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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:17
130/231

06・恐れていた代償

 午前9時。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の1階の大ホールで、臨時の全体会議が開かれた。

 広々としたホールには東京本部に在籍する約200名の対策官が招集され、本部長の那智明が壇上の演台に立つ。

 南班に所属する「童子班」の高校生4人と、東班に所属する藤丸遼ふじまるりょう湯本広大ゆもとこうだいの二人は、木賊とくさ第一高校の授業を休んで緊張感に包まれた場にのぞんでいた。

 ダークグレーのスーツに同系色のネクタイを締めた那智が、黒のツナギ服を纏った対策官たちを見渡して言った。

「……反人間組織『ニル』によるチーフ5人の拉致事件で、我々はこれまでにない困難な局面を迎えている。まずは実務面での連絡事項を伝えるが、『ニル』の捜査は各班の特別対策官が全面的な指揮をる。その他のスケジュール管理、人員調整、各種事務処理、情報統括等については全て俺が行う。当面はこの体制でいくことを、各自承知してくれ」

 那智の説明に、前から3列目の席に座った塩田渉が小さく呟く。

「……あっさりと言ってるけど、那智本部長の仕事量がハンパじゃねぇよ……」

「……5人分の業務の代行だからな。今は『ニル』の捜査に多くの人員を割いているし、他の反人間組織の捜査や巡回任務の調整がかなり大変だろうな」

 鷹村哲が小声で言い、雨瀬眞白、最上七葉が険しい表情を浮かべた。

 高校生たちの隣に座る特別対策官の童子将也は、黙ったまま前を見つめている。

 童子のいつにない深刻な横顔をちらりと見やった4人は、内心で改めて状況の厳しさを感じた。

 壇上の那智が、硬い声音で言った。

「昨日のコンタクトで、『ニル』はリーダーである無田大河の釈放を求めたが、これに対して『クストス』は拒否の回答を示した。おそらく交渉は一度きりではないだろうが、このまま相手の要求を飲まなければ、当然こちらはその“代償”を払うことになる」

 各班の対策官が集まったホールが、水を打ったようにしんと静まる。

 那智は喉奥から声を絞り出し、眼前の対策官たちに厳命を課した。

「……かけがえのない5人のチーフの命を、むざむざと反人間組織に奪わせるわけにはいかない。ここにいる全員が死力を尽くし、何としても『ニル』の拠点を探し出せ」


 正午。

 反人間組織『ニル』のNo.2である辰己顕から、インクルシオの代表電話に3度目のコンタクトが入った。

 この日の早朝に続いて半日と間を置かない接触に、関係者たちは最上階に到着したエレベーターを飛び出して多目的室に駆け込む。

 室内にロの字型に配置された長机には、総長の阿諏訪征一郎、本部長の那智、各班に所属する特別対策官5人に加え、捜査協力として東京本部に訪れていたグラウカ収監施設『クストス』の所長である益川誠が着席した。

 テレビ電話の状態にしたスマホの映像が、大型テレビに映し出される。

「──!!!!!」

 画面の中でパイプ椅子に座った辰己の後ろに、両手をロープで縛られ、口に布を巻かれた南班チーフの大貫武士の姿があり、多目的室の全員が目をみはった。

 那智が「お、大貫っ!!!」と思わず腰を上げ、童子が「大貫チーフ……!!!」と掠れた声を漏らす。

 辰己はニタリと口角を上げて言った。

『ああ。今回はインクルシオの連中だけでなく、『クストス』の所長もそこにいるんだな。これはちょうどいい。一度は要求を断られたが、俺らが無田大河の釈放を求める“理由”をお前らに話してやる』

