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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:17
134/231

10・作戦開始

 午前2時。長野県下高井郡思村おもいむら

 インクルシオ東京本部の南班に所属するベテラン対策官の薮内士郎と、新人対策官の雨瀬眞白は、深い山間やまあいにぽつりと佇む定食屋に到着した。

 すでに潰れた定食屋は看板に『名物山菜そば・うどん』と書かれており、地面にところどころひびの入った駐車場は、古びた街灯がぼんやりと照らしていた。

 今から4時間前、反人間組織『ニル』の最終コンタクトにのぞんだインクルシオ側は、『クストス』に収監中の無田大河の釈放を伝えた。

 東京本部の本部長である那智明は、拉致されたチーフ5人と無田の身柄の交換を求め、『ニル』のNo.2の辰己顕は二つ返事でこれを了承した。

 辰己は人質交換の場所と時刻を指定し、テレビ電話の状態にしたスマホを切ろうとしたが、「あ」と思いついたように声を発して交換に際する“条件”を加えた。

 黒のジープから降り立ち、しんとした駐車場を見渡した薮内が言う。

「……奴らの潜伏先が、長野の山奥だったとはな。ここら辺は昼間なら爽やかでいい景色だろうが、夜中だと暗闇の底にいるみたいで怖さを感じるな」

 薮内は一つ息を吐き、後ろに立つ雨瀬に目をやった。

「それにしても、『ニル』の辰己は嫌な条件を出してきたな。「交換場所には対策官二人だけで来ること」、「そのうちの一人は雨瀬眞白にすること」とな」

「はい。僕を指名したのは、おそらく“グラウカ初の対策官”だからだと思います。ここに来させて、辰己が何をするつもりなのかはわかりませんが……」

 冷たい夜風に癖のついた白髪を揺らして、雨瀬が返す。

 すると、山中の静寂を破るようなエンジン音がとどろき、シルバーのSUV車とワゴン車が定食屋の駐車場に滑り込んだ。

 薮内と雨瀬が咄嗟とっさに身構えると、SUV車からまぶたにリングピアスを付けた男──『ニル』の武闘派の構成員である下島晴久が降りた。

 続いてSUV車からもう一人、ワゴン車から2人の構成員が姿を現す。 

 下島はひび割れたアスファルトを踏み、街灯の下で対策官2人と相対した。

「……無田リーダーはあのジープの中か。こっちはそこのワゴン車に拉致した5人を乗せている。このまま、互いの車ごと人質交換だ。キーを渡せ」

 そう言って、下島がぬっと手を伸ばし、薮内が同じ動作をする。

 薮内からジープのエンジンキーを受け取った下島は、雨瀬に体を向けてスマホを差し出した。

「お前が雨瀬だな。辰己さんが話したいそうだ。出ろ」

「…………」

 雨瀬は無言でスマホを受け取って、耳にあてる。

 受話口の向こうから、低く掠れた声が聞こえた。

『東京から遠路はるばるようこそ。雨瀬眞白対策官。“グラウカ初の対策官”として、人間に混じって同族をほふる気分はどうだ?』

 辰己が放った言葉に、雨瀬は黙ったまま眉根を寄せる。

『一つ、いいことを教えてやろう。お前がくみしている人間の中には、正義という皮をすっぽりと被った恐ろしい“悪魔”が潜んでいる。人間共を盲信しすぎていると、いつかお前自身が痛い目を見るぞ』

「……それは、人間もグラウカも同じです。“悪魔”はそのどちらにだっている。僕は、世の中の平和と人々の笑顔を守る為に戦うだけです」

『……フン。下らない綺麗事を。まぁ、いい。忠告はしたぞ。あとは好きにしろ』

 辰己は短く鼻息を吐き、スマホの通話をぶつりと切った。

 下島が雨瀬からスマホを取り上げ、構成員3人を従えて黒のジープに乗り込む。

 その時、突然ワゴン車がタイヤを空転させて急発進し、ジープと共に駐車場から猛然と走り出た。

 あっという間に夜陰やいんに消えた2台の車を見送って、薮内は慌てることなくツナギ服の尻ポケットからスマホを取り出す。

「……曽我部支部長ですか? たった今、ジープとワゴン車が発進しました」

 薮内の報告を受け、東京本部で作戦指揮をるインクルシオ立川支部の支部長の曽我部保が、顎を手でさすって言った。

『ハッ。バカ共め。最初から、チーフ5人を素直に返すなんて思っちゃいない。悪いが、こっちも“ルール”を守る気はないぜ。配置についている全員、準備はいいな。──作戦開始だ』


