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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:17
135/239

11・土下座と救出

 午前2時半。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の7階にある多目的室の扉には、“反人間組織『ニル』襲撃拉致事件・特別作戦本部”と書かれた紙が貼られていた。

 インクルシオ立川支部の支部長である曽我部保が、スマホを長机に置いて言う。

「那智本部長。童子からの報告で、『ニル』の拠点が判明しました。また、『ニル』の構成員をおびき出す為に使った無田大河の身柄は、真伏たちが無事に確保したとのことです」

 曽我部の報告に、東京本部の本部長の那智明が大きくため息を吐いた。

「そうか……。よかった……。この数時間、もし作戦が失敗して無田を逃がしでもしたらと思うと、胃がきりきりと痛んだよ……」

 那智はノートパソコンの脇に置いた胃薬にちらりと目をやって、腹部をさする。

 曽我部はホットコーヒーの入った紙コップを持ち上げて笑った。

「はは。何を心配することがありますか。インクルシオが誇る最高戦力の特別対策官5人を始め、優秀な対策官たちを集めて特別作戦チームを組んでいるんです。彼らの実力と、何よりもチーフ5人を想う気持ちが、この作戦を失敗させませんよ」

 そう言って、曽我部は優雅にコーヒーを啜る。

 那智は清々しい表情を浮かべた曽我部を見やって言った。

「……曽我部。夜が明けたら、『クストス』に行くぞ。益川さんに俺とお前の半年間の減給処分を伝える。それと、二人で揃って土下座だ。それくらいで無理矢理に無田を釈放させた蛮行を許してもらえるかわからないが、誠心誠意謝罪しよう」

「……えっ? そんな、那智本部長に土下座なんてさせられません。今回の件の責任は俺一人にあるんですから、俺のクビでいいですよ」

 コーヒーを手にした曽我部が戸惑うように言うと、那智が怒った顔で返した。

「馬鹿野郎。お前の上司である俺が共に責任を取るのは当たり前だ。それに、お前をクビにしてたまるか。対策官たちの力を信じて、大胆な作戦を立案・遂行できる優秀な指揮官は、インクルシオに必要だ」

「──…………」

 那智の真摯な眼差しに、曽我部は一瞬言葉を失う。

 やがて、ぎこちなく目を伏せ、照れ臭そうに胸元を掻いた。

「……ありがとうございます。いや、聞き慣れない言葉を聞くと、こそばゆくなるものですね。……心が」


 午前3時。長野県下高井郡おもい村。

 高い山林に囲まれた木材加工会社の建物の一室で、インクルシオ東京本部の南班チーフである大貫武士は、重たいまぶたを薄く開いて言った。

「……津之江。汗を拭ってくれて、ありがとう。もう、だいぶ痛みは引いたよ」

「それ、きっと感覚が麻痺しているだけですよ。まだ動いたりしないで下さいね」

 ハンカチを持った中央班チーフの津之江学が返すと、北班チーフの芥澤丈一が錆びた鉄製のドアを見やって訊いた。

「なぁ。時計がねぇから正確な時間はわからねぇが、回答リミットの22時はとっくに過ぎているよな? その割には、クソ共の動きがねぇが……」

「ええ。そうですね。無田釈放の要求が通らなかった場合、僕たちは惨殺されるはずですが、忘れているのでしょうか?」

 西班チーフの路木怜司が平坦な声で言い、東班チーフの望月剛志が「何かあったのかな……」といぶかしげに呟く。

 その時、ドーンという轟音が響き、天井にぶら下がった電球が揺れた。

「……な、何ですか!? 今の音は!?」

 津之江が顔を上げ、大貫、望月、路木が部屋を見回す。

 床に胡座あぐらをかいた芥澤が「おい、もしや……!」と立ち上がると、通路を走る複数の足音が徐々に迫り、監禁部屋のドアが勢いよく開いた。

「──!!!!!」

 そこに現れたのは、インクルシオ東京本部に在籍する特別対策官5人──西班の真伏隼人、中央班の影下一平、東班の芦花詩織、北班の時任直輝、南班の童子将也だった。

 背中に交差した2本、腰に2本のブレードを装備した時任が「芥澤チーフ! みなさん! ご無事ですか!?」と大股で踏み込み、真伏が「と……路木チーフっ!」と叫んで飛び込む。

