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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:18
137/231

01・“暴殺”と遊園地

 午前3時。東京都内。

 きらびやかなネオンの光る繁華街から少し離れた公園で、スーツに身を包んだサラリーマン風の男性が恐怖に戦慄わなないた。

 男性の足元には、居酒屋やバーを共にはしごした同僚の3人が、今にも叫び出しそうな凄まじい形相で絶命している。

 3人の内訳は男性一人、女性2人で、全員がその四肢を無残にもぎ取られていた。

 楽しい酒宴の帰りに遭遇した悪夢のような出来事に、残った男性の足が震える。

「……お、俺はグラウカだ! こ、こっちの女性だって、必死にグラウカだって言ってたじゃないか! な、なのに、どうしてこんな……!」

 男性はがちがちと歯を鳴らして、眼前に立つ6人の影をとがめた。

 さらりとした黒髪の青年が、街灯の明かりを背にしてのんびりと言う。

「んー? だからさ、その女性は最初に頭を潰したじゃない。何か変?」

「そ、そういうことじゃなくて……! あ、あんたらは、おそらく、反人間組織なんだろう!? だ、だったら、人間はともかく、グラウカまで殺すのはおかしいじゃないか……! 同族なんだから、見逃してくれたって……!」

 男性が涙目で疑問をぶつけると、6人は途端に肩を揺らして笑った。

 黒髪の青年がぽりぽりと首筋を掻いて返す。

「あー。反人間組織なら、そういうお情けはあるかもね。だけど、俺たちは反人間組織とは違うよ。思想とか主義に縛られて、人間だけしか殺せないのはおトクじゃないからね。だから、たとえ君がグラウカであっても、“暴殺”することに全く問題はないよ」

 そう言って、青年はゆっくりと手を伸ばした。

 スーツ姿の男性は、絶望の色に染まった眼差しで、自身の頭部に五指がかかるのを見やった。




 11月下旬。東京都月白げっぱく区。

 『厚生省特殊外郭機関インクルシオ』東京本部の最上階にある会議室で、緊急の幹部会議が開かれた。

 楕円形の会議テーブルには、インクルシオ総長の阿諏訪征一郎あすわせいいちろう、本部長の那智明なちあきらを始め、東班チーフの望月剛志もちづきつよし、北班チーフの芥澤丈一あくたざわじょういち、南班チーフの大貫武士おおぬきたけし、西班チーフの路木怜司ろきれいじ、中央班チーフの津之江学つのえまなぶが着席している。

 10日前に反人間組織『ニル』の襲撃拉致事件に巻き込まれたチーフたちは、望月、芥澤、津之江、路木の4人が事件解決の翌日から職務復帰しており、腹部に刺創を負った大貫は一週間の入院治療を経てインクルシオに戻ってきた。

 チャコールグレーのスーツを着た那智が、資料を手にして口を開く。

「こうしてチーフ全員が顔を揃えて喜んでいたのも束の間、ここ数日、都内で厄介な殺人事件が相次いでいる。昨夜の公園で起こった、男女4人が殺された事件の捜査をしている立川支部の報告によると、現場周辺の防犯カメラの映像に、あの“暴殺”集団『ケレブルム』が映っていたそうだ」

 那智の言葉に、望月が手で顎をさすってうなった。

「うーん。『ケレブルム』かぁ。これは、本当に厄介だな」

「そうですね。『ケレブルム』は反人間組織ではありませんが、人間もグラウカも見境なく殺す“暴殺”集団です。メンバー6人がグラウカで、全員がサディスティックな殺し方を好むという……」

 津之江が資料をめくり、バラバラになった四肢が映る凄惨な現場写真に顔をしかめた。

 紙コップに入ったホットコーヒーを一口啜って、芥澤が言う。

「こいつらは全国各地で事件を起こしていたが、とうとう東京に現れたか。頭のイカれたクソサド共が、調子に乗りやがって」

「……確か、メンバー6人のうち、5人は顔や名前が判明しているが、一人は犯行時に目出し帽を被っていて素性が不明だったよな。防犯カメラに映った背格好からすると、かなり若そうに見えるが……」

 大貫が資料に目を落として呟き、路木が「ええ。まだ10代半ばくらいの印象を受けますね」と指に挟んだボールペンを回してうなずいた。

 阿諏訪が両手の指を組み、目の前のチーフ5人を見回して言った。

「諸君が死地から復帰して早々、人間とグラウカを無差別に狙うむごたらしい殺人事件が世間を震撼させている。『ケレブルム』は、そこいらの反人間組織よりもずっと残虐で凶悪な集団だ。立川支部の捜査状況を注視しつつ、東京本部の各班も、管轄内の巡回体制を十二分に強化してくれ」

