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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:19
150/239

03・鳥の子島

 愛媛県宇和島市鳥の子島。

 午後2時を少し回った時刻、インクルシオ東京本部から愛媛県に出張捜査にやってきた7人の対策官は、ひらがなの『し』の字型をした離島に到着した。

 出張捜査のメンバーは、南班に所属する特別対策官の童子将也、同じく南班の雨瀬眞白、鷹村哲、塩田渉、最上七葉、北班に所属する特別対策官の時任直輝、同じく北班の市来匡で、全員が私服の上にインクルシオの黒のジャンパーを羽織り、武器としてサバイバルナイフ1本──雨瀬はバタフライナイフ──を携帯していた。

 小さな波が揺らぐ島の港には、エプロン姿の痩身の人物が立っており、船から降りた対策官たちを人懐こい笑顔で出迎えた。

 素朴な容貌をしたエプロンの人物──依田尚よりたなおは、鳥の子島で民宿を営む31歳の男性で、港に停めた白色のバンに対策官たちを乗せ、でこぼことした土の道路を走って宿に運んだ。

「さぁ。東京からの長旅で、さぞかしお疲れのことでしょう。暖かいお茶でも飲んで、どうぞ一息ついて下さい」

 そう言って、木製の盆を手にした依田が、7つの湯呑みをテーブルに置く。

 潮の香りが漂う民宿は2階建てで、1階に食堂、台所、風呂、依田の部屋兼事務室、2階に宿泊用の4部屋の和室という間取りになっていた。

 部屋に荷物を置いた対策官たちは、10畳ほどの広さの食堂のテーブルにつき、「いただきます」と言って湯気の立つ緑茶を啜った。

「はぁ〜。やっと、生き返ったよ……。正直、船を舐めてた……」

「ああ……。根拠のない自信は、あっという間に崩れ去ったな……」

 宇和島港からの長時間の乗船で船酔いをした塩田が、げっそりとした顔で言う。

 その隣に座る鷹村が、椅子に背をもたせ、天井を見上げてうなずいた。

「だから、酔い止めの薬を飲んでおきなさいって言ったでしょ。二人共、「ヘーキ、ヘーキ」って全然聞かないんだから」

「……僕と最上さんは、薬を飲んでいたから酔わなかった。おかげで綺麗な海の景色を楽しめて、すごくよかった」

 脱力した二人に最上がため息を吐き、雨瀬がぼそりと小さく言う。

 鷹村が「悪かったよ。帰りは、ちゃんと飲むから」と反省し、塩田が「童子さ〜ん! 雨瀬がイヤミ言った〜!」と大仰に拗ねた。

「ははは! お前ら、相変わらず賑やかだな!」

 時任が湯呑みを片手に豪快に笑い、茶菓子として出されたみかん大福を食べた市来が「ふふ」と微笑む。

 咆哮する虎がプリントされたシャツに濃紺のジーンズを履いた童子が、鷹村と塩田を見やって言った。

「二人共、もう顔色はええな。ほんなら、早速、出張捜査の任務にかかるで。まずは、この島の情報を、依田さんから教えてもらおう」

 高校生の新人対策官たちが「はい! 依田さん、よろしくお願いします!」と声を揃え、依田が「かしこまりました」と温和な笑みを浮かべた。

「ええと。この“鳥の子島”は、島の周囲が約12.5キロ。現在は40世帯80人が暮らしています。元々、島の住人は200人以上いたんですが、利便性のいい他の地域に移り住む等、長い年月の間に徐々に人口が減り、10年前にはとうとう無人の島となりました」

「へぇ。そうだったんですか。なら、依田さんたち80人は島の外から?」

 みかん大福を大口で齧った時任が質問し、依田が「ええ」と返す。

「僕を含めた全員が、愛媛県外からこの島にやってきた移住者です。平均年齢は33歳、男女比は7対3、人間とグラウカの割合は半々となっています。移住者たちは、主にみかんやレモンといった柑橘類の栽培や、木工品の製作販売等で生計を立てています。ちなみに、僕はグラウカで、ご覧の通り、島で唯一の民宿を経営しています」

「あの。鳥の子島の観光客は多いんですか? けっこう、大変な道程ですが……」

 市来が手を上げて訊ね、依田は盆を持ち直して答えた。

「それが、わりといらっしゃるんですよ。特に春と夏は、離島巡りを趣味としている方が、戸島や日振島ひぶりしまと共にこの島を訪れてくれます。僕も、5年前にここに移住した時は、民宿で食べていけるのかと不安でしたが、何とかなっていますよ」

