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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:18
144/231

08・ウォーターエリアとメリーゴーラウンド

 東京都あま区。

 午後3時半を10分ほど回った時刻、老舗の遊園地『カエルム・アルブス』の園内で、インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の5人と、“暴殺”集団『ケレブルム』のメンバー5人がそれぞれ別の場所で対峙した。

 黒のツナギ服を纏った塩田渉は、噴水広場から伸びる5本の歩道のうちの1本に走り込み、急流すべり等のアトラクションが楽しめるウォーターエリアに出る。

 塩田の視線の先には、外周を花壇で囲んだ人工の池があり、その手前で目出し帽を被った“10代と見られる男”が口角を上げて立っていた。

(──足を止めるな! このまま、思い切り突っ込め!)

 塩田は走る速度を落とさず、腰のブレードをすらりと引き抜き、石畳の上で待ち受ける目出し帽の男に斬りかかる。

「……ハッ!! 馬鹿じゃねぇの!? そんな大振り、当たるかよ!!」

 目出し帽の男は小柄な体躯をひねって斬撃を避けると、素早く右脚を上げ、塩田の腹部に強烈なミドルキックを見舞った。

「……グフゥッ……!!!!」

 目出し帽の男の蹴りが入る瞬間、塩田は咄嗟とっさに体を引いて衝撃を和らげたが、グラウカの超パワーを真正面から受けて胃液を吐く。

 しかし、塩田は地面に倒れることなく、腹部を手で押さえて眼前の男を睨み付けた。

「……こうして間近で相対して、気付いちまったぜ。……お前、木賊とくさ第一高校の1年B組に転入してきた、小瀬木だろう……!?」

「!」

 塩田の指摘に、目出し帽を被った男──『ケレブルム』の最年少のメンバーである小瀬木信が目を見開く。

 塩田は黒の刀身のブレードを右手に下げて、低い声で言った。

「……昨日、“木賊とくさサンサン商店街”の交戦で気付かなかったのは、迂闊うかつだった。そのどこか不穏で不気味な目……間違いなく、お前は小瀬木だ」

「……だったら、どうした!!! 正体がバレたところで何ら問題はねぇ!!! てめぇみたいなクソ雑魚なんざ、俺が素手で軽く瞬殺してやる!!!」

 小瀬木は目出し帽をぎ取って足元に放り、素顔を見せて叫んだ。

 それと同時に、塩田が地面を蹴って高く跳躍し、小瀬木の頭部めがけてブレードを振り下ろす。

「……ぐっ!!!」

 小瀬木は鋭い一撃を両腕を上げてガードしたが、後方の花壇に後ずさって土で足を滑らせ、塩田ともつれ合うように背後の池に落下した。

「……プハッ!!!」

 花壇の1メートル下にある人工の池は、アトラクションのレールが通る場所以外は水深が浅く、小瀬木は腕の傷口から白い蒸気を上げて立ち上がる。

 すると、髪から水をしたたらせた塩田が、腿の高さの水面をゆらりと進んできた。

「……なぁ。小瀬木。一つ、訊かせてくれよ。なんで、今まで沢山の人を殺してきた? 人間も、グラウカも、酷いやり方で」

「そ、そんなの、面白いからに決まってるだろう!!! 恐怖と痛みに泣き叫ぶ奴を見ると、気分が晴れる!!! 高揚する!!! 笑いが込み上げる!!! これ以外の理由はないね!!!」

 塩田が静かな表情で訊ね、小瀬木が唾を飛ばして答えた──次の瞬間。

 水飛沫みずしぶきを上げて水面から飛び出したブレードが、小瀬木の眉間を貫いた。

「……がっ……!!!!!!!!」

 まるで稲妻のような速さで繰り出された斬撃に、小瀬木はわずかも反応することができず、白目を剥いて水中に倒れる。

 塩田は血と水滴の付いた黒の刀身を払うと、水底で生気を失った小瀬木を見下ろして、悲しげに呟いた。

「……他人をしいたげることでしか、自分の喜びを見出せなかった。お前の人生はあわれだよ。小瀬木」


 普段は明るく和やかな喧騒が溢れる遊園地に、緊急放送の音声が響く。

『……ご来園中の皆様にお知らせ致します。先ほど、当遊園地内にて、人命に関わる重大な事件が発生しました。詳細については現在調査中でございますが、皆様におかれましては、スタッフの誘導の下、お近くの建物内に入り身の安全を……』

