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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:17
129/231

05・覚悟と雑談

 午後8時。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の3階のオフィスで、大きなどよめきが起こった。

 反人間組織『ニル』のコンタクトにより、最上階の多目的室に緊急招集されていた特別対策官5人が戻り、各班ごとに集まって最新情報を共有した。

 『ニル』のNo.2である辰己顕が伝えた要求と、グラウカ収監施設『クストス』の所長の益川誠の回答を聞き、黒のツナギ服を纏った対策官たちが険しい顔でうなる。

「……薄々、わかってはいたことだが……。しかし……」

 南班に所属するベテラン対策官の薮内士郎が低く言い、隣に立つ城野高之が「クソ……! どうにかならないのか……!」と唇を噛んだ。

 両腿に2本のサバイバルナイフを装備した特別対策官の童子将也は、やり場のない感情に肩を震わせた対策官たちに言った。

「……薮内さんの言うた通り、チーフ5人が『ニル』に拉致された時から、この展開は予想していました。今回の接触でこちらの方針が確定した以上、地団駄を踏んでも仕方がありません。チーフたちを救出する為に、俺らがすべきことはただ一つ。一刻も早う、『ニル』の拠点を突き止めましょう」

「……ああ。そうだな。やるぞ、みんな!」

 薮内が表情に力を込めてげきを飛ばし、デスクの周囲に「おおおぉぉ!!!」と勇ましい声があがる。

 南班の対策官たちは即座にオフィス内に散り、『ニル』の捜査を再開した。

 そんな中、童子はデスクに向かう高校生4人を呼び止めた。

「お前ら。ちょっと待て。もう晩メシは食うたんか?」

「……あ。いや、まだです」

 鷹村哲が振り返って答え、塩田渉が「引き出しにお菓子があるんで、それで……」と言いかけると、童子は4人に歩み寄って言った。

「あかん。メシはちゃんと食え。今から、寮の食堂に行くで」

 童子の言葉に、最上七葉が「で、でも……」と口ごもって他の対策官に目をやり、雨瀬眞白が癖のついた白髪を揺らして訴える。

「童子さん。こんな時に、僕らだけ休憩を取ることはできません。それに、僕らの任務時間は9時までですが……どうか、このまま捜査を続けさせて下さい」

 雨瀬、鷹村、塩田、最上が懇願するように見つめ、童子は短く息を吐いた。

「お前らの気持ちはわかっとる。せやから、しっかりとメシを食うんや。その後は『ニル』の捜査データを一から洗い直す。全員、徹夜でやるで」

「……! は、はいっ!!!」

 童子の指示を聞き、高校生たちは声を揃えて返事をする。

 そして、「童子班」の5人は、オフィスのドアに向かって足を踏み出した。


 同刻。

 インクルシオ東京本部の本部長の那智明は、総長室に立っていた。

 執務机につくインクルシオ総長の阿諏訪征一郎が、黒革製の椅子を回して言う。

「当面の間、各班の情報統括や人員調整等は君に一任する。チーフ5人分の仕事は大変だろうが、特別対策官たちと協力してやってくれ」

「わかりました」

 那智が請け負うと、阿諏訪は「頼んだぞ」とうなずいた。

 そのまま室内に沈黙が流れ、退室の様子を見せない那智に、阿諏訪が「……どうかしたのか?」と訊ねる。

 那智は何かを言おうとして口を開いたが、思い留まって唇を結んだ。

 阿諏訪は那智の心中を察し、おもむろに両手の指を組んで言った。

「……当然のことだが、益川所長の決定はくつがえせない。チーフたちも、こうなることは最初から覚悟の上のはずだ。我々も、断腸の思いで納得するしかない」


 翌日。午前8時。

 インクルシオ東京本部の幹部である5人のチーフは、『ニル』の拠点にあるえた匂いの部屋に監禁されていた。

 『ニル』が出した要求に『クストス』が応じないことは、5人は十分に承知しており、窓のない部屋は妙に穏やかな空気に包まれていた。

