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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:16
123/231

09・後始末

 午後4時。東京都立川市。

 ブラインドの隙間から午後の陽光が差し込む執務室で、インクルシオ立川支部の支部長である曽我部保は、オフィスチェアに背をもたせた。

 電話の受話器を片手に持ち、磨き上げた革靴を履いた足を組む。

「いやぁ。こっちに一報が入った時は、俺も驚きましたよ。立川で公演を行っているパフォーマンス集団『ミラクルム』とやらの正体が、『イマゴ』だったとはね」

『ああ。そうだな。……で、現場の状況はどうなっている?』

 インクルシオ東京本部の本部長の那智明が通話の向こうで訊き、曽我部は執務机に置いたノートパソコンに目をやった。

「現在、事件が起こった立川ニューアリーナには、50人を超える対策官が行っています。最新の報告では、会場内の犠牲者は12人。また、転倒等による怪我人は相当数いるようですが、いずれも軽傷で、こちらは救急車の救急隊員が対応中とのことです」

『そうか。『ミラクルム』……『イマゴ』の予期せぬ凶行にも関わらず、犠牲者の数は最小限で済んだと言えるだろう。「童子班」の5人は非番で武器を携帯していない中、果敢に戦って被害の拡大を防ぎ、21人の構成員を拘束した。素晴らしい功績だ』

 那智の称賛の言葉に、曽我部は顔をしかめて「あー。そうですねぇ」と返事をし、話題を変えた。

「……おっと。そろそろ、現場に護送車が到着する頃ですね。今回は、2台のジープと10台のバイクで護送車の周りを固めます。何と言っても、あの『イマゴ』の護送ですからね。過去に例のないビップ待遇ですよ」

 そう言って、曽我部は口端を上げて笑う。

 那智が『よし。頼んだぞ』と返し、曽我部は足を組み直して請け負った。

「ええ。任せて下さい。今から、奴らの取り調べが楽しみですよ」


 同刻。

 立川市の中心部からやや離れた場所に建つ立川ニューアリーナで、インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の5人は、建物の外に出て辺りを見やった。

