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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:18
140/231

04・制裁

 午後7時半。東京都不言いわぬ区。

 閉園済みの児童養護施設「むささび園」の地下にある物置部屋で、反人間組織『キルクルス』のリーダーの乙黒阿鼻おとぐろあびは、テーブル代わりの木箱をウキウキと眺めた。

 乙黒の眼前には、マグロ、サーモン、エビ、納豆、ツナ、アボカド等、個別のタッパーに入った様々な具材が並んでいる。

 乙黒は酢飯を敷いた海苔に、厚焼き玉子を一つ置いて、慎重に両手で包んだ。

「……わ! 美味しい! 初めての手巻き寿司、感動だ!」

「乙黒君。厚焼き玉子だけじゃなく、他の具材も一緒に巻くともっと美味しいよ。変わり種としてハンバーグや豚の角煮なんかも用意したから、色々と試してみて」

 ワイシャツの袖をまくった遊ノ木(ゆのき)秀臣ひでおみが、笑顔で勧める。

 この日の手巻き寿司の材料は、全て遊ノ木が自宅で用意し、持参してきたものであった。

「うん、美味しい。やっぱり、サーモンとクリームチーズの組み合わせは最高ね」

 中学校のセーラー服を着た茅入姫己かやいりひめきがほくほくとした笑みを浮かべ、高校のブレザー姿の半井蛍がマグロと納豆の手巻き寿司を黙々と頬張る。

 ネイビーのコットンシャツに黒色のジャケットを羽織った鳴神冬真が、割り箸でカニカマをつまんで言った。

「そう言えば、東雲しののめ区と竜胆りんどう区の殺人事件がニュースで大きく報道されていたね。あれは、どっちも獅戸かな?」

 鳴神が涼しげな双眸を向けて訊き、ドクロ柄のパーカーにダメージジーンズを履いた獅戸安悟しどあんごが顔を上げる。

 獅戸は全種類の具材を入れてパンパンに膨らんだ手巻き寿司を片手に答えた。

「ああ。そうだよ。都内に『ケレブルム』が現れたから、ちょっと触発されてさ」

「触発? なんでだい?」

 遊ノ木が不思議そうに訊ねると、獅戸は口端を上げて軽く笑った。

「いや、『ケレブルム』のリーダーの前薗律基とは、昔つるんでいた仲だからさ」

「……ええ!? そうだったの!?」

 獅戸の返答に、その場にいるメンバー全員が目を丸くする。

 獅戸は大口を開けて手巻き寿司を齧り、もごもごと咀嚼した後で話を続けた。

「ああ。高校ん時にな。前薗とはたまたま同じクラスになって、打ち解けてさ。よく学校帰りに二人でその辺の人間を殺したよ。だけど、卒業と同時に離れた」

「へぇ。せっかく仲良くなったのに、どうして?」

 乙黒が質問し、茅入が「きっと、アレよ。前薗って人は人間だけじゃなくて、グラウカも殺すからでしょう?」と横から口を挟む。

 獅戸は「んー。それもあるけど」と返し、新しい海苔を手に取って言った。

「……前薗は、みんなが想像する以上に血も涙もない奴だからだよ」


 同刻。東京都空五倍子うつぶし区。

 “暴殺”集団『ケレブルム』のメンバー6人は、繁華街のテナントビルの3階にあるガールズバーで、それぞれアルコールを飲んでいた。

 唯一の未成年である小瀬木信は、ストローでオレンジジュースを啜る。

 カウンターのスツールに腰掛けた6人の足元には、顔面の皮を剥がされ、美容パックのように“顔”を元の位置に戻されたバニースーツ姿の女性従業員4人と、首をじ切られたバーテンダーの男性一人が、事切れて仰向けで倒れていた。

