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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:17
127/231

03・今更の狙い

 午後4時。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の最上階にある多目的室で緊急会議が開かれた。

 室内にロの字型に配置された長机には、インクルシオ総長の阿諏訪征一郎あすわせいいちろう、本部長の那智明が険しい表情で着席している。

 その前には、東京本部に在籍する特別対策官5人──西班の真伏隼人まぶせはやと、中央班の影下一平かげしたいっぺい、東班の芦花詩織あしはなしおり、北班の時任直輝ときとうなおき、南班の童子将也が招集されていた。

 那智は眼前に勢揃いした特別対策官たちを見回して口を開いた。

「本日午後3時過ぎ、『クストス』の所長である益川誠氏が個展を開催する乙女おとめ区の洋館に、反人間組織『ニル』が現れた。『ニル』の襲撃の狙いは益川所長であったが、その場にいたうちのチーフ5人が身代わりに人質となった。『ニル』はチーフ5人を拉致してまもなく現場を去り、益川所長と個展に来ていた他の招待客は全員無事だった」

 那智の説明に、真伏が思わずといった様子で「クソっ……!」と声を漏らす。

 町田市のアルバイトが休みの影下が低く呟いた。

「……『ニル』の名前を聞いたのは、久しぶりですねぇ。どこかに潜伏しているとは思っていましたが、まさかこんなタイミングで表に出てくるとは……」

「ええ。『ニル』が動いたのは、5年前の件以降、初めてですね」

 芦花が栗色のボブヘアを揺らして言い、時任が唇を結んだままうなずく。

 那智が「ああ。その通りだ」と返し、手元の資料に目をやった。

「『ニル』は、リーダーの無田大河なしだたいがと幹部二人が、5年前に都内のキャバクラで遊んでいたところを対策官に拘束された。その後、無田たちは『クストス』に収監され、残った他の構成員は所在不明となっていた。それから5年間、『ニル』の活動や事件は皆無だったが……」

「今回の襲撃を主導したんは、No.2の辰己顕ですか?」

 黒のツナギ服を纏い、両腿に2本のサバイバルナイフを装備した童子が訊ねる。

 那智は「そうだ。首筋に『0』のタトゥーを入れた辰己が、現場で目撃されている」と、通報を受けて洋館に駆け付けた対策官からの情報を伝えた。

 すると、多目的室の扉がノックの音と共に開いた。

 乙女おとめ区を管轄する東班の対策官に付き添われて、うぐいす色のスーツにアスコットタイを巻いた人物が入室する。

「おお、益川さん……! よくぞご無事で……!」

 阿諏訪が声をあげて椅子から立ち上がり、銀フレームの眼鏡をかけた小柄な人物──グラウカ収監施設『クストス』の所長の益川誠に歩み寄った。

 益川は手近にある椅子を引き寄せ、よろよろとした動作で座る。

「……諸君。すでに知っている通り、私の身をかくまった東京本部のチーフ5人が、『ニル』に連れていかれた。私の趣味の個展に招待したばかりにこのような事態となり、何と詫びたらよいか……」

「益川さん。チーフたちは犠牲者を出さない為に、当然の行動を選択したまでです。どうか、ご自分を責めないで下さい」

 力なくこうべを垂れた益川に、阿諏訪が体をかがめて微笑んだ。

 那智が「後のことは我々に任せて下さい」と真摯な声をかけると、童子が「すみません」と横から口を挟んだ。

「心身共に憔悴しょうすいされているところ恐縮ですが、時間に猶予はありません。益川所長に質問をさせて下さい。今回の『ニル』の襲撃の狙いは、おそらく『クストス』に収監中の無田たちの釈放やと思います。しかし、彼らが『クストス』に収監されたのは5年も前であり、その狙いは今更のようにも感じます。この点について、何か心当たりやご意見はありますか?」

 童子の質問に、益川は顔を上げてしばし考える。

 やがて小さく首を振り、途方に暮れたように答えた。

「……いや。リーダーの無田は現在も収監中だが、実は幹部二人は昨年と一昨年にそれぞれ病死している。仮に『ニル』の狙いが仲間の釈放だとして、何故今になって動いたのかは、皆目見当がつかない」


