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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:18
143/239

07・分散

 東京都あま区。

 4日間の東京旅行の最終日、インクルシオ名古屋支部に所属する特別対策官の速水至恩と、同じく名古屋支部の綱倉佑士は、あま区にある遊園地『カエルム・アルブス』にやってきた。

 二人は老舗の遊園地に朝早くから入園し、広い敷地内に立ち並ぶ様々なアトラクションを童心に帰って楽しんだ。

 爽やかな風が吹く屋外のフードコートで昼食を取り、園内のスタンプラリーやパレードを満喫して、スーベニアショップの店内をカゴを片手に見回る。

 ライトブラウンのレザージャケットを羽織った速水が、ふと足を止めて言った。

「あ。これ、いいな。一つ買おうっと」

「ん? 随分と可愛らしいお土産だな。まさか、自分用か?」

 速水が『カエルム・アルブス』のマスコットキャラである“カエルムちゃん”がプリントされたファンシーなアイマスクを手に取り、綱倉が不思議そうに訊く。

「いやいや。俺んじゃないですよ。実は、別所支部長が“カエルムちゃん”好きで、色々なグッズを集めているらしいんです。だから、これは別所支部長に」

「えっ? そうだったのか?」

「そうなんですよ。今回の東京旅行で『カエルム・アルブス』に行きますって言ったら、こっそりと教えてくれました。別所支部長っていつもクールで渋い印象だから、意外な趣味ですよね。……あっ、これは一応、ナイショですよ」

 速水はいたずらっぽく笑って言い、「お。あっちの万年筆もいいな。そこの折り畳み傘も捨てがたい」と、名古屋支部の支部長である別所嘉美べっしょよしみの土産をあれこれと物色した。

 綱倉は「本当に意外だな」と小さく苦笑して、同僚の対策官たちへの土産の菓子をカゴ一杯に放り込む。

 ほどなくして、二人は会計の為にレジの列に並んだ。

「……至恩。もうすぐ3時半だ。この買い物が済んだら、そろそろ東京駅に向かうか。また明日から任務だから、早めに名古屋に戻りたいしな」

「あ〜。そうですねぇ。楽しい休暇も、いよいよ終わりかぁ」

 綱倉が腕時計を見やって言い、速水が残念そうに唇を尖らせる。

 その時、スーベニアショップの屋外から、鋭い悲鳴が聞こえた。

「!」

 速水と綱倉は商品の入ったカゴを床に置き、即座に店のドアを飛び出る。

 すると、『カエルム・アルブス』の中心地である噴水広場の石畳に、来園者と見られる大勢の人が、折り重なるように倒れている光景が目に入った。

 その真上には、ジェットコースターのレールの一部が大きく張り出しており、セーフティーバーが上がった状態のコースターが停止している。

 地上から約20メートルの高さで沈黙したコースターの側には、5人の人物が地面に伏した人々を見下ろすように立っていた。

「……な、なんだ!? ジェットコースターで事故が起こったのか!?」

 瞬時には状況を理解することができず、綱倉が戸惑った声を漏らす。

 速水は閃光の如く走り出し、振り向き様に大声で告げた。

「綱倉さん! あれは、ジェットコースターから故意に乗客が落とされたんです! 至急、東京本部に連絡を入れて下さい! あま区の『カエルム・アルブス』に、“暴殺”集団『ケレブルム』が現れたと!」

「──っ!!!!」

 速水の言葉に、綱倉は驚愕に目を見開く。

 速水は前に向き直ると、鉄筋のレールに立つ5つの影を睨んで、噴水広場に一直線に駆けた。


 インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の5人は、華やかなアーチ型の正門をくぐり抜け、『カエルム・アルブス』のメインストリートを走った。

 5人は黒のジープで木賊とくさ区にある“木賊とくさサンサン商店街”の捜査に向かっていたが、南班チーフの大貫武士の緊急連絡を受け、急遽車両をUターンさせてあま区の現場に駆け付けた。

