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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:03
15/218

01・灰の少女

 ──目が覚めた。


 ぼんやりとした視界に映ったのは、洋室の天井だった。 

 体を起こすとベッドが小さく軋む。

 前に目覚めた時は和室の布団だったような気がしたが、記憶は曖昧だ。


 知らない部屋をゆっくりと見渡す。

 部屋のあちこちに置かれたぬいぐるみが、愛らしい笑顔を向けている。

 その笑顔に“あの笑顔”を思い出して、思わず吐いた。

 しかし、次の瞬間には、羽毛布団が汚れている理由がわからずに首を傾げた。


 ベッドからそろりと足を下ろす。

 薄紫の壁には、ファンシーな絵柄のカレンダーが掛かっている。

 仄暗ほのぐらい部屋の中、窓の外に浮かぶ月を見上げたのは、5年ぶりだった。




 6月初旬。東京都月白げっぱく区。

 『厚生省特殊外郭機関インクルシオ』東京本部の隣に建つインクルシオ寮で、塩田渉しおたわたるは絶叫した。

「辛ええぇぇーーっ!!! これジョロキア!? 入れた奴ブッコロス!!!」

「あ。それは俺や」

「ウソですっ!! 童子さん、最高にオイシイです!!」

 床に転がって悶絶していた塩田が、すかさず親指を立てて言う。

 鷹村哲たかむらてつが、「お前の変り身はスゲェな」と苦笑した。

 ──この日、インクルシオ東京本部の南班に所属する高校生たちは、指導担当である特別対策官の童子将也どうじしょうやの部屋で、たこ焼きパーティーを開いていた。

 一週間前に“人喰い”鏑木良悟かぶらぎりょうごの事件が終息し、束の間の平穏な日々を過ごしていた「童子班」の面々は、塩田の「タコパしようぜ」の一言に乗った。

 その際に、塩田はニヤリと笑って「半分は“闇タコ”な」と提案し、今に至る。

 ちなみに童子の部屋は2階の『211号室』で、童子を含む特別対策官の全員が2階の部屋を割り当てられている。寮は5階建てだが、これは緊急時に特別対策官が最短で寮から出られるようにと考慮された配置であった。

