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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:19
151/231

04・教会と昔話

 午前8時。愛媛県宇和島市鳥の子島。

 ひらがなの『し』の字型をした自然豊かな離島に、爽やかな朝日が照らす。

 インクルシオ東京本部から出張捜査にやってきた7人の対策官は、宿泊する民宿で朝食を取った後、私服の上に黒のジャンパーを羽織り、それぞれ武器を携帯してこの日の捜査にのぞんだ。

 南班に所属する特別対策官の童子将也、北班に所属する特別対策官の時任直輝、同じく北班の市来匡の3人は、昨日に引き続き島内の住人への聞き込み捜査、南班の高校生4人──雨瀬眞白、鷹村哲、塩田渉、最上七葉は、島に点在する廃屋等の捜査にあたった。

「広島支部の捜査報告書によると、民家が固まっとる平地以外にも、山ん中にぽつぽつと古い建物がある。添付された地図データを元に、しっかりと捜査してこい」

 民宿の玄関先で向かい合った童子の指示に、「はい!!!」と大きく返事をした高校生たちは、潮の香りが鼻先に漂う山道に入った。

 一列に並んでしばらく進んだ後、小鳥のさえずりを頭上に聞きながら、鷹村が額に汗を滲ませて言った。

「……これは、山道と言うより、ほぼ獣道けものみちだな……」

「……ええ。手付かずの自然は素晴らしいけれど、そこに分け入るのは大変だわ」

 最上が周りの緑を見回し、上がった息を深呼吸で整える。

「ああ〜。すでに足が棒だよ〜。小腹が減ったよ〜。どっかで休みたいよ〜」

「塩田君。僕、アメを持っているから、一つ食べる?」

 塩田が木に寄り掛かって泣き言を漏らし、雨瀬がジャンパーのポケットからレモン味の飴を取り出した。

 すると、鷹村が「あ。あそこだ。やっと着いたぞ」と掠れた声で言った。

 まもなく高校生たちが鬱蒼うっそうとした緑林を抜けると、眼前に白壁の建物が現れる。

 離島の山中にぽつりと佇むのは教会で、その外観は激しく朽ちていた。 

 高校生4人は無言で互いに目配せをし、腰に差し込んだ武器に手を掛けて、古びた木製の扉をそっと開く。

 しんと静まり返った廃教会に、息を殺して足を踏み入れた──その時。

「あれ? インクルシオ対策官のみなさん?」

「……よ、依田さん!? どうして、ここに!?」

 白色の布が掛かった祭壇の手前で、見知った痩身の人物──鳥の子島で唯一の民宿を営む依田尚が立ち上がり、高校生たちは驚いた顔で訊ねた。

「いや。僕は、空いた時間にこの教会の修繕をしているんです。特にキリスト教徒というわけではありませんが、遠い昔に建てられたであろうここを、放っておけなくて……」

 そう言うと、依田は軍手をめた手で工具箱を持ち上げる。

 高校生たちは「そうだったんですか……」と返し、武器に掛けた手を離して警戒を解いた。

「おや? みなさん、随分と足元が汚れていますね。おそらく、森の中の山道を通ってきたんでしょう。実は、そのルートとは別に楽な近道がありますよ」

「……えええーっ!! それ、マジっすかぁー!?」

 依田が高校生たちに歩み寄って言い、塩田が素っ頓狂な声を出す。

 依田は「ええ。うちの民宿の裏手から行くルートです。後で詳しくお教えしますね」と微笑み、ガクリと肩を落とした高校生4人に言った。

「僕は昼過ぎに防波堤に釣りに行く予定です。釣れた魚は今日の夕食にお出ししますよ。もしよければ、みなさんも、捜査の息抜きにどうですか?」


 午後7時。

 日没と共に捜査を終了した対策官たちは、2階建ての民宿に戻り、入浴を済ませて1階の食堂に集まった。

 テーブルの上には、愛媛県の地鶏と野菜を使った鍋物や、山菜の天ぷらの他に、メバルの煮付けとカサゴの唐揚げが並んでいる。

「へへ。このメバル、俺が釣ったんだ。たったの一時間で、あんなに何匹も……」

 塩田が皿を覗き込んで嬉しそうに言うと、鷹村が「黙れ」と素早く口を押さえ、最上がテーブルの下で足を踏み、雨瀬が落ち着きなく視線を泳がせた。

 食堂に現れた童子が椅子を引いて座り、目の前の料理を見て言う。