 スーツの上着を脱いだ東班チーフの望月剛志が、ぽんと手を叩いて言う。

「あっ。昨日が締め切りの総務への提出物、すっかり忘れてた。ヤバいかな」

「はは。反人間組織に拉致されちまったわけだし、さすがに許してくれるだろ」

 北班チーフの芥澤丈一が笑って返し、西班チーフの路木怜司が「僕も、経理への領収書の提出を忘れていました」と無表情で言った。

 中央班チーフの津之江学が、コンクリートの壁に背をもたせる。

「僕、今週末にアクアショップに行く予定だったんですよね。以前からアクアリウムに興味があって、小さな水槽で始めてみようかと……」

「ああ。それは楽しそうだな。俺も分野は違うが、ずっと盆栽をやってみたいと思っていたんだ。今は仕事が忙しくて無理だが、定年後は全国の盆栽展を回ろうと考えていた」

 南班チーフの大貫武士が反応すると、芥澤が「じじくせー」と横から茶々を入れ、大貫はすかさず「じじくさくないぞ。盆栽は若者にも人気だぞ」と反論した。

 天井に電球がぶら下がった薄暗い部屋で、チーフ5人はわいわいと雑談に花を咲かす。

「……こうしてゆっくりと無駄話をするのは、久しぶりだな」

「ええ。普段は事件や捜査の話ばかりですしね」

 望月がぽつりと呟き、津之江が小さく微笑んで返した。

 ふと5人の会話が途切れて辺りが静まり、芥澤が顔を上げて訊ねた。

「そういや、路木。こういう機会じゃねぇと訊けねぇけど、真伏とは親子らしいことはしてたのか?」

 芥澤の質問に、他の3人が路木に目を向ける。

 路木はやや首を傾げて、平坦な声音で答えた。

「……親子らしいとは、どのようなことを指すのかわかりません」

「ああ〜。例えばさ。父と子の二人で飲みに行ったり、深い話を語ったりだよ」

 床に胡座あぐらをかいた芥澤が説明し、路木は「そういうことなら、過去に一度もありません」と返す。

 チーフたちが「う〜ん。そうか……」と一様に難しい顔で言うと、路木は「そういえば」と天井を見上げた。

「以前、真伏に「二人だけの時は、下の名前で呼んでもらえませんか?」と言われたことがあります。これも、“親子らしい”ことの一つだったんでしょうか?」

「……そう! そうだよ! いくら上司と部下の関係でも、やっぱり親子なんだからさ! 外野の俺らが口を挟むことじゃないけど、きっと真伏も親子の愛情を感じる交流を持ちたかったんだよ!」

 望月が腰を浮かして熱弁し、芥澤、大貫、津之江がうなずく。

 路木はしばし沈黙し、やがて独りごちるように言った。

「……愛情ですか。僕にとって、これほど理解し難い感情はありません」

 すると、錆びた鉄製のドアが勢いよく開いた。

 黒色のレザージャケットを羽織った辰己がずかずかと入室し、その後ろにまぶたピアスの下島晴久が続く。

 二人の不穏な顔つきに、チーフ5人はわずかに身構えた。

「インクルシオの幹部のみなさんよぉ。さっき、あちらさんへの2回目の連絡が終わったんだがよぉ。俺らの要求に対する回答は、あっさりと『ノー』だった。こりゃあ、一体どういうことだよ!?」

 辰己がぎりぎりと歯噛みをして言い、芥澤が床から立ち上がって返す。

「それは、当然だろう。『クストス』から無田大河を釈放するわけにはいかねぇ」

「ああ!? そうしなければ、お前らの命はないんだぜ!? わかってんのか!? お前らは味方から切り捨てられたのに、随分と余裕なツラじゃねぇか!?」

 大きく目を剥いた辰己に、芥澤はぼりぼりと首を掻いた。

「余裕っつーか、覚悟が決まってるだけだ。……ほら、殺すならさっさと殺せよ」

 芥澤がずいと足を前に出し、チーフ4人が同様に動く。

 辰己は顔面を盛大にゆがめ、忌々しく吐き捨てた。

「お前らは、いっぺんには殺さねぇ。一人一人をなぶり殺しにして、奴らとの交渉に効果的に使ってやる。せいぜい、楽しみにしてろ……!」

 そう言って、辰己は下島を従えて部屋を出ていく。

 バタンと強く締められたドアの音が、『ニル』の潜伏する建物に響き渡った。




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