 依田の話に、高校生たちが「へぇぇ〜」と興味深く聞き入る。

 食堂の壁に掛かった時計の針は午後3時を差しており、童子は緑茶を飲み干して言った。

「依田さん。詳しいお話をありがとうございます。島の概要がわかったところで、そろそろ聞き込み捜査に行ってきます。この時間やったら、住人の方たちは外ですかね?」

「はい。今はみかんの収穫時期ですし、ほとんどの住人は外で仕事をしていますよ。みなさんがお戻りになる頃には、海の幸を使った美味しい夕食をご用意しておきますので、気を付けて行ってきて下さいね」

「わぁ! すげー楽しみ!」

 依田の言葉に塩田が湧き上がり、他の高校生3人が目を輝かせる。

「──よし! じゃあ、しっかりと捜査して、旨い夕飯を腹一杯に食おうぜ!」

 時任が大きく声をあげ、7人の対策官は一斉にテーブルから立ち上がった。


 午後7時。

 静かな潮騒が耳に届く離島で、手分けをして住人の聞き込み捜査を行った対策官たちは、すっかり日の沈んだ暗がりの中を徒歩で戻ってきた。

「ふー。海沿いから山側まで、あちこちを歩き回って疲れたな。だけど、島の住人のみなさんは、捜査に協力的でいい人ばかりだったよ」

「ええ。そうね。私なんて、お土産にみかんまでいただいちゃったわ」

 鷹村が民宿の食堂の椅子を引き、最上が膨らんだビニール袋を持ち上げる。

「うん。少し前に広島支部の対策官が来たばかりなのに、どの人も同じ質問でも嫌な顔をせずに答えてくれた」

「あー。そうそう。捜査する側にとって、そーゆーのはありがたいよな」

 テーブルの窓側に座った雨瀬が言い、向かいに腰掛けた塩田が深く同意した。

 市来が黒のジャンパーを椅子の背にかけ、やや声のトーンを落として言う。

「僕が話を聞いた若いご夫婦は、「戸島に流れ着いた遺体が、反人間組織と関係があるかもしれないなんて、とても怖い」と震えていたよ。こんな長閑のどかな場所で暮らす人たちからすれば、僕らインクルシオ対策官が立て続けに捜査に来たことも、内心では恐怖だろうね」

 市来は浅く息を吐き、高校生たちは「確かに……」と低く呟いた。

 そこに、食堂と台所を隔てる暖簾のれんくぐって、エプロン姿の依田が姿を現した。

「さぁ、みなさん。当民宿自慢の舟盛りをお持ちしましたよ。お仕事のお話はひとまず後回しにして、瀬戸内の新鮮な魚介をご堪能下さい」

「おおおー!!! すげぇー!!!」

 テーブルの中央に鎮座した船型の器には、伊勢海老、鯛、マグロ、ブリ、カンパチを始め、ウニ、サザエ、ヒオウギ貝がふんだんに盛り付けられている。

 高校生たちが思わず叫んで身を乗り出すと、依田は天ぷらや茶碗蒸しを配膳しながら目を細めた。

「大人の方たちには、ビールや日本酒、ワインもありますよ。飲まれますか?」

「い、いや。さすがにそれは。旅行に来ているわけじゃないので。……うーん、でも、その……」

 依田が瓶ビールを持って訊ね、時任が難しい顔で葛藤する。

 童子が「少しくらいは、ええんとちゃう?」とビールを受け取り、市来が「そうですよね。じゃあ、僕はグラスワインをお願いします」とオーダーした。

 ほどなくして、テーブルに並んだ料理の数々に、対策官たちが舌鼓を打つ。

 またたく間に皿は空になり、雨瀬が箸を置いてぽつりと言った。

「……さっきの話……。この島の住人が、反人間組織を怖がるのは当然だ。僕らは、鳥の子島の平和を守る為にも、5日間の出張捜査を頑張らなければ……」

 雨瀬の独白のような呟きに、テーブルを囲む対策官たちが表情を引き締める。

 そして、7人の対策官は2階の部屋に上がり、それぞれの聞き込み捜査の報告と今後の捜査の進め方を、夜遅くまで話し合った。


 午前2時。

 反人間組織『ミレ・ベルム』のリーダーの戦場勝二は、月が雲に覆われた夜半、2階建ての民宿を見下ろす高台に立った。

「……は。なんてこった。また島に対策官共が来やがったと思ったら、その中にインクルシオNo.1とNo.2の特別対策官がいやがるとはな。全く、驚いたぜ」

 戦場はカーキ色のカーゴパンツのポケットに両手を入れ、唇をゆがめる。

「……フン。それなら、こっちも手を打とうじゃねぇか」

 ポケットの中から煙草の箱を取り出して言うと、戦場はライターで火をつけ、小さな離島を包む夜陰やいんの中に紛れていった。




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