11・雪解けと管理人
東京都天区。
午後4時を少し回った時刻、インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の5人は、遊園地『カエルム・アルブス』の噴水広場に集っていた。
全てのアトラクションの稼働が停止し、休園日のような静けさが包み込む園内では、黒のツナギ服を纏った南班の対策官があちこちを行き来している。
両腿に2本のサバイバルナイフを装備した特別対策官の童子将也は、忙しく動く対策官たちの姿を背に、目の前に並んだ高校生4人を見やって言った。
「……お前ら、ほんまにようやった。『ケレブルム』を相手に、1対1の交戦でも怯まずに頑張ったな」
童子の労いの言葉に、“暴殺”集団『ケレブルム』との死闘を終えた高校生たちが、揃って面映い表情を浮かべる。
遊園地のスタッフから借りたバスタオルを肩に掛けた塩田渉が、濡れた髪を手で掻いて言った。
「いやぁ〜。つい勢い余っちゃって、全身ずぶ濡れになったっスけどね。だけど、ずっと正体不明だった目出し帽のあいつ……小瀬木信を倒せてよかったっス」
塩田は喋りながら鼻を膨らませ、「ハ……、ハックショ!」とくしゃみをする。
塩田の隣に立つ最上七葉が「11月に水に入るのは、さすがにキツイわね」と同情し、前に向き直って報告した。
「……えっと。私は、梶側勇の動きの速さを見誤って、少し危ない場面がありました。この点はしっかりと反省して、今後に活かしたいと思います」
最上は自戒の念を込めるように、自らが斬った髪の一束を指先で撫でる。
その隣に立つ鷹村哲が、「俺も……」とやや言い難そうに口を開いた。
「……実は、宇頂伸之の安いトラップに引っかかって、危うくやられかけました。自分では慎重に動いているつもりだったけど、無意識に気が急いていたのかもしれません。これは、大きな反省点です」
鷹村は腕を回して打ち付けた背中を摩り、雨瀬眞白が後に続いた。
「僕は、負傷した女性に気を取られた隙に、前薗律基に左腕を斬り落とされました。それで、一時的に戦闘不能に陥ってしまって……。結果的には、女性を救出し、前薗を倒しました。だけど、それは駆け付けて下さった速水特別対策官のおかげです。僕は何もできませんでした」
そう言って、雨瀬は白髪を揺らしてうつむく。
童子はツナギ服の胸部と左腕の布が切れた雨瀬を見て、優しい声で言った。
「雨瀬。対策官にとって何よりも大事なんは、人命を守ることや。お前は大怪我を負ったその直後に、必死に動いて女性を助けた。速水君の加勢が間に合うたんも、それまでお前が前薗と果敢に戦ったからや。……十分に、ようやったで」
塩田が「そーだ! そーだ!」とすかさずに声をあげ、最上が「胸を張りなさい」と元気付け、鷹村が「お前が無事で、よかった」と深く息を吐く。
雨瀬は胸の奥が熱くなるのを感じて、「……あ、ありがとうございます……。みんなも……ありがとう……」とうつむいたまま小さく返した。
すると、「童子班」の面々の側に、二人の人物が歩み寄った。
「みんな。今回は本当によくやったな。『ケレブルム』を壊滅なんて、すごいぞ」
モスグリーンのブルゾンを着たインクルシオ名古屋支部の綱倉佑士が笑顔で褒め、同じく名古屋支部に所属する特別対策官の速水至恩が、茶色がかった髪を手で掻き上げて言った。
「まぁ、あの程度の奴らなら、壊滅できて当然ですけどね。それより、俺はせっかくの東京旅行の最終日を台無しにされて、すげー最悪の気分ですよ」
速水は顰めっ面でため息を吐き、綱倉が「まぁまぁ。至恩」と宥める。
雨瀬が一歩前に出て、速水を見上げて言った。
「あ、あの。速水特別対策官。先ほどは、危ないところを助けていただき、ありがとうございました。速水特別対策官の援護がなかったら、僕は前薗にやられていました」