「お前ら、なかなかええ釣果ちょうかやん。メバルもカサゴも、旨そうや」

「!!!!!」

 童子の一言に、鷹村、塩田、雨瀬、最上がぎょっとして目を見開いた。

 高校生4人はみるみるうちに顔面蒼白になり、童子は小さく苦笑する。

「……防波堤は、島のどこからでも丸見えやで。サボりにしては、周囲への注意が足りへんかったな。まぁ、でも、多少の“休憩”はええやろ。今回は見逃したるわ」

「……ど、ど、童子さ〜ん!!!!」

 童子の許しに高校生たちは涙目で感激し、時任が「あれぇー? さっきまで、説教するって言ってなかったかぁー? 甘いなー!」と笑った。

「ふふ。じゃあ、早速、みんなが釣った魚をいただきましょうか」

 市来が箸を持って笑顔で言い、テーブルにつく全員が「いただきます!」と声を揃えた。


 夕食後、満腹となった対策官7人は、湯気の立つ緑茶を飲んで一息ついた。

 塩田が大きく膨らんだ腹部を手でさすり、ふと顔を上げて言った。

「……そう言えば、前から気になっていたんですけど、時任さんと市来さんって、いつも固定でペアを組んでいますよね? それって、何か理由があるんですか?」

 塩田の質問に、鷹村が「あ。それ、俺も気になってた」と同調する。

 童子が「俺も知らへんな」と顔を向け、雨瀬と最上も二人に注目した。

「ああ。それは、俺よりも市来から話した方がいいな」

 時任が緑茶の湯呑みを片手に促し、市来が「そうですね」とやや照れ臭そうに口を開いた。

「……ええと。僕が時任さんと任務でペアを組ませてもらっているのは、芥澤チーフに「どうしても」と懇願したからなんだ」

「え? それは、何故ですか?」

 高校生たちが興味津々の様子で訊き、市来は人差し指で頬を掻いた。

「少しだけ、昔話をするとね。僕が中学3年生の時、塾で帰りが遅くなった日があったんだ。それで、ひと気のない路地裏を歩いていると、目の前に一人のグラウカが現れた。そいつは当時、連続殺人犯としてニュースを騒がせていた男でね。僕は逃げる間もなく首根を掴まれて、自分の短い人生の終わりを悟ったよ。……だけど、その時、黒のツナギ服を纏った時任さんが颯爽さっそうと走り込んで来て、僕を助けてくれたんだ」

「へぇぇー! すげぇー! かっけぇー!」

 市来の話を聞いた塩田が興奮し、他の高校生3人がうんうんとうなずく。 

 童子が「市来君が中3なら、時任は高1の新人対策官ん時か?」と訊き、時任が「そうだ。北班に配属されてすぐの頃だ」と答えた。

 市来は湯呑みを両手で包み、ふちを見つめて話を続ける。

「……その日以来、僕は時任さんに憧れを抱き、自分も対策官になりたいと思ってインクルシオ訓練施設に入った。そして、晴れて東京本部の北班への配属が決まり、指導担当がつく1年間が終わってから、芥澤チーフに「時任さんの側で、戦闘技術や捜査手法を学ばせて下さい」と頼み込んだんだ。……今思えば、図々しいにも程があるけど、時任さんも「やる気があるなら、いいぜ」って快諾してくれて。それから、固定でペアを組むようになったんだよ」

 そう言って、市来は穏やかに微笑み、温かな緑茶を飲んだ。

「そうだったんですか〜。憧れの人と組めるなんて、いいなぁ〜」

 塩田が羨ましそうな声を漏らし、時任が高校生たちを見やって言った。

「お前らも、童子の指導担当期間が終わったら、大貫チーフに頼んでみたらどうだ? 早い者勝ちだが、もしかしたら、インクルシオNo.1の童子とペアが組めるかもよ?」

 時任の冗談めかした言葉に、高校生たちはぴくりと肩を揺らす。

 鷹村が「……はい! 是非、そうしたいです!」と明るく言い、塩田がすかさず「抜け駆けは許さねーぞ!」と他の3人を牽制して笑い合った。

 童子は食堂の時計に目をやり、おもむろに椅子から立ち上がった。

「……お喋りはここまでやな。そろそろ2階に上がって、今日の捜査報告会をするで」

 童子がきびすを返して歩き出し、時任と市来が「そうだな!」「ええ」と後に続く。

 高校生4人は「はい!」と返事をして、わずかにかげった表情を隠すように、小走りで階段に向かった。




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