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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:19
152/231

05・大阪の動き

 午後7時。大阪府大阪市白群びゃくぐん区。

 インクルシオ大阪支部に所属する新人対策官の鈴守小夏すずもりこなつは、黒のツナギ服を纏い、腰にブレードとサバイバルナイフを装備した姿で、揚げたてのプレーンドーナツを頬張った。

「……何これ! めっちゃ美味しい! たこ焼きを超えたわ!」

「アホ。たこ焼きを超える食いモンなんか、この世にあるかい。……うま! 何やこれ! たこ焼きを超えたわ!」

 パステルピンクのテーブル席に座る鈴守の向かいで、同じく大阪支部の増元完司ますもとかんじが、大口でドーナツを齧って目を見開く。

 増元は32歳の対策官で、鈴守の指導担当を務めており、“元ヤン”の名残である鋭い剃り込みが入った頭髪が特徴の人物であった。

 増元はあっという間にドーナツを平らげ、ホットコーヒーを啜って言う。

「それにしてもやなー。いくら巡回帰りで腹が減ったかて、夕メシ前に甘いモンはなぁ。それに、制服のままやとサボってると思われるかもしれへんし。目と鼻の先に大阪支部があんねんから、あと少し我慢すればよかったやろ」

「いやいや。完司さん。ここは先週にオープンしたばかりの、SNSで話題のドーナツ専門店なんです。空腹で新しもの好きの女子中学生に、我慢しろと言う方が酷ですよ。ちなみに、寮の夕飯は別腹なんで、この後しっかりと食べます」

 現在中学3年生である鈴守が抹茶ラテを飲んで返し、増元は「“別腹”の意味が逆やろ」と呆れて突っ込んだ。

 ──増元と鈴守が所属するインクルシオ大阪支部は、インクルシオが設置する全国17ヶ所の拠点のうち、東京本部に続いて2番目の規模となる160人の対策官をようしている。

 大阪支部は大阪府内を4つのエリアに分けた4班を置いており、それぞれ「たこ焼き班」「串かつ班」「いか焼き班」「肉吸にくすい班」と独自の名称を付けていた。

 甘いドーナツの香りが充満する店内で、「串かつ班」の一員である増元が、ふとコーヒーを飲む手を止める。

 増元は窓側にある斜め前のテーブルを凝視し、同班の鈴守が小声で訊いた。

「……どないしたんですか?」

「……気ぃ付かへんかったけど、そこに恐呂血おろち組の連中がおる。聞き間違いやなければ、今、『ミレ・ベルム』て言うた」

「!」

 増元の返答に、鈴守は大きく目をみはった。

 恐呂血組は人間の暴力団組織で、関西エリアで広くその悪名を轟かせている。

 詐欺、恐喝、賭博、臓器売買、麻薬密売等、様々な犯罪に関わっており、反人間組織と同様に一般市民から恐れられる存在であった。

「……そんで……を……見つかって……場に……」

「……ああ……の子島……か……」

 ファンシーな内装の店内は客で賑わっており、窓際のテーブルにつく恐呂血組の二人の会話は聞き取り辛い。

 増元は席を立ち、光沢のあるシャツを着た強面こわもての男たちに声をかけた。

「あのー。すんません。インクルシオ大阪支部のモンですけど。その刺青いれずみ、おたくら恐呂血組の方ですよね? さっき、『ミレ・ベルム』て言うてました? ただの雑談やったらアレですけど、何か情報を持ってはるんやったら、支部で話を聞かせてくれませんか?」

