06・合流とバーベキュー
正午。愛媛県宇和島市鳥の子島。
インクルシオ大阪支部の「串かつ班」に所属する特別対策官の疋田進之介、同班の増元完司、鈴守小夏の3人は、私服の上にインクルシオの黒のジャンパーを羽織った姿で、穏やかな潮騒が響く離島に到着した。
こぢんまりとした港では、島で唯一の民宿を営む依田尚が出迎え、荷物を持った対策官たちを白色のバンに乗せて宿に運んだ。
海を眺望する2階建ての民宿の前には、午前中の捜査を終了した“東京組”の7人の対策官が立っており、バンを降りた“大阪組”の3人との合流を果たした。
「時任君。市来君。久しぶりやな。9月の出張捜査ん時は、世話になったな」
「いやいや! こちらこそです! また一緒に任務につくことができて光栄ですよ! 疋田さん!」
威嚇するマントヒヒがプリントされたシャツを着た疋田が、インクルシオ東京本部の北班に所属する特別対策官の時任直輝と、同じく北班の市来匡に右手を差し出し、順に握手を交わす。
その傍らで、東京本部の南班に所属する「童子班」の高校生4人がうずうずと体を揺らし、疋田は「よう。お前らとは、10月の強化合宿ん時以来やな」と柔和な笑みを向けた。
潮の香りが漂う民宿の玄関先で、一際大きな声があがる。
「将也ぁ! ごっつ久しぶりやなぁ! 東京はどうや? 頑張っとるか?」
「完司さん。ほんまにお久しぶりです。ええ、東京ではどうにかやってますよ」
雄々しくドラミングをするゴリラがプリントされたトレーナーを着た増元が、東京本部の南班に所属する特別対策官の童子将也に歩み寄り、笑顔で向かい合った。
「そうかー。お前やったらどこに行っても大丈夫やろうけど、やっぱ近くにおらんのは寂しいわ。たまには、大阪に帰ってこいよ」
「すっかりご無沙汰してもうて、すんません。時間が出来たら、帰省しますんで。そん時は、また一緒に、お好み焼き屋と串かつ屋のハシゴをしましょう」
童子が眉尻を下げて言うと、頭髪に“元ヤン”の剃り込みが入った増元が「ああ! 約束やで! 新世界で食い倒れしよな!」と歯を見せて笑った。
すると、増元の後方に控えていた鈴守が、待ちきれない様子で前に出た。
「完司さん! そろそろ代わって下さい! 私も将也さんに挨拶したいです!」
警戒するミーアキャットがプリントされたパーカーを着た鈴守の訴えに、増元は「わかった。わかった。指導担当をそないに邪険に押し退けんな」と突っ込み、童子がくすりと笑う。
そこに、依田が玄関の引き戸から顔を出し、10人の対策官に言った。
「みなさん。外での立ち話もなんですから、どうぞ中にお入り下さい。まもなく、美味しい昼食が出来上がりますよ」
午後1時。
昼食に海鮮丼と鯛のあら汁を堪能した対策官たちは、民宿の2階の一室に集い、合同の捜査会議を開いた。
10人は和室の畳の上に車座になり、疋田が“大阪組”の3人が急遽鳥の子島にやってきた経緯を説明した。
「なるほど。そんなことがあったんですか。まさか、ここで大阪の暴力団組織が関係してくるとは……」
「ああ。恐呂血組は近年、麻薬密売に特に力を入れとんねん。若頭の蛇川はとぼけとったが、おそらく、ブツの隠し場所やら取引時の用心棒役やらで、『ミレ・ベルム』とは協力関係にあるんやろう」
時任が驚いた表情で腕を組み、床に胡座をかいた疋田が返す。
市来が「反人間組織も、資金が必要ですものね」と言い、その場の全員がうなずいた。
疋田は鼻にそばかすを散らした容貌で、眼前の対策官たちを見回して言った。
「十中八九、『ミレ・ベルム』と恐呂血組は、麻薬密売の為に鳥の子島を利用しとる。この島のどこかに、必ずその手がかりがあるはずや。更に、『ミレ・ベルム』の構成員や恐呂血組の組員が、島内に潜んどる可能性も高い。それら全てを、俺らは徹底的に捜査して暴くで」
疋田の鋭い眼差しの言葉に、揃いの黒のジャンパーを羽織った対策官たちは、「おう!!!」と威勢よく返事をして立ち上がった。