 影下は津之江、芦花は望月に駆け寄り、童子は大貫のからわらに膝をついた。

「大貫チーフ。救出に来るんが遅なってしもてすみません。すぐに救急車を呼びますんで、あと少しだけ辛抱して下さい」

「……童子。よく来てくれた。だが、俺のことは後回しでいい。お前たちには、優先すべき大事な仕事がある」

 大貫が汗ばんだ顔で返すと、他のチーフ4人がうなずく。

 芥澤がネイビーのTシャツ姿で、にやりと口角を上げて言った。

「まさか、こうしてまたお前らに指示を出すことができるとはな。まったく、クソ最高だぜ。……さぁ、この建物のあちこちから交戦の音が聞こえている。お前らも急いで行け。『ニル』を、完膚なきまでに壊滅しろ」

「──はい!!!!」

 えた匂いの部屋に、大きな返事が響く。

 黒のツナギ服を纏った特別対策官5人は、表情を引き締め、きびすを返して一斉に走り出した。


「……下島! 下島! クソっ! 何故、電話に出やがらねぇ!」

 反人間組織『ニル』のNo.2の辰己顕は、組織の拠点とする木材加工会社の1階の通路で、スマホを床に叩きつけた。

 約一時間ほど前、インクルシオとの人質交換の現場におもむいた部下の下島晴久から、「無田リーダーを取り戻しました」との吉報が入ったが、その後の経過報告が一切途絶えた。

 辰己は建物の中から耳に届く怒号と喧騒に、苛々(いらいら)と頭を掻きむしる。

「おい!! この音はインクルシオの突入だろう!? 奴らと山中で交戦した部下たちはどうした!? 50人はいたのに、誰も応答がねぇ!! 無田リーダーは!? 下島は!? どうなったのか、誰か答えろっ!!!」

 首筋に数字の『0』のタトゥーを入れた辰己が力任せに壁を殴ると、裏口に続く通路に一人の対策官が立った。

「……辰己顕。山中で交戦した構成員も、この建物に残っていたわずかな構成員も、すでに全滅しました。無田大河は身柄を拘束し、『クストス』に連行中です。あとは貴方だけだ。諦めて、大人しく捕まって下さい」

「……お前は……!」

 癖のついた白髪を揺らした対策官──インクルシオ東京本部の南班に所属する雨瀬眞白を見やって、辰己が血走った目を見開く。

「……なるほど。その声はさっき聞いたな。お前が、“グラウカ初の対策官”の雨瀬眞白か。顔を見るのは初めてだが、まだ高校生くらいのガキじゃねぇか。その若さなら、人間のみにくい本性を見抜けなくとも無理はねぇ」

「……先ほどの電話の話でしたら、“悪魔”は人間にもグラウカにもいると言いました。僕からすれば、人々の平和な暮らしを蹂躙じゅうりんしその命を奪う者……貴方たち反人間組織こそが、悪魔そのものです」

「うるせぇ!!! 俺たちグラウカはこの世の支配種だ!!! いわば神だ!!! 神は虫ケラを好きにブチ殺してもいいんだ!!! 神のすることに、いちいち文句をつけるな!!! ……ブフゥゥゥッッ!!!!」

 辰己が大声で反論すると同時に、雨瀬の渾身の蹴りが顔面にヒットした。

 辰己は口から泡を吹いて、バタンと仰向けに倒れる。

 雨瀬はワークブーツを履いた右足を下ろして、低い声音で言った。

「……たとえ神であろうと、尊い命をいたずらに奪う権利はない。……辰己。貴方を確保します」

 拘束具を取り出した雨瀬の背後から、「童子班」の高校生3人が駆けてくる。

 長野県の山奥に潜伏した『ニル』は、No.2の辰己を除く構成員全員が死亡し、漆黒の闇の中で壊滅した。




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