「理由……!? ただ単に、リーダーだからじゃないのか……!?」

 辰己の言葉を聞き、北班の時任直輝が怪訝けげんに眉根を寄せる。

 東班の芦花詩織が「……要求に至る“何か”があるのね」と低く言い、中央班の影下一平が画面をじっと見据え、西班の真伏隼人が忌々し気に腕を組んだ。

 辰己は下島晴久を始めとする数人の構成員を背後に従えて話し出した。

『……俺は半年前に、『クストス』から出てきたばかりだという元収監者の男とバーで知り合った。そいつは小さな反人間組織に属し、恐喝と傷害の罪で15年ほど収監されていた。その間に、妙な噂話を聞いたそうだ。いわく、『クストス』では身寄りのない収監者が次々と病死するってな』

 辰己は言葉を区切り、スマホの画面に映った益川を一瞥した。

 皮膚の荒れた薄い唇を開き、淡々とした口調で話を続ける。

『そいつの話を聞いた時、俺は笑って言ったんだ。『クストス』に収監されているうちのリーダーと幹部二人は天涯孤独の身だが、風邪すら引いたことのない健康体の持ち主だとな。だが、そいつは真顔で俺に伝えた。『ニル』の幹部二人は、すでに脳梗塞で死亡していると』

 辰己の後方で構成員に体を押さえられた大貫が、大きく目を見開いた。

 辰己は鋭い視線を益川に向けて言う。

『俺はその事実を聞き、背筋が凍った。そいつが語った噂話の真偽はわからないが、リーダーが“病死”する前に、『クストス』から出さなければならないと思った。それが、益川の個展を襲撃し、無田大河の釈放を要求した理由だ』

「………………」

 辰己が話し終わると、辺りに静寂が降りた。

 不気味な静けさの中、益川が銀フレームの眼鏡を光らせて発言する。 

「……一体、どのような大層な理由があるのかと思ったら、事の発端は下らない噂話かね。収監者たちの妄想に付き合うつもりはないが、『クストス』の所長として、そのような話は全くの事実無根だと申し上げておく」

『……そりゃあ、そっちはそう言うに決まってるだろう』

「施設内で病死した収監者は、医師による死亡診断書がある。それすら疑うと言うのなら、こちらはどうしようもない」

『だから、そんなものは金を積めば偽造できるだろうがっ!!!』

 益川の尊大な態度の反論に、辰己が犬歯を剥き出して怒鳴った。

 益川は「話にならん」と顔をしかめ、辰己はますます眉を吊り上げる。

『元から話し合いをする気なんざ、こっちは一ミリもねぇんだよ!!! お前らは俺らの要求に従うだけだ!!! さもないと……』

 辰己がそう言いかけた時、『うぐぅっ!』とくぐもった声が聞こえた。

 辰己が振り返ると、構成員の一人が顎を手で押さえてうずくまっている。

 その足元には構成員に頭突きをした大貫が転がっており、転倒した拍子に口を覆った布が外れていた。

 大貫は後ろ手に拘束されたまま、上体を起こして力一杯に叫んだ。

『こいつらの要求には応じるな!!! 殉職の覚悟があるのは対策官だけじゃなく、俺たちも同じだ!!! この先に何があろうと、インクルシオの一員として決して迷うな!!!』

「──っ!!!!!」

 大貫の鬼気迫る咆哮に、インクルシオ側の関係者たちが言葉を詰まらせる。

 那智が「大貫ぃ……っ!」と歯を食いしばってうなり、童子は両手の拳が白くなるほど強く握り締めた。

 すると、突然に大貫の顔がゆがんだ。

 白いワイシャツの腹部に赤い液体が滲み、突き立った刃の周囲にみるみるうちに広がる。

 多目的室の全員が反応して口を開く前に、血に染まったナイフを抜いた辰己が高らかに笑った。

『あと一回だけ、考えるチャンスをやる!!! 回答のリミットは今日の22時だ!!! そん時に要求を蹴った場合は、こいつら5人の惨殺ショーを見せてやる!!!』

 大きく宣言した辰己の脇から、下島が手を伸ばしてスマホの通話を切る。

 映像が途切れた大型テレビの画面は、無情な闇色に沈黙した。




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