「じゃあ、次は俺だな」

 鷹村がカセットコンロの上のたこ焼き器に箸を伸ばす。

 ほかほかと蒸気が立つたこ焼きを一つつまんで、恐る恐る口に入れた。

「……………………ドライフルーツ?」

「あ。それ私だわ」

 パフスリーブのカットソーにショートパンツを合わせた最上七葉もがみななはが手を上げた。

「甘さがアレだけど……。食えないほどじゃないな」

「色々と考えたんだけどね。変な具って、甘いのくらいしか思いつかなかったわ」

 もぐもぐと咀嚼そしゃくする鷹村に、最上が言う。

 赤く腫れた唇を手で押さえた塩田が「鷹村ずりぃー」と拗ねた。

「これで一巡したな。一番エゲツない具を入れたんは、意外にも雨瀬やったな」

 たこ焼き器の半分のスペースでノーマルのたこ焼きを焼きながら、童子が笑う。

 鷹村の隣に座る雨瀬眞白あませましろが、「す、すみません」と身を縮こませた。

 雨瀬が“闇タコ”に入れたのは、ミント味の粒ガムだった。

 これを食べた童子は口を押さえてトイレに行き、試しにとつまんだ鷹村と塩田がすぐにその後を追った。

「雨瀬の殺人ガムに比べたら、俺のドリアンなんて可愛いもんだよ。臭いの時点でバレてたしな。鷹村もコーヒーゼリーとか中途半端だったし、次はリベンジしようぜ」

 塩田の総括に、鷹村が「うるせーよ」と笑う。

 童子が「出来たでー」と、熱々のたこ焼きを高校生たちの皿に振る舞った。

「旨いっ! たこ焼きの中に、ちゃんとタコが入ってる安心感!」

「外はカリカリ、中はフワトロ。ソースも香ばしくて、美味しいわ」

「ヤベェ。こりゃ何個でもいける旨さだな」

「童子さん。すごく美味しいです」

 大阪出身である童子の本場仕込みのたこ焼きに、高校生たちが舌鼓を打つ。

 はふはふと蒸気を吐いて、鷹村は気になっていたことを訊ねた。

「童子さん。今朝のニュースで見たんですけど、最近、都内で何件かの児童誘拐事件が起きてますよね。それって、やはり『コルニクス』が絡んでるんですか?」

 鷹村の質問に、雨瀬、塩田、最上が童子に顔を向ける。

 童子は自分の皿にたこ焼きを盛って、「せやな」とうなずいた。

「きちんと捜査せな断定はできへんけど、その可能性はあるやろうな」

「『コルニクス』って、人身売買をしてる反人間組織だっけ?」

 口端にソースをつけた塩田が訊き、最上が「そうよ」と答える。

 童子はテーブルを囲む高校生たちを見やって言った。

「俺も、こっちに来てから詳しい捜査資料を読んだんやけどな。『コルニクス』は、今までに多くの児童誘拐事件を起こしとる割に、どの班も摘発どころか拠点の絞り込みすら出来てへん反人間組織や。おそらく、リーダーは相当に用心深い人物なんやろう。武闘派で鳴らしとる右腕もおるらしいし、なかなか一筋縄ではいかん組織やな」

 童子の説明に、高校生たちは箸を止めて聞き入った。

 童子は「せやけど」と言葉を続けた。

「人身売買の横行をのさばらせるわけにはいかへん。鷹村が言うた通り、『コルニクス』の関与が疑わしい誘拐事件が増えとるし、一刻も早う『コルニクス』を壊滅できるように、俺らも捜査に尽力していくで」

 そう言って鋭い視線を上げた童子に、高校生たちは「はい!」と声を揃えて返事をした。


 午後9時半。

 たこ焼きパーティーがお開きになった後、雨瀬と鷹村は夜の街に出た。

 インクルシオ寮から徒歩20秒の場所にあるコンビニエンスストアに、アイスクリームを買いに行く。

 二人は大通りの信号を渡り、街灯が照らす歩道を並んで歩いた。

「たこ焼きパーティー、楽しかったな。“闇タコ”も面白かった」

「うん。童子さんのたこ焼き、すごく美味しかった」

「本当にめちゃくちゃ旨かったな。たこ焼き器もたこ焼きを返すピックも持ってたし、さすが関西の……」

 話している途中で、ふと鷹村が前方を見た。

 つられて雨瀬が視線を上げる。

 二人の目の前には、歩道のベンチに座る一人の少女の姿があった。

 少女は見た目は10歳くらいで、ノースリーブのワンピースを着ており、足元は裸足だった。

「お嬢さん。こんな時間にどうしたの? 一人?」

 鷹村と雨瀬はベンチに走り寄ると、ワンピースの少女に声をかけた。

 少女は色素の薄いグレーの髪をなびかせて、ゆっくりと顔を上げる。

「どこから来たの? 名前はなんて言うの?」

 膝を折って目線を低くした鷹村が質問をした。

 しかし、少女は鷹村をぼんやりと見やるだけで反応は無い。

 長い睫毛の下から覗く澄んだ瞳は、まるで何も映していないかのように凪いでいた。

「……なんか、様子が変だな」

 鷹村が頭を掻いて腰を上げる。雨瀬が鷹村に言った。

「哲。交番に行こう。遅い時間だし、警察に保護してもらうのがいい」

「そうだな」

 鷹村がうなずくと、雨瀬は少女に背を向けて身をかがめた。

「君を安全な場所に連れて行くよ。怖くないから、おぶさって」

 雨瀬が少女に優しく声をかける。

 少女は雨瀬をじっと見つめると、華奢な腕をそっと伸ばして、白のTシャツを着た背中にふわりと乗った。

「……よし。じゃあ、行くか」

 鷹村は小さく安堵して歩き出した。

 ほどなくして、近くの交番に到着した二人は、警察官に事情を説明してその場を後にした。

 雨瀬と鷹村が去ると、警察官は戸棚を探って紅茶のティーバッグを出した。

 ポットの湯をコップに注いで振り返る。

 すると、そこにいたはずの少女は、忽然こつぜんと姿を消していた。


 翌日。午前5時半。

 インクルシオ東京本部の最上階にある会議室で緊急の幹部会議が開かれた。

 会議室の扉を開けた中央班チーフの津之江学つのえまなぶと、東班チーフの望月剛志もちづきつよしが、深刻な面持ちで着席する。

 北班チーフの芥澤丈一あくたざわじょういちは無言で腕を組み、南班チーフの大貫武士おおぬきたけしは眉間を寄せて机上を見つめた。

 西班チーフの路木怜司ろきれいじが、浅いため息を吐く。

 インクルシオ総長の阿諏訪征一郎あすわせいいちろうの姿は無く、本部長の那智明なちあきらが厳しい表情で前を見据えた。

 那智は低くうなるように言う。

「昨晩、月白げっぱく区の自宅からいなくなったそうだ。……わかっていることは、これだけだ」

 那智はチーフたちを見渡して指示を出した。

「何をおいても、最優先で捜し出せ。──阿諏訪灰根あすわはいねを」




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