午後7時。
水平線に陽が沈んで辺りが真っ暗になった中、島内の捜査から戻ってきた対策官10人は、民宿の庭先の光景に目を見開いた。
「うわぁー! すげぇー!」
先程まで疲労に足を引き摺っていた塩田渉が、途端に元気を取り戻す。
掃き出し窓から漏れる光が照らす庭には、バーベキューコンロとテーブル、アウトドアチェアが置かれており、その側にトングを持った依田が立っていた。
「みなさん、お疲れ様です。今日の夕食は、バーベキューです。今から肉、魚介、野菜、ソーセージを焼きますから、中で手を洗ってこちらにお集まり下さい」
「はいっ! すぐに行ってきます!」
塩田が即座に走り出し、鷹村哲、雨瀬眞白、最上七葉が素早くその後に続き、鈴守が「みんな、早っ! 待ってや!」と追いかける。
増元が「おいおい。そないに急がんでも、バーベキューは逃げへんで」と呆れ顔で言い、童子が「完司さんも、足が競歩みたいになってますよ」と笑った。
ほどなくして、庭に出た対策官たちは、香ばしい煙が上がる月夜のバーベキューを楽しんだ。
増元が満腹の息を吐き、アウトドアチェアに深く腰掛けて言う。
「いやー。しかし、将也が高校生らの指導担当になるとはなぁ。将也の元指導担当としては、なんや感慨深いモンがあるわー」
「えっ? 増元さんは、童子さんの指導担当をされていたんですか?」
増元の一言に「童子班」の高校生4人が食い付き、時任と市来が「へぇ」と顔を向け、鈴守が「そうやったんですか? 私も初耳です」と目を丸くした。
「ああ。実は、そうやねん。今の君らと同じ、将也が高1ん時にな」
「増元さん。童子さんは、どんな新人対策官だったんですか?」
増元がビールの入ったコップを持って返し、デザートの熱々のスモアを齧った鷹村が訊く。
「あ〜。それはもう、めっちゃ強かったで。当時、俺と将也は「たこ焼き班」に所属しとってんけど、すでに班の中で一番強かったんとちゃうかな? 実際、俺は指導担当でありながら、反人間組織との交戦で何度こいつに命を助けられたかわからへん。性格も素直で男気があるし、ほんまに強うて可愛い新人やったわ」
増元は星空を見上げて目を細め、隣に座る童子が「完司さん。褒め過ぎですよ」と口を挟んだ。
増元は視線を上げたまま、独白のように小さく言う。
「……せやから、こいつは鳴神冬真には絶対に負けへん。奴は『伝説の特別対策官』とか『歴代最強のインクルシオNo.1』なんて言われとったが、それは5年前までの話や。今、過去を含めて全ての対策官で最強なんは鳴神やない。将也や」
増元の真摯な声の呟きに、高校生4人と鈴守が感極まった様子で目を潤ませ、疋田が「完司さん、飲むといつもこの話なんやで」と小声で言い、童子は黙って目を伏せた。
冷気を含んだ夜風が庭に吹き、時任がスモアの残りを口に放り込んで言う。
「……さて! いい話を聞けたところで、そろそろ中に入りますか!」
市来が「ええ。少し体が冷えてきましたしね」と返して立ち上がり、対策官たちは民宿の暖かな屋内に戻っていった。
雨瀬が引き戸式の玄関でふと立ち止まり、隣にいる鷹村に言う。
「……増元さんは、かつての指導担当として、自分の教え子である童子さんを信じているんだ。そして、それは童子さんも同じだ。僕らが童子さんとの“別れ”までに『一人前の対策官』になることを、きっと心から信じてくれている」
「……ああ。そうだな。さっきの話にただ感動しているだけじゃダメだ。その思いや信頼に応える為にも、俺らはもっともっと頑張らないとな」
鷹村が力強い口調で返し、雨瀬は「うん」と白髪を揺らしてうなずいた。
「みんなー! この後は、2階に上がって捜査報告会をするでー!」
疋田が階段の前で振り向き、対策官たちに告げる。
雨瀬と鷹村は「はい!」と大きく返事をし、引き戸を閉めて、気合いの入った足取りで廊下を進んだ。




