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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:19
154/231

07・身の上話と秘密

 愛媛県宇和島市鳥の子島。

 インクルシオの東西の拠点から離島にやってきた10人の対策官は、反人間組織『ミレ・ベルム』と暴力団組織恐呂血組の“島内にひそむ影”を探るべく、合同捜査を行っていた。

 私服の上に揃いの黒のジャンパーを羽織ったメンバーは、インクルシオ東京本部の南班に所属する特別対策官の童子将也、同じく南班の雨瀬眞白、鷹村哲、塩田渉、最上七葉、北班に所属する特別対策官の時任直輝、同じく北班の市来匡、インクルシオ大阪支部の「串かつ班」に所属する特別対策官の疋田進之介、同じく「串かつ班」の増元完司、鈴守小夏であった。

 この日の午前中の捜査を終え、2階建ての民宿で昼食を済ませた対策官たちは、午後の捜査再開に備えてそれぞれ休息を取っていた。

 雨瀬はトイレから食堂に戻る途中、民宿のあるじである依田尚が、食材の入った段ボールや飲料水を台所に運び込む姿を見かけた。

「……あ、あの。依田さん。このビールケース、僕が運びます」

「ああっ。雨瀬さん。いいんですよ。そんな、お客様に手伝いなんて……」

 依田が恐縮して断ると、雨瀬は「僕は、依田さんと同じグラウカですから。力仕事は平気なんです」と言って、2段積みのビールケースを持ち上げた。

「いやぁ、すみません。正直、助かります」

「いえ。余計なでしゃばりかとも思いましたが、依田さんは毎日美味しい食事を作って下さるので、少しでもお礼がしたくて……」

 雨瀬は気恥ずかしそうに言い、台所に入ってビールケースを床に下ろす。

 依田は段ボールをテーブルに置き、「そう言っていただけて、とても嬉しいです」と素朴な容貌ではにかんだ。

「……実は、僕……。この島に移住する前は、別の土地でサラリーマンをしていたんです。こう見えて営業だったんですが、僕がグラウカだという理由で、契約が取れないことがしばしばあって……。世間では人間とグラウカの共存が大事だと言われていますが、実際には“人間が優先される”社会で……。結局、人間の上司ともそりが合わず、精神が疲れてしまって、仕事は辞めました」

「……依田さん……」

 依田が唐突に口にした身の上話に、雨瀬は戸惑った声を出す。

 依田は流しの窓に目をやり、青々とした海を見やって言葉を続けた。

「……だけど、5年前に鳥の子島にやってきて、そういった過去の心の傷が癒えたんです。ここでは人間もグラウカも関係なく、みんなが互いに協力して生活をしている。サラリーマン時代には酷く懐疑的になりましたが、この島の住人のおかげで、グラウカと人間は支え合って生きていけるんだと思い直すことができました」

 そう言って、依田はゆっくりと双眸を細める。

 雨瀬は自然と笑顔になり、穏やかな声で言った。

「……僕にも、そう思わせてくれる先輩や仲間たち、幼馴染がいます。それはとてもありがたくて、得難く、幸せなことだと思っています」

「そうですか。それはよかった。是非、その方たちを大切にして下さいね」

 依田が笑みを返し、雨瀬は「はい」と白髪を揺らしてうなずく。

 その時、台所の外から「眞白ー! そろそろ、出るぞー!」と鷹村の声が聞こえ、雨瀬は「それでは、捜査に行ってきます」と依田に告げて、静かな潮騒が届く台所を後にした。


 午後10時。

 日没と共に捜査を終了した対策官たちは、宿泊する民宿での風呂と夕食を挟み、2階の部屋につどって捜査報告会を行った。 

 疋田を中心とした捜査報告会では、目ぼしい手がかりや情報が掴めない状況にややれつつも、引き続き綿密な捜査を進める方針で全員が一致した。

 捜査報告会が散会すると、疋田、童子、時任の特別対策官3人は、各々の上長に送信する捜査報告書を作成する為にタブレットPCを手に取った。

 増元と市来はそのまま部屋に残り、「童子班」の高校生4人と鈴守は、1階に降りて玄関から外に出た。

 5人の新人対策官は先日バーベキューをした庭に回り、依田がDIYで設置したというウッドデッキに並んで座る。

 12月の冷たい空気の中、鈴守が両手をこすり合わせて言った。

「……なぁ。ずっと気になっとったんやけど、9月ん時の“アレ”はなんやったん? 将也さんと一緒に任務につく夢は諦めるな、いつか必ず叶うからて言うてたやつ。もしかして、今回の合同捜査のこと?」

