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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:18
138/231

02・転入生と休暇

 東京都木賊とくさ区。

 快晴の空にチャイムが響き渡る中、インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の高校生4人は、木賊とくさ第一高校の午後の授業にのぞんだ。

 この日の5限目は2クラス合同の体育で、1年A組と1年B組の生徒が体操着に着替えて体育館に集まる。

 しかし、授業を担当する体育教師が風邪で欠勤した為、生徒たちは前もって自習を告げられていた。

 男子生徒はバスケット、女子生徒はバレーボールの準備を行い、軽いストレッチの後、それぞれシュートやトスの練習をする。

「つーかさー。体育の自習なんて、マジメにやるのは最初の5分だけだよな。すでにみんなボールで遊んでるか、床に座って喋ってるじゃん」

「まぁ、仕方がないよ。昼メシを食ったばかりで、体も重いし」

 塩田渉がバスケットボールを腹部に抱えて言い、鷹村哲が苦笑して返した。

 雨瀬眞白が「先生がいないと、つい眠くなる……」と目をしばたかせる。

 すると、バレーボールを小脇に挟んだ最上七葉が、「やっぱり、自習だと身が入らないわね」と言って3人の側にやってきた。

「あ。そうそう。さっきB組の子に聞いたんだけど、今日転入生が入ったそうよ」

「え? マジで? どの子? 可愛い?」

 最上の情報に、塩田が体操着姿の女子生徒たちをきょろきょろと見回す。 

「残念。女子じゃないわよ。男子生徒で……ほら、あそこにいる人」

 そう言って、最上が目を向け、塩田、鷹村、雨瀬が同じ方向を見やった。

 体育館の片隅に、板張りの壁にもたれた一人の男子生徒がいる。

 やや小柄な体躯の生徒は、うつむき加減でじっと佇んでいた。

「あれ。ぼっちじゃん。転入初日だから、まだ他のクラスメイトと打ち解けていないのかな。……やぁ! こんにちは! 君、転入生なんだって?」

 塩田は言うや否や、明るい笑顔を浮かべて男子生徒に歩み寄る。

 「童子班」の高校生4人の隣のクラスに転入した生徒──“暴殺”集団『ケレブルム』のメンバーである小瀬木信は、ぴくりと肩を揺らして顔を上げた。

「俺、A組の塩田っていいます! よろしく! こう見えても、“インクルシオ期待の星”と呼ばれる新人対策官なんだ! だから、悪い奴らに絡まれたらいつでも言って! 俺の超強い先輩に頼んでやっつけてもらうから!」

 塩田が元気よく自己紹介し、後をついてきた鷹村が「そのセリフ、前にも聞いたぞ」とツッコんだ。

 小瀬木の細く小さな目が、眼前に立った二人を凝視する。

「……ああ……。どうも……」

 濡れた黒目がぎらりと不気味に光り、塩田と鷹村は無意識に恐怖を感じた。

「……じゃ、じゃあ、またな! 何かわからないことがあったら、遠慮なく訊いてな!」

 塩田は右手を上げ、くるりと体を反転して、鷹村と共に小瀬木から離れる。

 雨瀬と最上のいる場所まで足早に戻ると、塩田はぐいと首を伸ばして言った。

「いやぁー。今さー、B組の転入生に挨拶したんだけどさー。まだ、かなり緊張してるみたいだったよ。やっぱ、最初はそういうもんかな?」

「………………」

 塩田が話しかけた相手──約4ヶ月前にA組に転入してきた半井蛍なからいけいは、「童子班」の高校生たちの近くで、片膝を立てて床に座っている。

 半井は塩田の言葉を無視して、立てた膝に顔を伏せた。

 塩田は半井の態度を気にすることなく、「さーて、少しはドリブルの練習でもするかー」とバスケットボールを持ち直す。

 やがて、体育館にシューズのれる音が鳴り、半井は伏せていた顔をそっと上げて、小瀬木を盗み見た。


 午後3時。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の幹部である5人のチーフは、到着したエレベーターの扉が開き切る前に、ばたばたと慌ただしく飛び乗った。