「お前ら、よくやった! ついに、『クストス』から出られたぜ!」

 オレンジ色の舎房衣姿でジープの後部座席に座っていた『ニル』のリーダーの無田大河は、両手にまった拘束具のチェーンを揺らして歓喜した。

 真っ暗な道路を猛スピードで飛ばしながら、ハンドルを操る下島が返す。

「お帰りなさい。無田リーダー。後ろのワゴン車に乗っているのも、『ニル』の仲間たちですぜ。インクルシオの幹部共は、拠点に監禁したままです」

「よーし。それでいい。そいつらはまだまだ使えるからな。拠点に着いたら、まずは辰己と今後のことを話さなきゃな」

 伸ばした髪を一つに結んだ無田が上機嫌でうなずき、下島は「その前に何か食いましょう。夜中のせいか、すげー腹が減りました」と笑った。

 すると、左右にうねった道路の後方から、複数の車のヘッドライトが光った。

「……! インクルシオの連中が追ってきやがったか!」

 無田が焦ったように振り返ると、下島がバックミラーを見やって言う。

「安心して下さい。辰己さんは、こうなることを読んでいました。俺らの逃走を助ける為に、ワゴン車の仲間が奴らの相手をします。それだけじゃありません。この先には……」

 下島は視線を前に戻して、ジープのクラクションを大きく鳴らした。 

 それを合図に、道路の脇の山道から、車が次々と列を成して出てくる。

「うちのほとんどの構成員……50人近くを山中に待機させていました。インクルシオの連中は、これ以上は追ってこられません」

 下島がにやりと口角を上げ、無田が「さすが、辰己だ!」と高らかに叫んだ。

 その直後、黒暗こくあんの山中に急ブレーキの音が鳴り響き、双方の車両のドアから飛び出したインクルシオ対策官と『ニル』の構成員がぶつかり合った。

「みんな、頑張れよ! 一番多く対策官を殺した奴は、幹部に昇進させてやる!」

 無田がウィンドウを開けて大声をあげ、車内の構成員3人が「おー! いいですね!」「俺も参戦しようかな!」と盛り上がる。

 下島が「お前ら、いつでも降ろしてやるぞ」と笑った──次の瞬間。

 突如として前方から現れた一台のジープが、急ハンドルを切って黒の車体の横腹に突っ込んだ。

「うわぁぁっ!!!!!」

「ぐあっ!!!!」

 したたかに衝突されたジープは、勢いよく横転して路肩に停止する。

「な、何だ……!? 何が起こったんだ!?」

 無田がひしゃげたドアを蹴って外に転がり出ると、タイヤ痕の残るアスファルトの上に、インクルシオ東京本部に在籍する特別対策官5人が立った。

「時任〜。思い切り、ぶつかりすぎぃ〜」

「いやぁ。すみません。つい、派手にやっちゃいました」

 中央班の影下一平が首筋を撫でて言い、北班の時任直輝が頭を掻く。

 無田と共にジープの後部座席に乗っていた構成員3人は、いつの間にか眉間から血を流して地面に倒れており、西班の真伏隼人と東班の芦花詩織が黒の刀身のブレードを鞘に収めた。

「お、お前ら……っ!」

 両手に拘束具をめた無田を、真伏が冷たい眼差しで見下ろす。

「無田大河。お前は『クストス』に逆戻りだ。一生、檻の中で過ごすがいい」

「……!!!!」

 真伏が告げた言葉に、無田はわなわなと唇を震わせ、やがてがくりと項垂うなだれた。


「おい……! 俺に近付いたら、殺すぞ……!」

 山の斜面に滑り下りた下島は、歯を剥いて目の前の人物を威嚇した。

 両腿に2本のサバイバルナイフを装備した南班の童子将也が、木々をかき分けて迫る。

「クソっ……! いいぜ! そんなに死にてぇのなら、やってやる!」

 自他共に認める『ニル』の武闘派である下島は、腰を落として拳を構えた。

 しかし、不意に両手の手首から先が消え、ぼたぼたと足元に落ちた。

「……え?」

 手首から吹き出した鮮血と白い蒸気を見て、下島が小さく声を漏らす。

 童子は血の付いた黒の刃を振り、下島の鼻先にまっすぐに突き付けた。

「どないな手を使つこてでも、お前から『ニル』の拠点の場所を聞き出す。地獄の苦しみを味わいたなかったら、今すぐ吐けや」

 童子の双眸が射抜くように鋭く光る。

 下島はファイティングポーズをとったまま、恐怖に失禁した。




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