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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:19
156/231

09・多勢対無勢

 午前9時。愛媛県宇和島市鳥の子島。

 穏やかな潮騒が聞こえる長閑のどかな離島で、反人間組織『ミレ・ベルム』と暴力団組織恐呂血組に繋がる手がかりを探っていた対策官5人──インクルシオ東京本部の南班に所属する特別対策官の童子将也、北班に所属する特別対策官の時任直輝、同じく北班の市来匡、インクルシオ大阪支部の「串かつ班」に所属する特別対策官の疋田進之介、同じく「串かつ班」の増元完司は、黒のジャンパーの裾をひるがえしてサバイバルナイフを引き抜いた。

 すでに廃校となった小学校の校庭には、『ミレ・ベルム』の構成員80人と恐呂血組の組員20人を合わせた100人がおり、砂埃を舞い上げて5人に突進した。

「はははっ!!! いくらそっちに特別対策官がいたところで、100人対5人だ!!! 多勢に無勢では、勝ち目はあるまい!!!」

 カーキ色のカーゴパンツに黒のワークブーツを履いた『ミレ・ベルム』のリーダーの戦場勝二が、たくましい腕を組んで高笑いをする。

 黒の刃を構えた時任が、迫り来る敵を見据えて言った。

「いやぁ。100人程度で勝利を確信とは。俺らも舐められたものですね」

「せやなぁ。ま、かえってよかったわ。『ミレ・ベルム』の構成員全員をわざわざ鳥の子島に集めてくれたおかげで、楽に一網打尽にできる」

 時任の隣に立つ疋田が柔和に微笑んで返し、後方にいる市来が「お二人共、この状況で余裕の表情ですか。……僕も負けずに頑張ります」と気合いを入れる。

 頭髪に“元ヤン”の剃り込みが入った増元が、ふと背後を振り返った。

「……おそらく、山ん中に捜査に行った新人らも、『ミレ・ベルム』と恐呂血組の奴らに囲まれとるやろな」

 増元の不安げな眼差しに、サバイバルナイフを右手に下げた童子が言う。

「ええ。せやけど、きっと大丈夫です。うちの高校生4人も、小夏も、厳しい窮地を打破するだけの実力と度胸がある。俺らは指導担当として、教え子であるあいつらを信じるのみです」

「……ああ! その通りやな! ほな、こっちはこっちで派手にいこか!」

 童子の力強い言葉を聞き、増元は前に向き直って大きく声をあげた。

「将也ぁ! 俺が危なくなったら、昔みたいに守ってや! 頼んだで!」

「もちろんです。完司さんには、傷一つ付けさせません」

 増元が冗談めかして言い、童子が真剣な声音で返す。

 元指導担当と元教え子の関係である二人は、互いの目を見合わせて、勢いよく地面を蹴った。


 同刻。

 ほのかな潮の香りが漂う山中の廃教会で、礼拝堂に隠された地下部屋を発見した新人対策官5人──東京本部の南班に所属する雨瀬眞白、鷹村哲、塩田渉、最上七葉、大阪支部の「串かつ班」に所属する鈴守小夏は、古びた祭壇を背にして体勢を低くした。

