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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:17
136/239

12・大団円と罰

 長野県下高井郡おもい村。

 午前3時半を回った時刻、深い山間やまあいにぽつりと建つ木材加工会社の敷地内に、大きな歓声があがった。

 反人間組織『ニル』に拉致されていたインクルシオ東京本部のチーフ5人が玄関先に姿を見せ、黒のツナギ服を纏った特別作戦チームの対策官たちが湧き上がる。

 救急車の救急隊員によりストレッチャーに乗せられた南班チーフの大貫武士の下に、同班に所属する「童子班」の高校生4人が駆け寄った。

「お、大貫チーフ……っ!!!」

 高校生たちは顔をゆがめて声を詰まらせ、大貫が穏やかに微笑む。

「お前たち、今回はよくやってくれた。俺は大丈夫だから、心配するな」

「よ、よかった……! い、一時は、マジでどうなることかと……!」

 腰にブレードとサバイバルナイフを装備した塩田渉が地面にへたり込み、鷹村哲、雨瀬眞白、最上七葉が安堵の息を吐いた。

 大貫は高校生4人の後ろに佇む特別対策官の童子将也に視線を向ける。

「童子も、本当にありがとうな。今回の件では、心労をかけてすまなかった」

「ええ。ほんまです。生きた心地がせぇへんほどに気を揉むんは、こいつらのことだけで十分です」

 童子の実感のこもった言葉に、大貫は「そうか」とはにかむように笑った。 

 すると、北班チーフの芥澤丈一が「おーい、チーフのみんな。こっちに来てくれ」と片手を上げ、大貫が横たわるストレッチャーの側に歩み寄った。

 芥澤は「すみません。すぐに済ませますので」と救急隊員に頭を下げ、集まってきた東班チーフの望月剛志、中央班チーフの津之江学、西班チーフの路木怜司、大貫の前に、スピーカー状態にしたスマホを差し出す。

 受話口の向こうから、東京本部の本部長である那智明が開口一番に言った。

『お前たち、よく無事に戻ってきてくれた。話したいことは山ほどあるが、大貫の怪我もある。まずはこれだけ言わせてくれ。今回の事件が解決したのは、立川支部の曽我部のおかげだ』

 那智の言葉を聞いた望月が「え? そうなの?」と目を丸くし、芥澤が「俺もさっき聞いて驚いた」と口端を上げて返す。

 那智は真摯な声で話を続けた。

『少々無茶な手を使ったが、『クストス』から無田大河を釈放したのも、特別作戦チームを組んで作戦指揮をったのも、全て曽我部だ。彼の尽力がなければ、おそらくこの結果はなかった』

「──………………」

 冴え冴えとした夜空の下に立ったチーフたちが、しんと黙る。

 大貫が仰向けの姿勢で静かに言った。

「……曽我部。そこにいるんだろう? 俺たちの為に動いてくれて、ありがとう」

「“少々無茶な手”ってのが気になるが……。まぁ、なんだ。ありがとうな」

 芥澤が頭を掻いて礼を言い、望月、津之江、路木が「ありがとう」「ありがとうございます」と続く。

 一拍の間を置いて、インクルシオ立川支部の支部長の曽我部保が口を開いた。

『……俺は、『ニル』を壊滅する為に動いただけだ。礼を言われる筋合いはない』

「またまた。クソ照れちゃって」

『うるせぇっ! そんなことはいいから、早く大貫を病院に行かせろ!』

 芥澤がからかうと、曽我部は怒鳴ってぶつりと通話を切った。

 芥澤は暗くなったスマホの画面を見つめて、「……一度は諦めかけた命に、“この先”ができた。本当に感謝するぜ。曽我部」と小さく呟き、チーフ全員がうなずいた。

「車が出ます! みなさん、下がって下さい!」

 そして、大貫を乗せた救急車はまもなく走り出し、『ニル』による襲撃拉致事件は大団円を迎えた。


「……どこか痛いところはありませんか? 気分は悪くないですか?」

 西班に所属する特別対策官の真伏隼人は、黒のジープの運転席から隣のシートを気遣わしげに見やった。

 大貫が地元の病院に搬送された後、チーフ4人は現場に到着した大型バンに乗り込み、東京への帰路につこうとした。

 その際に、真伏が路木に「ジープで送らせて下さい」と強く申し出て、路木は短い逡巡の後に「わかった」と平坦な声音で了承した。

 ネクタイを外したワイシャツ姿で助手席に座った路木が、前を見たままで返す。

「大丈夫だ。別に、体は何ともない」

「でも……」

「『ニル』の拠点の監禁部屋は、案外快適だった。簡単なものだったが朝昼晩の食事は運ばれてきたし、構成員の監視付きだったがトイレにも行けた。不自由な点と言えば、室内のえた匂いと、眠る時に床が硬かったことくらいだ」