「……あ〜。別に大したことじゃないよ。あんな奴、俺にとっちゃただの雑魚だし。あ。そうだ。これ、借りてたバタフライナイフ。……左腕は大丈夫?」
速水が黒の刃を差し出してふと訊ね、その思わぬ気遣いの言葉に、雨瀬は「は、はい! もう大丈夫です!」と大きく返事をする。
以前、栃木県で行われた強化合宿で、雨瀬は速水に「特別対策官として失格」と非難したことがあったが、あの時と今では受ける印象に変化が生じ、まるで静かな雪解けのような心地を感じた。
童子が速水に目を向けて、穏やかな口調で言う。
「速水君。俺からも礼を言わせてくれ。雨瀬を助けてくれて、ありがとうな」
「……いや。やめて下さいよ。童子さんが、後舎清士郎の相手をせざるを得なかったから、あの中では一番厄介そうな前薗の方に行っただけです。礼なんて、大袈裟ですよ」
「いいや。君は、俺の大事な教え子を守ってくれた。ほんまにありがとう」
童子は首を振って笑みを浮かべ、速水は「いや、だから……」と戸惑った。
「ふふ。至恩。お前は特別対策官としての使命と責務をしっかりと果たしたんだ。感謝の言葉は素直に受け取っておけ。……さぁ、ここの事後処理が済んだら、俺たちは名古屋に帰るぞ。4日間の休暇も、もう終わりだ」
綱倉が周囲を見回して告げ、速水は「……そうですね」と渋々とうなずいた。
「は、速水特別対策官! また東京に遊びに来た時は、是非メシとかご一緒させて下さい! も、もし、俺らとでもよかったらですけど……!」
塩田が思い切って声をかけ、他の3人が速水をじっと見つめる。
速水は一拍の間を置いた後、くるりと背を向けて言った。
「……じゃあ、いい店を探しておいてよ。俺が好きなのは、イタリアンと肉系ね」
速水のぼそりとした声のリクエストに、童子と綱倉が小さく微笑み、高校生たちが「はい! 任せて下さい!」と元気よく返す。
ほどなくして、黒のツナギ服と私服姿の対策官たちは、濃いオレンジ色に染まった遊園地の石畳を歩き出した。
午後7時。東京都不言区。
閉園済みの児童養護施設「むささび園」の地下の物置部屋で、反人間組織『キルクルス』のリーダーの乙黒阿鼻は、スマホの画面を眺めてため息を吐いた。
「あーあ。『ケレブルム』は壊滅かぁ。なんだか、あっけなかったな」
「あー。確かにな。だけど、ニュースサイトの記事の写真に、童子将也の後ろ姿が写ってたじゃん。『ケレブルム』は遊園地で暴れたのはよかったが、そこに駆け付けたのがインクルシオNo.1じゃあなぁ。まぁ、前薗は運が悪かったよ」
横に倒した冷蔵庫に腰掛けた乙黒に、獅戸安悟が振り向いて返す。
コンビニエンスストアで購入したおでんを、テーブル代わりの木箱の上に並べていた鳴神冬真が言った。
「童子の隣に写っていたのは、名古屋支部の特別対策官の速水至恩だね。確か、高1で特別対策官に任命された男だ。彼が東京の遊園地にいたのは偶然かもしれないけど、これも不運だったね」
鳴神を手伝っていた茅入姫己が「へぇー。強い人なんですね。でも、鳴神さんの方がずっとずっと強いですけど」とにこりと笑い、半井蛍は興味のない様子で人数分の割り箸と紙コップを置いた。
「おー。すげー旨そうだな。おーい。遊ノ木さーん。おでん食おうぜー」
熱々の湯気が立つおでんに目を輝かせて、獅戸が後方に首を伸ばす。
物置部屋の隅のカラーボックスに座っていた遊ノ木秀臣が、「わっ。ごめん」と慌てて立ち上がった。
「俺も準備を手伝おうと思ってたのに、ずっとスマホをいじっちゃってて……」
「いーの。いーの。いつも率先してやってくれてるんだから、気にしないで。さ、冷めないうちに食べよー」
茅入が笑顔を向けて言い、遊ノ木は「ありがとう」と返して木箱の前に座る。
そして、手にしたスマホをタップし、自身が管理人を務めるウェブサイト『都市伝説・You』を閉じると、軽快な音を鳴らして割り箸を割った。
<STORY:18 END>