「……みんな! 50人が屋内に攻め入ってきたらマズい! 外に飛び出ろ!」

 サバイバルナイフを握り締めた鷹村が、窓の外にいる『ミレ・ベルム』の構成員と恐呂血組の組員の姿を見やって叫ぶ。

 塩田、最上、鈴守が「わかった!」と即座に応じて、祭壇の前から走り出し、大きな音と共にステンドグラスの窓を破った。

「……哲! 僕はここに残って、あの人の相手をする!」

 雨瀬が黒のジャンパーの内ポケットからバタフライナイフを取り出し、眼前に立つ人物──『ミレ・ベルム』のNo.2であり、島で唯一の民宿を営む依田尚をきつく睨む。

 雨瀬は「ここが片付いたら、すぐに外に行く!」と付け加え、鷹村は「わかった! 何かあったら呼べよ!」と返して、ステンドグラスに突っ込んだ。

「……あんた! そのシャツの下に見えとる蛇の刺青いれずみ、恐呂血組の組員やな! 人間やろうが女やろうが、向かってくる奴には容赦せぇへんで!」

「ええ! そうよ! このナイフで脳下垂体を破壊されて死にたくなければ、大人しく下がっていなさい!」

 割れた窓の向こうから、鈴守と最上の鋭い声が聞こえる。

「あーあ! マジで残念だよ! この島の住人は、いい人ばかりだと思っていたのに! 俺らをあざむいた代償は高くつくぜ!」

「みんな! なるべく散らばって交戦するんだ! 足場の狭い森の中に入れば、1対1に持ち込める!」

 続いて塩田と鷹村の声が聞こえ、まもなく激しい喧騒が廃教会を包み込んだ。

「……へぇ。これは意外ですね。君たちはまだ若く、インクルシオ対策官としての経験も浅いだろうに、誰一人としてひるんでいない」

 茶色のブルゾンの下にエプロンをつけた依田が、感心したように言う。

 雨瀬は片手でバタフライナイフを開き、静かな礼拝堂の中で依田に訊いた。

「……依田さん。昨日、民宿の台所で僕に話したことは、嘘だったんですか?」

「ああ。そうですよ。あれは、ただの作り話です。僕は、サラリーマンを経験したこともなければ、人間が上司だったこともありません。この島で協力して“共存”しているのは、普通の人間ではなく、利害関係が一致したヤクザ者たちです」

「…………」

「そう言えば、昨日の会話で、雨瀬さんに一つ忠告したいことがありました。君は周囲にいる人間に対して、ありがたさや幸せを感じているようでしたが、それはおろかな幻想に過ぎません。同じグラウカとして、早く目を覚まし、汚らしい人間の巣窟そうくつであるインクルシオを辞職することをお勧めしま……」

 そこまで言って、依田の言葉が不意に途切れた。

 雨瀬のバタフライナイフが、依田の喉を真横に切り裂き、真っ赤な血とグラウカの証である白い蒸気がぱくりと開いた傷口から噴出する。

 依田は攻撃を受ける瞬間、後ろ手に持っていたナイフを前に出して応戦しようとしたが、雨瀬のスピードが遥かに上回った。

「……ぐっ……ごぼぉっ……!!!!!」

 大きく目を見開いた依田は、両手で喉元を押さえてよろめく。

 雨瀬は黒の刃に付着した血を払い、目の前で低くうめく依田に言った。

「……僕の幸せは、僕のものです。他人にそれを否定する権利はない。……急いで外の援護に行かなければなりません。貴方には、ここで気絶していてもらいます」

 そう言うと、雨瀬はバタフライナイフを握り直す。

 硬質なが宙を一閃いっせんし、依田のこめかみを強打した。


 午前9時半。

 爽やかな海風が吹く小学校に、白い蒸気がもうもうと上がった。 

 長年放置されて荒れた校庭には、すでに事切れた『ミレ・ベルム』の構成員80人が、血の海の中に倒れている。

 わずか30分足らずでついた決着に、武器を持って息巻いていた恐呂血組の組員たちは、全員が戦意喪失して地面に座り込んでいた。

「……こ、これは、一体どういうことだ!!! こっちには、100人がいたんだぞ!!! うちの構成員だけでも80人……!!! それが、こんな……!!!」

 恐呂血組の女性の遺体がぶら下がる時計台の下で、戦況を眺めていた戦場が大声を張り上げて取り乱す。

 疋田が戦場の前に立ち、サバイバルナイフを腰に差し込んで言った。

「逃げ場も援軍も望めへん離島で、俺らを皆殺しにする目論もくろみが外れたな。戦場、お前はこのまま拘束するで」

「……いや!! まだだ!! まだ、俺の“右腕”が残っている!! 今頃、50人の手下を従えて、廃教会で若い対策官共を血祭りに上げているぞ!! た、助けに行かなくていいのか!?」

 戦場は時計台に背中を付け、持っていたナイフを構えて怒鳴る。

 すると、疋田の後ろから、スマホを手にした童子が現れた。

「たった今、うちの高校生らに連絡がついた。その報告によると、『ミレ・ベルム』のNo.2である依田尚を始め、構成員30人を拘束又は倒した。恐呂血組の組員20人は、早々に武器を捨てて投降したとのことや」

「……な、なんだとおぉぉぉっ!!!!!」

 童子が伝えた情報に、戦場はダブルプレートのドッグタグを下げた首筋に太い血管を浮き上がらせた。

「よっしゃ。これで、しまいやな。『ミレ・ベルム』は壊滅や」

 鼻にそばかすを散らした疋田が、引導を渡すように宣言する。

 戦場はすぐさまに何かを言い返そうとしたが、意思に反して手の力が抜け、鈍く光るナイフを地面に落とした。




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