 北班チーフの芥澤丈一が、7階のボタンを強く叩いて言う。

「クソっ。『ケレブルム』の次は、『キルクルス』かよ。殺人事件が起こった現場は、東雲しののめ区と竜胆りんどう区か?」

「ああ。東雲しののめの方は、改装中のビルで工事関係者と見られる8人の遺体が発見された。現場の窓ガラスには、サインペンで『キルクルス』と書かれていたそうだ」

 東班チーフの望月剛志が管轄内で発生した事件の概要を早口に話し、西班チーフの路木怜司が平坦な声音で続いた。

竜胆りんどう区は、イタリアンレストランの裏口から3人の遺体が見つかりました。遺体の側にあったポリバケツに、同じくサインペンで『キルクルス』と」

 中央班チーフの津之江学が眉根を寄せ、南班チーフの大貫武士が険しい表情で頭上の階数表示板を見上げる。

 まもなくエレベーターは7階に到着し、黒のジャンパーを着たチーフたちが降りると、長い通路の先に本部長の那智明の姿が見えた。

 那智は小走りでやってくる5人に気付き、端正な容貌をゆがめて言う。

「……厄介な事件に続いて、更に厄介な事件が起こったな。急いで緊急会議を開く。入ってくれ」

 厚みのある会議室の扉を那智が開け、チーフ5人は無言でうなずいて入室した。


 午後7時半。

 インクルシオ東京本部の隣に建つインクルシオ寮の食堂で、黒のツナギ服を纏った「童子班」の5人は、夕食を取っていた。

 対策官たちに人気のインクルシオ特製牛丼をかき込んで、鷹村が言う。

「……いつもはもっと混んでいるのに、さすがに人が少ないな」

「そりゃそうだよ。東班と西班の対策官は、『キルクルス』の事件の現場に出払っているからな」

 塩田が大盛りの牛丼を頬張って返し、最上が七味唐辛子の小瓶を持って言った。

「“暴殺”集団『ケレブルム』に、反人間組織『キルクルス』……。別々の組織の事件が、立て続けに東京で起こってしまったわね」

「うん。都内に住む一般の人々は、ニュースを見て戦々恐々としていると思う。人間も、グラウカも……」

 雨瀬が紅生姜をつまんだ箸を止めて呟き、特別対策官の童子将也が空になったどんぶりをテーブルに置いた。

「『ケレブルム』の事件は立川支部の管轄内で起こったが、十中八九、23区にも現れるはずや。『キルクルス』と共に、一刻も早う見つけ出して壊滅せなあかん。俺らも、担当エリアの巡回をしっかりとやっていくで」

「はい!!!」

 童子の指示に、高校生の新人対策官たちが大きく返事をする。 

 ほどなくして食事休憩を終えた「童子班」の5人は、食器の乗ったトレーを返却し、揃って食堂を出た。

 黒のジープが並ぶ駐車場に向かう途中で、塩田がふと小声で言った。

「……そういや、昼間の転入生さ。ちょっと怖かったな」

「……ああ。確かにな」

 塩田の隣を歩いていた鷹村が反応する。

 塩田は月の隠れた夜空に目をやり、バツが悪そうな顔で告白した。

「俺、自分から声をかけておいて何だけどさ、あいつとは仲良くなれそうにないな。なんかさ、上手く言えないけど、ああいう目をした奴とは……」

 鷹村は鈍色にびいろの地面に視線を落として、「わかるよ。俺もだ」と同意する。

 二人は短い沈黙の後、遅くなっていた足の速度を上げて、前を行く3人の背中を追いかけた。


 翌日。東京駅。

 午前の爽やかな陽光が降り注ぐプラットホームに、新幹線が入線した。

 車両のドアが滑らかに開き、二人の人物が降り立つ。

 茶色がかった髪を手で撫で付けた人物──インクルシオ名古屋支部に所属する特別対策官の速水至恩はやみしおんが、上機嫌な声をあげた。

「あー! 楽しい休暇だー! 4日間、東京で遊ぶぞー!」

「至恩。せっかくだから、後で東京本部に挨拶に寄ろう」

 同じく名古屋支部の綱倉佑士つなくらゆうしが、旅行鞄を肩に掛けて言う。

 速水は「ええ〜」と不満げに口角を下げたが、すぐに「ま、別にいいですけど」と気を取り直し、改札口に向かって意気揚々と足を踏み出した。




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