 反人間組織『イマゴ』の突然の襲撃を受けた約2300人の観客が、恐怖の出来事に憔悴した様子で地面のあちこちに座り込んでいる。

 その間を縫うように、インクルシオ立川支部の対策官が忙しく動き、現場の処理にあたっていた。

「お前たち! 怪我はないか!?」

 私服姿で佇む5人に、立川支部に所属する兼田理志が走り寄る。

 その後ろには、同じく立川支部の上尾瞬の姿があった。

「兼田さん。上尾さん。多少のかすり傷はありますが、何とか大丈夫です」

「俺も、ブロック分けの柵を飛び越える時に足をぶつけた以外は平気っス!」

 鷹村哲と塩田渉が答え、雨瀬眞白と最上七葉が「大丈夫です」とうなずく。

 兼田は「そうか。それを聞いて安心した」と深く息をつき、上尾が「君たち、武器なしでよくひるまずに立ち向かったなぁ」と感心した。

 咆哮する虎がプリントされたシャツを着た特別対策官の童子将也が、横に並ぶ高校生4人に目をやって言った。

「相手をノックアウトするしかない困難な状況で、こいつらはほんまにようやってくれました。大した怪我もなくて、よかったです」

 童子の言葉に、高校生たちは面映おもはゆい表情を浮かべる。

 そこに、東京本部の中央班に所属する特別対策官の影下一平が、町田市のアルバイト先からタクシーに乗って駆け付けた。

「みんなぁ〜! 無事そうでよかったぁ〜! 緊急連絡を見て、驚いたよぉ〜!」

 デイパックを肩に掛けて走ってきた影下に、高校生4人が「影下さん!」と声をあげる。

 影下は対策官たちの前で立ち止まると、立川ニューアリーナの搬入口に横付けにされた黒の護送車に顔を向けた。

「あぁ〜。本当に、『イマゴ』の構成員を拘束したんだねぇ。長い間追ってきたけれど、ようやく奴らの尻尾を掴むことができたなぁ」

「ええ。おそらく、『ミラクルム』の21人は『イマゴ』の構成員の一部やと思います。今後の取り調べで、組織の様々な実態が明らかになるでしょうね」

 影下がしみじみと言い、童子が同じ方向を見て返す。

 兼田が「『イマゴ』を壊滅する日は、そう遠くはないな」と意気込み、「童子班」の高校生たちは期待に目を輝かせた。

 ほどなくして、重厚なエンジン音が空気を振動させ、『ミラクルム』の団員を乗せた護送車は物々しく発進した。


 午後4時を10分ほど回った時刻、インクルシオの黒の護送車は、道の両脇に街路樹が並ぶ幹線道路を進んでいた。

 護送車の前後には2台のジープと10台のバイクが配置され、周囲を警戒しながら法定速度で走行する。

 片側2車線の道路の交差点に差し掛かった時、まっすぐに伸びた対向車線の奥から、1台の大型バイクが猛スピードで走ってきた。

「……!?」

 車列の一番前に位置するバイクに乗った対策官が、怪訝けげんに視線を上げる。 

 大型バイクはうねるような動きで車線を変更し、あっという間に対策官の前に迫って急ブレーキをかけた。

 甲高い音が道路中に響き渡り、大型バイクは車体を横に滑らせて停止する。

 進行を阻まれた対策官が「な、なんだお前は……!?」と言い掛けて、アスファルトに立った人物に目をみはった。

 短髪をくすんだシルバーブルーに染め、裾の長い上着を羽織った人物──インクルシオのキルリストの個人最上位に載る乾エイジが、切れ長の双眸を細めて言った。

「……さてと。後始末をしますか」


 ──1日前。

 『イマゴ』のリーダーの穂刈潤は、組織のNo.2である乾を自宅に呼んだ。

 東京都月白げっぱく区にある木造アパートは、六畳一間に小さいキッチンとユニットバスが付いた古びた物件であるが、穂刈は好んで住んでいる。

「……ん? 俺が、立川に行くのか?」

「うん。真伏君にはああ言ったけどさ。やっぱり、インクルシオNo.1の童子さんを甘く見てはならない。もし、明日の殺人計画が失敗して樺沢さんたちが拘束された場合は、エイジに後始末を頼みたいんだ」

 淹れたてのカフェオレをテーブルに差し出して、穂刈が言う。

 乾は湯気の立つマグカップを受け取り、甘さの中に苦味のある液体を飲んだ。

「……“後始末”ってのは、つまり“口封じ”だな?」

 乾の問いに、穂刈は「ああ」と丸メガネのレンズを光らせて答えた。

 乾はマグカップをテーブルに置き、「わかった」と短く了承する。

 穂刈はふわりと童顔を綻ばせ、「エイジは頼りになるよ。いつも、僕を支えてくれてありがとう」と礼を言った。

 乾は「いや」と返し、窓際に置かれた小さな文机をちらりと見やる。

 その上には写真立てがあり、グラウカ支援施設「ひまわり苑」の職員だった頃の韮江光彦が、幼い穂刈と乾と共に笑顔で写っていた。

「………………」

 乾はすぐに視線を前に戻し、薄い座布団から立ち上がって言った。

「お前の望みとあれば、何でもやるさ。後のことは任せておけ」


 午後4時を20分ほど回った時刻、乾は「よいせ」と言ってドアを開け、交差点の手前で停止した護送車に乗り込んだ。

 乾の背後には、黒のツナギ服を着た23人の対策官が血みどろで倒れている。

 大型バイクで『ミラクルム』の団員を運ぶ車列の前に現れた乾は、2台のジープと10台のバイクから降りた対策官を次々とほふり、惨事を見かねて護送車から飛び出した対策官をあっさりと殺した。

 護送車の運転席と後部空間を隔てる扉の開閉装置を操作し、施錠を解く。

 手足を厳重に拘束された『ミラクルム』の団員たちが「……い、乾さん! 来てくれたんですね!」と湧き上がり、団長の樺沢慶太が「はは。助かったぜ」と無邪気に笑った。

 乾は上着の裾をなびかせて車内の奥に進み、毒々しい紫色のピエロメイクを施した樺沢の前に立った。

「……もう数分もしないうちに、インクルシオの連中が大挙してやってくる。時間がないから、ちゃっちゃと終わらせる」

「……え?」

 そう言うと、乾は手にしたナイフを持ち上げ、樺沢が大きく目を見開く。

 その直後、黒の護送車の内部がおびただしい血に染まり、グラウカの証である白の蒸気がもうもうと天井に立ち込めた。




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