 真っ暗な道路を見ながら、路木は淡々とした口調で話した。

 真伏は「そうですか……」と言って、慎重にハンドルを操作する。

「ですが、東京に戻ったら、すぐに病院でメディカルチェックを受けて下さい。もしかしたら、ご自身では気付かない不調があるかもしれません。それと、少なくとも、2、3日はご自宅のマンションで安静にして下さい。必要であれば、食事等は全て俺が用意しますので」

 真伏の甲斐甲斐しい進言に、路木は何も答えずにしばらく沈黙した。

 やがて、やや掠れた声で「……真伏」と呼びかけた。

「いくら血の繋がった親子であっても、俺は自分が理解できないものは他者に与えられない。だから、期待も渇望もしないでくれ」

「……!」

 路木の言葉に込められた意味を察し、真伏はハッと目を見開く。

 路木は怜悧な横顔で、「少し眠る」と告げて双眸を閉じた。

「……はい。お休みなさい」

 黒のジープは山中の曲がりくねった道路をひた走る。

 真伏はまっすぐに前を見据えて、まだ明けぬ濃い闇にアクセルを踏み込んだ。


 東京都乙女おとめ区。

 午後3時を少し回った時刻、高い塀に四方を囲まれたグラウカ収監施設『クストス』は、収監者たちの自由時間を迎えた。

 反人間組織『コルニクス』の元構成員である吉窪由人は、オレンジ色の舎房衣姿で、青色の制服を着た刑務官が立つ通路を歩く。

 吉窪の隣には『コルニクス』の元リーダーである烏野瑛士が並んでおり、二人は図書室に向かっていた。

「……あれは……」

 不意に烏野が声を出して立ち止まった。

 吉窪が視線を上げると、眼前に『ニル』のリーダーの無田大河の姿が見えた。

 無田は酷く青白い容貌で、通路の向こうから肩を落として歩いてくる。

「無田。かなり憔悴しているように見えるが、大丈夫か?」

「……烏野」

「今朝のニュースで見たが、長野に潜伏していた『ニル』の残党がインクルシオに壊滅されたそうだな。生き残ったのはNo.2のみだとか。残念だったな」

 烏野がかけた言葉に、無田は「……ああ」と力なく返して、その場を歩き去った。

「さすがに、相当落ち込んでいるな」

「そうですね」

 烏野と吉窪は無田の背中を見送り、再び前を向いて歩き出す。

 その時、二人の背後から「ぐああああぁぁぁっ!!!!!」と耳をつんざく悲鳴が上がった。

 烏野と吉窪が咄嗟とっさに振り返ると、床に倒れた無田の体に別の収監者が覆い被さっており、その眉間には食堂で使われるナイフが突き立っていた。

「──っ!!!」

 驚愕に目をみはった二人の間を、複数の刑務官が「おい! 何をしているんだ!」と血相を変えて走り抜ける。

 無田を襲った収監者はまたたく間に取り押さえられ、両手に拘束具をめられて刑務官に連行された。

 しかし、烏野と吉窪の横を通り過ぎた収監者は不気味な笑みを浮かべ、二人はぞくりとした悪寒を感じて、すでに事切れた無田を見下ろした。

「……刑期を短縮してやるからとそそのかせば、言うことを聞く収監者はいくらでもいる。実際にはそんなことは出来はしないから、下手人にはいずれ口封じも兼ねて“病死”してもらうがね。これは、要らぬ騒動を起こした“罰”だ。無田大河に引き続き、辰己顕も後日同じ目に遭ってもらうよ」

 『クストス』の所長である益川誠が、所長室の窓際に立って独りごちる。

 益川は銀色のフレームの眼鏡をかけ直し、まぶしい光が差し込む窓にくるりと背を向けた。




<STORY:17 END>

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