 午後4時半。

 インクルシオ東京本部の3階のオフィスで、南班に所属する「童子班」の高校生4人は、身じろぎもせずにデスクについていた。

 反人間組織『ニル』によるチーフ5人の拉致事件を受けて、各班の対策官たちが続々と任務先から戻り、夕刻のオフィスに集まってくる。

 南班に所属するベテラン対策官の薮内士郎やぶうちしろうが、同じく南班の城野高之しろのたかゆきと共に足早にオフィスに入り、高校生たちに声をかけた。

「お前たち。童子は緊急会議から戻ってきたか?」

「いえ。まだ……」

 塩田渉が不安げな表情で答え、鷹村哲、雨瀬眞白、最上七葉が壁に掛かった時計を見上げる。

 薮内は「そうか。最新の情報はまだか」と腕を組み、城野が「ここで待っているしかないですね」と腰に手を当てて言った。

 捜査資料が山積みになった机を見つめて、塩田が泣きそうな声を出す。

「……今まで色々な事件があったけど……チーフたちが反人間組織に拉致されるなんて……、こんなこと夢にも思わなかった……」

「………………」

 他の高校生3人が無言でうつむき、デスクの周囲を重苦しい空気が包んだ。

 薮内は窓の外に目をやり、硬い声で言った。

「……『ニル』の連中は、チーフ5人をその場で殺さずに連れていった。元々の狙いが『クストス』の所長であったことから、必ず何かしらを要求してくるはずだ」

「そうでしょうね。要求の内容は、大体の予想がつきますが……」

 城野が長めの前髪を指で払って返し、高校生4人が顔を上げる。

 薮内は夕暮れの景色を見やったまま、更に声を硬くして呟いた。

「……問題は、その要求を受けるかどうかだ」


 午後8時。

 錆びた鉄製のドアが、きしんだ音を立てて開く。

 インクルシオ東京本部の幹部である5人のチーフは、窓のない部屋に押し込まれ、鼻をついたえた匂いに顔をしかめた。

 5人の両手を縛ったロープと目隠しの布を、『ニル』の構成員が乱暴に外す。

 まぶたにリングピアスをつけた構成員が「ここで大人しくしてろ」と言い、陰気な部屋のドアを閉めて去っていった。

「……今のまぶたピアスの構成員は、下島晴久しもじまはるひさだな。『ニル』の中でも武闘派で知られる男だ」

「この建物に入った時、あちこちから複数の足音とヒソヒソとした話し声が聞こえました。乙女おとめ区の洋館を襲撃したメンバーは一部で、構成員の総数はもっと多いのかもしれません」

 東班チーフの望月剛志が自由になった手を振り、中央班チーフの津之江学がスーツに付いたほこりを払って言う。

「東京からここまで、車で約3時間半かかりましたね」

「おー。よく数えたな、路木。俺は途中までは頭ん中でカウントしたが、面倒臭くなってやめちまった。まったく、クソ野郎共はスマホだけでなく腕時計まで取り上げやがってよ」

 西班チーフの路木怜司がコンクリートの壁に手を当て、北班チーフの芥澤丈一がネクタイの結び目をぐいと緩めて毒づいた。

 南班チーフの大貫武士が、電球がぶら下がった天井を見やる。

「ここが、『ニル』の拠点か。さすがに詳しい場所を特定するのは厳しいな。さっき車から降ろされた時に、ふわりと木の香りがしたが……」

 大貫の言葉に、芥澤が「木はどこにでもあるからな」とからかうように笑った。

 各班のチーフたちがそれぞれに部屋を見回していると、鉄製のドアがガチャリと開いた。

 そこから、『ニル』のNo.2である辰己顕が姿を現す。

 辰己は31歳のグラウカで、首筋に入れた数字の『0』のタトゥーが特徴であった。

「インクルシオの幹部のみなさん。『ニル』のアジトにようこそ。当初の予定とは違っちまったが、まぁいいだろう」

 そう言って、辰己は薄暗い部屋に足を踏み入れる。

 大貫が目の前の辰己を睨んで訊いた。

「……辰己。何故、『クストス』の益川所長を狙った?」

「ああ。そりゃあ、俺らのリーダーの無田大河を釈放する為だよ」

 辰己の予想通りの回答に、チーフたちは黙って見返す。

 辰己はスーツ姿の5人を眺め、べろりと唇を舐めて告げた。

「こっちの要求は至ってシンプルだ。だが、この要求が通らない場合は……お前ら全員を殺す」




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