 阿諏訪の重厚な声音の指示に、黒のジャンパーを羽織ったチーフたちは首肯し、会議テーブルから立ち上がった。


 翌日。東京都あま区。

 インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の5人は、晴天の空が広がる非番の日曜日、遊園地『カエルム・アルブス』に遊びに来ていた。

 『カエルム・アルブス』は1900年に創業した老舗の遊園地であり、家族連れやカップルで賑わう園内には、新旧様々なアトラクションが所狭しと立ち並ぶ。

 私服姿の「童子班」の面々は朝一番に入園して、ジェットコースター、メリーゴーランド、ゴーカート、お化け屋敷、観覧車等を堪能し、日が傾きかけた午後4時に屋外のフードコートで一息ついた。

「あー! よく遊んだー! 何歳になっても、やっぱり遊園地はサイコーだ!」

「だからって、ジェットコースターに10回連続で乗るかぁ? 塩田に付き合ってたら、平衡感覚がおかしくなるよ」

 塩田渉しおたわたるがコーラを飲んで満面の笑みを浮かべ、鷹村哲たかむらてつが脱力した上体をウッドテーブルに投げ出す。

「マスコットキャラのカエルムちゃんグッズ、色々と買っちゃったわ。トートバッグ、ポーチ、マグカップ、ぬいぐるみ……。どれも可愛くて満足だわ」

「僕、遊園地は初めて来たけど……。すごく楽しくて、すごく疲労困憊だ……」

 最上七葉もがみななはがスーベニアショップで購入した商品を広げ、雨瀬眞白あませましろがメロンソーダを前に小さく息を吐いた。

 高校生4人の指導担当につく特別対策官の童子将也どうじしょうやが、カラフルなストローでミックスジュースを一口飲んで言う。

「せやけど、お前らが遊園地に遊びに行きたいて言うてきた時は、少し驚いたで。非番の日はストイックに鍛錬に励むことが多いから、珍しいなて」

 童子が何気なく漏らした言葉に、高校生たちはぴくりと反応した。

 鷹村が上体を起こし、園内のあちこちに溢れる明るい歓声を聞きながら返す。

「……鍛錬も大事だけど、“思い出”を作りたいと思って……今のうちに……」

「……!」

 童子がハッと目を見開くと、高校生の新人対策官たちは、心に湧き上がった寂しさを振り払うように大きく伸びをした。

「さーてと! たっぷり楽しんだし、そろそろ帰りますかー!」

 パーカーにカーゴパンツ姿の塩田が声をあげ、他の3人がうなずく。

 童子は短い沈黙の後に、「……トイレに行ってくるから、ちょっと待っとってや」と告げて椅子を引いた。

 高校生たちは「はーい!」と元気よく返事をし、虎の刺繍が入ったスカジャンを着た童子の背中を見送る。

 すると、4人が座るウッドテーブルが、ガタンと音を立てて揺れた。

「……おっとと。腰がぶつかってしまった。すみません」

 高校生たちが顔を向けると、白いマスクを付けた黒髪の青年が謝る。

 青年の後方には、同じくマスクで顔半分を覆った5人の男が立っていた。

「いいえ。大丈夫ですよ」

 鷹村が笑顔で返し、青年は再度「すみません」と頭を下げて立ち去った。

 ほどなくして童子がフードコートに戻り、高校生たちに『カエルム・アルブス』のロゴが入った4つのキーホルダーを差し出した。

「え? これ、俺らがもらっちゃっていいんですか?」

「ああ。今日の“思い出”の品や。俺の分も買うたから、みんなでお揃いやな」

 塩田が目を丸くして訊き、童子が穏やかに微笑んで答える。

 高校生たちは「あ、ありがとうございます……!」と感激して礼を言い、「童子班」の5人は、淡いオレンジ色の夕日が照らす中を並んで帰路についた。


 その後ろ姿を、マスクを付けた6人の男──“暴殺”集団『ケレブルム』のメンバーが密やかに見やる。

 さらりとした黒髪をなびかせた23歳のリーダーの前薗律基まえぞのりつき、No.2である後舎清士郎ごしゃせいしろう宇頂伸之うちょうのぶゆき梶側勇かじがわいさむ幹田翔一みきたしょういち小瀬木信こせぎしんが不敵にほくそ笑んだ。

「明日から、あのインクルシオ対策官の連中と同じ学校か。全員スキだらけのマヌケ面揃いで、すごく弱そうだな」

 メンバーの中で最年少の小瀬木が、鼻で息を吐いて言う。

「……ふふ。東京は、少しは楽しめそうだね」

 前薗はコットンパンツのポケットに両手を入れ、遊園地の華やかな喧騒の中に、悠然ときびすを返した。




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