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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:19
155/231

08・発見

 午前7時半。愛媛県宇和島市鳥の子島。

 東西のそれぞれの拠点から、離島に出張捜査にやってきた10人のインクルシオ対策官──インクルシオ東京本部の南班に所属する特別対策官の童子将也、同じく南班の雨瀬眞白、鷹村哲、塩田渉、最上七葉、北班に所属する特別対策官の時任直輝、同じく北班の市来匡、インクルシオ大阪支部の「串かつ班」に所属する特別対策官の疋田進之介、同じく「串かつ班」の増元完司、鈴森小夏は、宿泊する民宿の食堂につどっていた。

 私服の上にインクルシオの黒のジャンパーを羽織った対策官たちは、いつもの和食とは趣向を変えた、厚切りトースト、スクランブルエッグ、カリカリベーコン、カッテージチーズとみかんが入った野菜サラダ、ミネストローネスープの洋風の朝食を堪能した。

 デザートとして出された大粒のいちごを頬張った塩田が言う。

「とうとう、鳥の子島の出張捜査も今日で5日目かぁ。俺ら“東京組”は、午後2時の定期船で東京に帰るんスよね?」

「ああ。そうだ。捜査は出発時間のギリギリまでするが、くれぐれも船に乗り遅れないように気を付けろよ」

 5枚目のトーストを平らげた時任が返し、鷹村がカフェオレを啜って呟いた。

「……でも……。俺らがこの島に来てから5日間、『ミレ・ベルム』や恐呂血組に関する手がかりは発見できなかった。このまま東京に帰るのは、正直、かなり心残りがあるな……」

 鷹村の言葉に、最上が「そうね。この島には、絶対に何かあるはずなのに……」と悔しげに言い、雨瀬が「うん……」と癖のついた白髪を揺らしてうつむき、塩田が「あー。まぁ、そうだよな……」と声のトーンを下げる。

 高校生たちがにわかに表情を曇らせ、童子が「お前ら。捜査の時間はまだあるで。これを食うて、気合いを入れや」と言って、手を付けていない自分のいちごの小皿を差し出した。

 隣のテーブルの疋田が、コーヒーカップを置いて言う。

「みんな。安心してええで。昨日の夜、小鳥支部長に捜査人員の増員を頼んでおいた。明日には、大阪支部の4班から5人ずつ、合計20人の対策官がここに到着する予定や。鳥の子島の捜査は俺ら“大阪組”がしっかりとやるから、後は任せてや」

 疋田の話を聞いた鷹村が「え? それは本当ですか?」と反応し、童子にもらったいちごをつまんだ塩田が「さすが疋田さん! 手抜かりがないぜ!」と声をあげ、雨瀬と最上が安堵の笑みを浮かべた。

