距離を見るんは禁止やで」

「はい!! 望むところです!!」

 童子の厳しい条件提示に、高校生4人はぐっと拳を握る。

 この後、「童子班」の5人は心ゆくまでゲームセンターを満喫し、“鍛錬の証”である戦利品を手に下げて、並んで帰路についた。


 午後4時半。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の最上階にある会議室で、緊急の幹部会議が開かれた。

 楕円形の会議テーブルに慌ただしく着席したのは、インクルシオ総長の阿諏訪征一郎あすわせいいちろう、本部長の那智明なちあきら、東班チーフの望月剛志もちづきつよし、北班チーフの芥澤丈一あくたざわじょういち、南班チーフの大貫武士おおぬきたけし、西班チーフの路木怜司ろきれいじ、中央班チーフの津之江学つのえまなぶの7人であった。

 グレーのスーツを着た那智が、険しい表情で口を開いた。

「一時間ほど前に、すみれ区で発見された4人の人間の遺体について、わずかではあるが情報がわかってきた。路木、報告してくれ」

 那智が促し、路木が「はい」と抑揚のない声で返事をする。

「まず、遺体が発見されたのは、すみれ区の北西にある板金工場の倉庫です。この倉庫は鍵が掛かっておらず、夜間なら誰でも侵入できる状態でした。倉庫内で死亡していた被害者は、10代と見られる男女4人。それぞれ横の繋がりはないようですが、現場に程近い繁華街で行った聞き込み捜査と周辺の防犯カメラの解析により、4人は昨夜、『ゲームセンターアレア・すみれ店』に行っていたことが判明しました。……現時点での最新情報は、これくらいですね」

 路木の報告を聞き、望月が「なるほど。ゲームセンターか」と手で顎をさする。

 望月の隣に座る芥澤が、苛立いらだたしく頭髪を掻いた。

「大方、ゲーセンに一人でいる若者に声をかけ、倉庫に連れてって殺したんだろう。そんで、床に血文字で『イマゴ』と書き残したんだ。クソッタレが……」

 芥澤は低くうなって歯噛みをし、現場写真が載った資料を手にした大貫と津之江が眉根をきつく寄せる。

 那智はチーフ5人を鋭い眼差しで見やった。

「……立川市で起こったパフォーマンス集団『ミラクルム』の一件以来、再び『イマゴ』が動き出した。すみれ区を管轄する西班の捜査はもとより、他の班も巡回体制の強化等、更なる事件を未然に防ぐと共に、必ず奴らの尻尾を掴め」

 那智の指示に、阿諏訪が「うむ」と静かにうなずく。

 インクルシオの黒のジャンパーを羽織ったチーフたちは、無言のまま首肯し、一斉に席から立ち上がった。




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