 綱倉の通報から5分と経っておらず、遊園地の敷地内は騒然としている。

 メインストリートの先に見える噴水広場に到着すると、人集ひとだかりの向こうから「こっちだ!」と声が聞こえた。

「……綱倉さん!」

 人混みを掻き分けて前に出た「童子班」の高校生4人の目に、地面に横たわった来園者の一人に心臓マッサージを施す綱倉が映る。

 綱倉の近くでは、速水が別の来園者の救命活動を行っていた。

 速水は特別対策官の童子将也に顔を向け、怒鳴るように言う。

「童子さん! 『ケレブルム』の連中は姿を消しました! だけど、奴らはまだ園内にいるはずです! すぐに捜索を!」

「わかった。救急車はもうまもなく来る。速水君たちは、ここを頼むで」

 童子は険しい表情でうなずくと、周囲を素早く見渡した。

 『カエルム・アルブス』は噴水広場から5本の歩道が伸びており、それぞれの道中に各種アトラクション、休憩所、フードの屋台等が点在している。

 童子が高校生たちに指示を出そうとした時、正面にある歩道の植樹の影から、5人の人物──“暴殺”集団『ケレブルム』が軽やかに姿を現した。

「やぁ。こんにちは。インクルシオ対策官のみなさん」

「……ケ、『ケレブルム』……ッ!!!!」

 さらりとした黒髪をなびかせたリーダーの前薗律基が、にこりと微笑む。 

 黒のツナギ服を纏った塩田渉が目をみはり、雨瀬眞白、鷹村哲、最上七葉が咄嗟とっさに身構えた。

 前薗はコットンパンツのポケットに両手を入れて、のんびりと言った。

「せっかくだからさ、俺たちと遊ぼうよ。付き合ってくれるでしょう?」

 前薗の台詞を合図に、後方にいたメンバーが一斉に左右に散る。

 『ケレブルム』のメンバー4人は別々の歩道に走り込み、No.2の後舎清士郎が「インクルシオNo.1!!! お前はこっちに来い!!!」と筋骨隆々の腕を上げて誘った。

 その様子を見ていた童子が、低く口を開く。

「奴らは、俺ら5人を分散させるつもりや。……つまり、1対1の状況であれば、確実に殺せると踏んどる」

「……っ!!!」

 高校生たちは顔色を変え、身を固く強張こわばらせた。

「『ケレブルム』は、その辺の反人間組織よりもずっと凶悪な連中や。昨日の木賊とくさ区の商店街の交戦では、お前らは奴らを拘束することができへんかった。せやけど、他の対策官の到着を待っとる余裕はあらへん。これ以上の被害者を出さへん為にも……4人共、やれるな?」

「──はい!!! やれます!!!」

 童子が確認するように訊き、高校生4人が奮い立って大きく返事をする。

 速水が「フン。この俺が強化合宿で鍛えてやったんだ。『ケレブルム』くらい、訳ないさ」と鼻で息を吐き、綱倉が「お前たち! 決して無茶をするな! 危なくなったら退くんだ!」と顔を上げて叫んだ。

「ほな、行くで。……“暴殺”集団『ケレブルム』を、壊滅する」

 そう言うや否や、童子は石畳を蹴って駆け出す。

 高校生たちは「はいっ!!!」と勇ましく声をあげ、四方向に分かれて、敵が待ち受ける歩道の奥へとひた走った。


 東京都不言いわぬ区。

 午後3時半を10分ほど回った時刻、閉園済みの児童養護施設「むささび園」の地下の物置部屋で、反人間組織『キルクルス』のリーダーの乙黒阿鼻は、スマホのニュースサイトをスクロールした。

「ねぇねぇ。あま区の『カエルム・アルブス』で、何か事件が起こったみたいだよ。詳細はわからないけど、『ケレブルム』の目撃情報があるってさ」

「マジで? あいつら、毎日あちこちで好き放題に暴れてんなぁー」

 玩具の消防車にまたがった獅戸安悟が、コンビニエンスストアで購入してきた肉まんを齧って返す。

 乙黒が「でも、すぐにインクルシオが駆け付けちゃうよね」と言うと、獅戸は軽く肩をすくめた。

「前薗は、一筋縄じゃいかねぇ厄介な男だ。インクルシオの連中も、そう簡単には『ケレブルム』を潰せねぇだろう。……ま、とりあえず、事件の続報を待とうぜ」

 そう言って、獅戸は残りの肉まんを口に放り込む。

 乙黒は「うん。そうだね」とうなずいて、横向きに倒した冷蔵庫の上にスマホを置き、熱々の肉まんを美味しそうに頬張った。




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