「ほな、そろそろ捜査に出よか。俺ら“東京組”は、最後の1秒まで気を緩めることなく、今回の出張捜査の任務をやり遂げるで」

 童子が食堂の壁に掛かった時計を見やって言い、対策官たちは「おう!!!」と返事をして、勢いよく椅子から立ち上がった。


 午前8時半。

 2階建ての民宿を後にした「童子班」の高校生4人と鈴守は、島内に点在する廃屋の捜査にあたった。

 インクルシオ広島支部の捜査報告書に添付された地図データを元に、5人は潮の香りが漂う森の中を進む。

 一列に並んだ最後尾の鈴守が、歩き慣れない山道にやや息を上げて言った。

「……あんたら、さっき、将也さんにいちごをもらっとったな。ちょっと気落ちしたくらいで、インクルシオNo.1の特別対策官に優しくしてもうて、随分とええ身分やなぁ」

「やだぁ〜。鈴守ちゃん、怖い〜。言葉にトゲがあるよ〜」

 塩田が振り向いて返し、鈴守は「当たり前やろ。甘やかされよって」と憤慨する。

 最上が「鈴守さん。怒らないで」となだめ、鷹村が「まぁまぁ。童子さんが俺らに甘いのは、今に始まったことじゃないから」と眉尻を下げた。

 雨瀬が鬱蒼うっそうとした緑林の先に目をやって言う。

「……もうすぐ、こないだの廃教会の場所に着く」

「ああ。依田さんが教えてくれた近道で来たとは言え、けっこう疲れたな。今日はこの先にある枯れ井戸や古小屋なんかも調べるから、少しだけ休憩していくか」

 鷹村が額に滲んだ汗を拭い、他の4人がうなずいて前進した。

 まもなく山中にぽつりと佇む朽ちた教会が現れ、「童子班」の高校生たちと鈴守は、木製の扉を開いて内部に足を踏み入れた。

 5人はしんと静まり返った礼拝堂の長椅子に腰掛けて、一つ息を吐く。

 雨瀬はひびの入ったステンドグラスや薄暗い天井を何気なく見回し、ふと祭壇で視線を止めた。

「……あの祭壇……。一部だけ、床板が新しい……」

 そう言って、雨瀬は長椅子から立ち上がり、古びた祭壇に歩み寄った。

 雨瀬につられて立った4人が長方形の祭壇に近付き、老朽化した床を見下ろす。

「……本当だな。祭壇の真下に、新しい床板が見える。よく、こんなわずかなはみ出しに気付いたな。依田さんがこの教会を修繕しているって言ってたけど、何か気になるぞ。ちょっと、ずらしてみよう」

 鷹村が怪しんで提案し、雨瀬と塩田と共に祭壇を動かした。

 周囲と色が違う数枚の床板があらわになり、最上と鈴守が継ぎ目部分に手を伸ばして剥がす。

 すると、床板の空いた部分から、地下に繋がる階段が見えた。

「……こ、これは……!! か、隠し部屋!?」

「ここからじゃ見え辛いけど、階段の奥にソファがある。その手前のテーブルには煙草と灰皿。壁際には積み重ねられたケース。ケースの中身は……まさか……」

「ええ。おそらく、その想像は当たっているわ。中に入って詳しく調べる前に、童子さんに緊急連絡を入れましょう」

 塩田、鷹村、最上が次々と早口で言う。

 その時、教会の扉が開く音が響き、5人は咄嗟とっさに振り向いた。

「おや。そこを見つけてしまいましたか。まだ子供だと思って油断していましたが、やはりインクルシオ対策官は目敏めざといですね」

「……!!!!!」

 そこには、ブルゾンの下にエプロンをつけた人物──島で唯一の民宿を営む依田尚が立っており、上半分がステンドグラスになった窓の外は、いつの間にか数十人の影が取り囲んでいた。

 驚愕に目をみはった新人対策官たちに、依田は素朴な容貌をゆがめて微笑んだ。

「みなさん。改めて自己紹介をします。僕は、反人間組織『ミレ・ベルム』のNo.2の依田尚です。ここに手下を50人ほど集めましたので、これから、貴方たちを葬ります」


 同刻。

 鳥の子島の港付近を捜査していた童子は、一人の住人の声に顔を上げた。

「イ、インクルシオ対策官の方っ!! た、大変ですっ!!」

 若い男性が血相を変えて叫び、童子が「どないしました?」と訊ねる。

 腰に農作業用の鎌を下げた男性は、「と、とにかく、来て下さい!! こっちです!!」と懇願するように言い、童子をすでに廃校となった小学校に案内した。

 木造の一階建ての校舎の前には、童子と同様に島の住人に連れてこられた、疋田、増元、時任、市来がいる。

「!」

 荒れ果てた校庭の隅に立つ時計台には、首が反対側に折れ曲がった、みかん農園で働く女性の遺体がぶら下がっていた。

「俺らが捜査しとる最中に、堂々と殺人か。どうやら、これは……」

「……ええ。この小学校に集めたんも、わざとでしょうね。“奴ら”の狙いは、俺らをまとめて一気に叩くことです」

 疋田が遺体を見上げながら言い、童子が険しい眼差しで返す。

 時任が「さて、人数はどれくらいだ?」を辺りを見やり、市来が身構え、増元が「おい!! 隠れとらんで、さっさと出てこんかい!!」と怒鳴った。

「……ハッ。なかなか、威勢がいいな」

 校庭を囲む植樹の向こうから、反人間組織『ミレ・ベルム』のリーダーである戦場勝二がゆらりと現れる。

 その後方には大勢の人物が立っており、戦場は高らかな声で言った。

「だが、その威勢も長くはもつまい! この島の住人は、80人全員が『ミレ・ベルム』の構成員と恐呂血組の組員だ! 更に、県外に潜伏していたうちの構成員70人を鳥の子島に呼び寄せた! 今、この場には100人がいる! 圧倒的な数を前に、ろくな抵抗もできず、むごたらしく死ぬがいい!」

 太い首にダブルプレートのドッグタグを下げた戦場の咆哮を合図に、武器を持った100人の構成員と組員が「おおおおぉ!!!」と雄叫びを上げて走り出す。

 黒のジャンパーを羽織った5人の対策官は、前を睨んだまま背後に手を回し、衣服の腰に差し込んだサバイバルナイフを引き抜いた。




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