「いやいや。それは違うよ、鈴守ちゃん。俺ら、預言者じゃないんだから〜」

 塩田が笑って手を振り、鈴守は「じゃあ、なんなん?」と怪訝けげんに訊く。

「それはさ。言葉のまんまだよ。だから、今後も希望を捨てずに頑張って」

「ええ。もっと言えば、童子さんと固定のペアを組むことだって夢じゃないわよ」

 鷹村と最上が微笑んで言い、鈴守は「はぁ? ペア?」と首を傾げた。

「……ったく。あんたら、秘密めいたことばかり言うな。ほんまのことは、頑丈なベールに隠されとる感じや」

 鈴守がぷくりと頬を膨らませ、鷹村、塩田、最上が「そんなことないよ〜」と返し、雨瀬は内心でどきりとした。

(……僕は、グラウカの“特異体”であるかもしれない不安を、ずっと秘密にして隠している……。もし、このことを誰かに言ったら……)

 雨瀬はちらりと視線を動かし、隣に座る鷹村の横顔を盗み見る。

 鷹村が「ん?」と顔を向け、雨瀬は「いや」と慌てて視線を前に戻した。

(……ただでさえ、グラウカは人間の枠からは切り離された存在だ。その上、都市伝説として噂される“特異体”であったら……。みんなは……何より哲は……これまでのように、僕の側にいてくれるだろうか……。昼間、依田さんに言ったことは本心だ……。だからこそ、今の“幸せ”を失うのが怖い……)

 暗く重たい思考が脳裏を支配し、雨瀬はきつく目を閉じる。

 すると、頭上でガラガラと窓が開く音が聞こえ、ウッドデッキに影が落ちた。

「お前ら。そんなところで長話ししとると、風邪引くで。そろそろ、中に入れ」

「あっ! 童子さん! 捜査報告書は終わったんスかー? 寝る前に、ちょっとトランプしましょうよー!」

 蛍光灯の光が漏れる窓から童子が顔を出し、塩田が振り向いて言う。

 童子が「ええで」と了承すると、鈴守が「私もやるー!」と勢いよく手を上げた。

 5人は夜風が吹くウッドデッキから立ち上がる。

「……眞白。行こう」

 鷹村が優しい声で言い、雨瀬は「うん」と返事をして歩き出した。


 午前2時。

 古びたソファに背をもたせた『ミレ・ベルム』のリーダーの戦場勝二は、予想外の報告に眉を吊り上げた。

「何ぃ? また、ブツの持ち逃げだと?」

「ええ。下手人は、みかん農園の若夫婦の妻です。インクルシオの捜査のどさくさに紛れてブツを盗み、次の定期船で逃げるつもりだったようです。夫が家で荷物を見つけ、こちらに連絡が来ました」

 戦場がひそむ部屋に現れた痩身の人物──『ミレ・ベルム』のNo.2であり、島で唯一の民宿を営む依田が、ソファに腰掛けながら言う。

 戦場は通話状態のスマホを耳に当て、「……聞いたか?」と顔をゆがめた。

『ああ。聞こえたわ。その女は、好きに殺してくれてかまへんで』

 依田が来訪する前からスマホで会話をしていた人物──恐呂血組の若頭である蛇川了が、軽い口調で返す。

「つーか、次から次へと……。あんたんとこの組員は、手癖の悪い奴ばかりだな」

『ふふ。すまへんな。所詮は、ヤクザモンやからな』

 戦場が呆れてため息を吐き、蛇川はくつくつと笑って、『ところで』と話題を変えた。

『……もうまもなく着くで。『ミレ・ベルム』の構成員を乗せた、“漁船”がな』

「ああ。県外にいるうちの構成員70人を、この島に秘密裏に集める為に、恐呂血組が船を用意してくれて助かったぜ。あとは、逃げ場も援軍もない離島で、たった10人のインクルシオ対策官をなぶり殺すだけだ」

 戦場は片手で煙草を取り出し、口に咥えてライターで火をつけた。

「インクルシオの連中を殺した後は、早々に鳥の子島を引き払いましょう。ここは住みやすい島でしたけど、麻薬密売は他の場所でもできますからね。……さて、“漁船”は島の崖側に着くんですよね? 今から、仲間たちを迎えに行ってきます」

 依田は薄い笑みを浮かべて言うと、ソファを立つ。

 そして、朽ちた廃教会の地下に作った『ミレ・ベルム』の拠点から、悠然と出ていった。




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