 この店の開店時間は午後8時の為、店内に他の客の姿はない。

 『ケレブルム』のリーダーの前薗律基が、ワイングラスを優雅に揺らして言った。

「信。新しい学校はどう? 楽しい?」

「いや。全然ですよ。俺が入ったのはB組ですけど、A組にもC組にもインクルシオ対策官がいて、マジで不快です」

 小瀬木が顔をしかめて返し、隣に座る宇頂伸之が「はは。両隣にいるのか。そりゃ最悪だ」と笑う。

 梶側勇が「俺、もっと飲みたい……」とのそりと立ち上がり、床に転がる遺体をまたいで、店の冷蔵庫から瓶ビールを取り出した。

 No.2の後舎清士郎が、筋肉の隆起するたくましい腕でロックグラスを傾ける。

「……こないだ、あま区の遊園地で童子将也を見てから、妙に神経がたかぶって落ち着かない。インクルシオNo.1の特別対策官の“肉”を、是非ともこの手で引き裂きたい」

 後舎が熱のこもった吐息を漏らし、宇頂が「うんうん。あいつ、そそるよな」と首を上下に振って同意した。

「うーん。さすがに、インクルシオNo.1はなぁ……。俺は遠慮したいな」

 幹田翔一が小皿に盛ったミックスナッツを口に放り込んで言う。

 すると、前薗がさらりとした黒髪を揺らしてスツールを降りた。

 そのまま無言でコツコツと歩き出し、店のドア側にいる幹田が「……前薗? もう帰るのか?」と訊く。

 前薗は幹田の背後に来ると、ぴたりと足を止めた。

「残念だなぁ。そういう弱気な発言をする奴は、うちには要らないんだよね」

 そう言って、前薗はゆっくりと右手を持ち上げる。

 その手には、1本のステンレス製のマドラーが握られていた。


 午後8時半。

 インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の5人は、黒のツナギ服を纏って武器を装備した姿で、あちこちに血が飛び散った空間に立っていた。

 数分前、空五倍子うつぶし区にあるガールズバーで、「人が殺されている」と常連客から通報があり、南班の対策官が現場に急行した。

 近くを巡回していた「童子班」の5人がいち早く店に足を踏み入れると、従業員と見られる5人の遺体と、うつ伏せになったもう一人の遺体があった。

 少し遅れて他の対策官たちが到着し、ベテラン対策官の薮内士郎やぶうちしろうが5人の側に歩み寄る。

「……酷い殺し方だな。これは、例の“暴殺”集団の仕業か?」

 薮内は仰向けで床に横たわる遺体を見て、思わず顔をしかめた。

 両腿に2本のサバイバルナイフを装備した特別対策官の童子将也が、険しい眼差しでうなずく。

「ええ。まず間違いなく、『ケレブルム』の犯行やと思います。この遺体の存在が、それを裏付けとると言えます」

 童子は床に片膝をつき、うつ伏せで顔が横に向いた遺体──『ケレブルム』のメンバーの一人である幹田を覗き込む。

 絶命した幹田の頭上には、店のマドラーが転がっていた。

 童子と薮内の後ろにいた塩田渉が、恐る恐る訊ねる。

「……童子さん。それは、どうしてですか? 幹田を殺したのは、別の誰かかもしれないですよね……?」

 血の匂いが鼻を突く店内で、鷹村哲、雨瀬眞白、最上七葉が童子に注目した。

「幹田の遺体は、左の眼球が潰れて穴が空いとる。“犯人”はおそらく、そのマドラーを目に突っ込んで、脳下垂体を破壊したんやろう。……思い切り掻き回してな」

「……っ!!!」

 童子の回答に、高校生4人が揃って顔面蒼白になる。

 塩田が「ウオェェ……!」と込み上げる吐き気に口元を押さえ、薮内が「大丈夫か?」と振り向いた。

「こういう殺し方は、普通の奴は出来へん。筋金入りのサディストやないとな」

 童子が幹田の亡骸を見下ろして言い、雨瀬が血の気の引いた唇を開いた。

「……童子さん。何故、幹田は仲間に殺されたんでしょうか?」

「この状況で一番に考えられるんは、制裁やな。幹田は何かしらの理由で、リーダーの前薗を怒らせたんやろう。……これではっきりとわかるんは、『ケレブルム』は仲間でも容赦なく“暴殺”する連中ということや」

 童子の言葉を聞き、高校生たちはますます背筋を震わせた。

「……さぁ。俺らも動くで。塩田は、ひとまず外の空気を吸うてこい」

 童子は周囲を忙しく行き来する対策官たちを見やり、床から立ち上がる。

 高校生の新人対策官4人は、青ざめた顔のまま、「はい!」と大きく返事をした。




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