「……な、なんやワレ! 俺らはそんな話はしてへん! 言い掛かりはよせや!」

 唐突に現れた増元に、シャツの胸元から蛇の刺青を覗かせた二人がいきり立つ。

 増元が「いや、確かにそう聞こえたんで」と言うと、男たちは「やかましわ!」と怒鳴って立ち上がり、そのまま逃げるように店を出た。

 鈴守が「完司さん。追いかけますか?」と後方に立って訊ねる。

 増元は首を振り、窓の外を見やって言った。

「ええわ。どうせ話さへん。……せやけど、一つ、気になることを言うとったな」


 午後10時。大阪府大阪市至極しごく区。

 インクルシオ大阪支部に所属する特別対策官の疋田進之介ひきたしんのすけは、きらびやかなネオンがアスファルトに反射する通りに立った。

 疋田は同じ「串かつ班」である先輩対策官の増元から、ドーナツ専門店での話を聞き、ベージュのジャケットに細身のスラックスを履いた私服姿で夜の繁華街にやってきた。

 飲食店が複数入るビルの地下に降り、一軒のキャバクラの扉を開く。

 黒服の店員が「いらっしゃいませ。ご指名は?」と笑顔で歩み寄ったが、疋田は「こういう者です。すぐに済みますんで」と対策官証を示して店の奥に進んだ。

 華やかな喧騒に包まれた店内は、あちこちで男性客とホステスが酒を飲みながら談笑している。

 疋田は目当てのボックス席に着くと、濃い紫色のソファに腰掛けた。

「どうも。9月にうて以来やな」

「……! お前たち。すまへんけど、少し席を外してくれるか」

 派手な赤色のスーツを着た人物──恐呂血組の若頭である蛇川了へびかわさとるが、一瞬顔色を変え、脇にいる3人のホステスに低い声で告げる。

 あでやかなドレスを纏った女性たちがボックス席から去ると、疋田は鼻にそばかすを散らした柔和な容貌で言った。

「ちょっと、訊きたいことがあんねんけどな。あんたら恐呂血組と、反人間組織『ミレ・ベルム』は、何らかの関係があるんか?」

「……何の話や?」

 蛇川は二匹の蛇の刺青が入った喉元を手でさすり、とぼけた表情で返す。

 疋田は両手の指を組み合わせ、蛇川をまっすぐに見据えた。

「うちの班の対策官がな。あんたんとこの組員同士が話しとるのを聞いたんや。その会話ん中で、『ミレ・ベルム』の他に、“鳥の子島”というワードが出たと言うとる」

「……!」

 疋田の言葉に、蛇川がぴくりと眉を動かす。

 疋田は蛇川の顔を覗き込むように、やや上体をかがめて言った。

「あんたら恐呂血組は、グラウカの重犯罪者である貝塚門人かいづかもんどを囲とったことがある。互いの利益の為に反人間組織と手を組み、鳥の子島で何か悪さをしとっても、不思議やないな」

「……ハッ。何の証拠もなくペラペラと。そないに疑うんやったら、鳥の子島とやらを調べたらどうや? どうせ、何も出てうへんわ」

「ああ。そうさせてもらうわ」

 疋田は組んでいた指を解き、ソファを立って店を出た。

 その後ろ姿をきつく睨み付けた蛇川は、蛇柄のネクタイを緩めて毒付いた。

「……フン。飛んで火に入る夏の虫とも知らへんで。せいぜい、気張れや」


 午後11時。大阪府大阪市白群びゃくぐん区。

 インクルシオ大阪支部の支部長である小鳥大徳ことりだいとくは、執務室のソファセットに腰掛け、腕を組んで大きくうなずいた。

「そうか。予想通り、蛇川はシラを切ったか」

「ええ。せやけど、明らかに動揺してました。どうやら鳥の子島は、隅々まで調べる価値がありそうですね」

 つい先程、至極しごく区から戻った疋田が、小鳥の向かいでコーヒーを飲んで言う。

 疋田の隣には増元が座っており、顔を横に向けて訊いた。

「進之介。そうは言うても、鳥の子島は広島支部が捜査したばかりやろ?」

「そうなんですが、広島支部は鳥の子島を含む広範囲のエリアを捜査していますからね。今回はうちの支部から人員を派遣して、もう一度、細かく捜査した方がええと思います。……なので、俺が行きますわ」

 疋田がコーヒーを置いて言うと、ライオンがプリントされたシャツを着た小鳥が、スキンヘッドの頭をぼりぼりと掻いた。

「それやけどな。ちょうど今、東京本部の対策官7人が鳥の子島に行っとんねん。そのメンバーん中に、将也もおるで。せっかくやから、合同捜査するか?」

「ええぇーっ!! それ、ほんまですか!? 是非、行きたいです!!」

 小鳥がそう言った途端、執務室のドアが開き、鈴守が飛び出してくる。

 増元が「小夏!? お前、盗み聞きしとったんか!?」と驚き、疋田が「俺は気付いてたで。ドアが小さく開いとったし」とにやりと笑った。

「ご、ごめんなさい! 進之介さんの報告が気になって……! 小鳥支部長! 私も鳥の子島の捜査に行かせて下さい! お願いします!」

 鈴守が両手を合わせて懇願し、にわかに騒がしくなった室内に、小鳥が苦笑する。

「……よっしゃ。ほんなら、お前ら3人で行ってこい。この後すぐに荷造りをして、明日の朝一番で出発や。必ず奴らの尻尾を掴んでくるんやで」

 小鳥の指令に、「串かつ班」の疋田、増元、鈴守が顔を上げ、「はい!!!」と揃って返事をした。




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