 スピーカーから流れる放送を聴きながら、最上七葉は歩道を駆け抜けた。

 来園者である家族連れやカップルが「え? 何が起こったの?」「反人間組織の襲撃か!?」と慌てふためいて逃げ出す中、最上はしんと静まり返ったメリーゴーラウンドの前に立つ。

 白馬や馬車が連なるメルヘンチックなアトラクションの奥に目をやると、ゆっくりと右手を動かし、腰に下げたホルダーからサバイバルナイフを抜いた。

「……おお。俺の方には、女の子の対策官が来たのか。これは、“当たり”だな」

 『ケレブルム』のメンバーである梶側勇が、回転床の上にのそりと現れる。

 梶側は厚ぼったい唇を、舌でべろりと舐めて言った。

「俺は、女を殺すのが特に好きだ。華奢で柔らかな体を滅茶苦茶に破壊するのが、堪らない。さぁ、君も存分に壊してやろう。こっちに来てごらん……」

「お望み通りに、行ってあげるわ!!」

 最上は大きく声をあげて走り出し、メリーゴーラウンドの防護柵を飛び越える。

(……狭い場所での戦闘は、リーチの長いブレードは使えない! 梶側にできる限り接近して、サバイバルナイフで倒す!)

 黒の刃を握った最上が回転床に上がると、そこにいたはずの梶側の姿が、忽然こつぜんと消えていた。

「……!? 何処に……!?」

「こーこだよ」

 目をみはった最上の耳元で、ねっとりとした声が聞こえる。

 いつの間にか真後ろに立っていた梶側が、「もーらい」と片腕を伸ばして、最上の黒髪のショートヘアの一束を掴んだ。

(この男、思ったよりも動きが速い……! このまま引き倒されたらまずいわ!)

 最上は瞬時に判断し、梶側に掴まれた髪をサバイバルナイフで切り離す。

 二人の間につややかな毛髪がぱらぱらと舞い落ち、最上はすぐさまにその場から飛び退いた。

「……へぇ。女の子が、自分の髪を躊躇ためらいなく切るなんて。さすが、インクルシオ対策官だね。なら、俺も全力で君を血祭りにあげようか」

 梶側は感心したように言うと、白馬の金属製の支柱の上下をおもむろに手で握り、「フンッ!!!」と力を込めて引き抜いた。

「……っ!! 速さだけでなく、パワーも……!!」

「ハハハッ!! こいつで、君の脳みそをぶちまけてやる!! いいだろう!?」

 梶側は支柱の折れた白馬を力任せに振り回し、他の馬を粉々に破壊しながら大股で迫ってくる。

 建物全体が大きく揺れるメリーゴーラウンドで、最上はサバイバルナイフを手に下げたまま、身じろぎもせずに前を見据えた。

「あれぇ!? まさか、諦めたのかなぁ!? もっと逃げ惑えよ!! 恐怖に顔を引きらせろよ!! みじめに命乞いをして、俺を楽しませろ!!!」

 梶側は目を血走らせ、歯を剥き出して咆哮する。

 すると、宙に舞い上がった大量の粉塵ふんじんが、梶側の視界を覆った。

「……チッ! 邪魔だ!」

 梶側は片手を上げ、鬱陶うっとうしくほこりを払う。

 その時、梶側のうなじに冷たい“何か”が当たり、そこから侵入した鋭い刃が脳下垂体を一気に貫いた。

「……う、ぐぉぉぉぉっ……!!!!!!!!」

 梶側は持っていた白馬を落とし、口から泡を吹いて崩れ落ちる。

 梶側の後方に立った最上が、サバイバルナイフを下ろして低く言った。

「……悪いけど、私も速く動けるの。グラウカの中でも規格外の貴方のパワーには驚いたけれど、それを誇示し過ぎたことが、裏目に出たわね」

 最上は回転床の上で事切れた梶側を一瞥する。

 そして、半壊したメリーゴーラウンドを見回して、「……終わったわ」と小さく息を吐いた。




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