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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:16
122/231

08・公演と尻尾

 午前8時。東京都立川市。

 朝日が差し込むインクルシオ立川支部の1階のエントランスで、3人の新人対策官の指導担当を務める兼田理志は、背筋をまっすぐに伸ばして言った。

「さて。お前たち。今日も一日、『イマゴ』の捜査にあたるぞ。俺たちは、立川駅周辺の店舗と通行人への聞き込みをする。すでに何度も行っている捜査だが、“情報の金脈”に辿り着くまで、コツコツと根気よく頑張っていこう。……それじゃあ、俺は車のキーを取ってくるから、先に駐車場に行っててくれ」

 兼田の指示に、黒のツナギ服を着た新人たちが「はい!」と返事をする。

 キビキビとした動作でエントランスを出た3人を見送ると、兼田の背後から明るい声がかかった。

「俺も、一緒に捜査に行きます〜! サッちゃ……あわわ、兼田さん!」

 そう言って、小走りでやってきたのは、兼田と同じく立川支部に所属する上尾瞬だった。

 上尾は対策官になって3年目の、兼田の母方の従兄弟いとこである。

「……瞬。職場では、サッちゃんと呼ぶなと言っているだろう」

「ご、ごめんなさい〜。気を抜くと、つい昔からの癖が出ちゃって……」 

 上尾が肩を小さくして頭を掻き、兼田が短くため息を吐く。

 その時、二人の間で小さな電子音が鳴った。

 兼田はツナギ服のポケットに手を入れ、スマホを取り出して画面をタップする。

 そこには、インクルシオ東京本部の南班に所属する特別対策官の童子将也から、一件のメッセージが届いていた。

『兼田さん。お疲れ様です。今日、俺らは立川ニューアリーナに『ミラクルム』の公演を観に行きます。公演時間は13時から15時までなので、その帰りに立川支部に寄ってもええですか? 『イマゴ』の最新の捜査状況を、現場に出とる方から詳しく聞きたいです。お忙しいところすみませんが、時間を作っていただければ助かります』

 童子のメッセージを読んだ兼田は、『了解だ。15時過ぎなら支部に戻っている。公演が終わったら、また連絡をくれ』と返信を打った。

「わわ! 童子特別対策官がこっちに来るのか! インクルシオNo.1に、また会える……!」

「お前はミーハーだな。こないだも、『ミラクルム』のチケットを「童子班」に渡すって言ったら、いそいそとついてきて……」

 スマホを覗き込んだ上尾が浮き立ち、兼田が再度ため息を吐く。

 上尾が「へへ」と舌を出して笑うと、兼田はスマホをポケットに戻して言った。

「さぁ、もう行くぞ。今日も気を引き締めて、『イマゴ』の捜査に尽力しよう」


 午後1時。

 快晴の青空が広がる11月10日の日曜日、立川市の立川ニューアリーナで、パフォーマンス集団『ミラクルム』の公演が開幕した。

 解散公演の最終日となるこの日は、チケットを入手した大勢の人が会場を訪れ、『ミラクルム』の21人の団員に大きな声援を送った。

 公演はアリーナの中央に円形のステージが設置され、約2300人の観客が周りを囲むようにオールスタンディングで観覧する。

 アップテンポのダンスミュージックが流れる中、『ミラクルム』の難易度の高いアクロバットやジャグリングの妙技が披露され、会場は大いに盛り上がった。

 インクルシオ東京本部の対策官である「童子班」の5人は、周囲の熱気に圧倒されつつも、頭上に舞うバルーンやきらびやかに交差するレーザーライトを見上げて笑顔を浮かべる。

 ステージ上で繰り広げられる圧巻のパフォーマンスに、最上七葉がきらきらと目を輝かせた。

「すごい……! 初めて生で観たけど、感動だわ……!」

「マジですげぇー! 今日限りで解散するなんて、もったいねぇー!」

 塩田渉が両手を上げて叫び、鷹村哲が「兼田さんにチケットを譲ってもらえて、本当によかったな」と興奮気味に言い、雨瀬眞白が「こんな世界があるんだ……」と感嘆の声を漏らす。

 童子は前のめりの姿勢の高校生たちを見やって、小さく微笑んだ。

 2時間のショーはあっという間に終盤を迎え、色とりどりのピエロメイクを施した団員たちが、軽いステップを踏みながらステージ上で横一列に並ぶ。

 『ミラクルム』の団長である樺沢慶太が列の中央に立ち、マイクを持って元気な声をあげた。

「いよいよ、次が最後のパフォーマンスです! 俺たち『ミラクルム』の7年間の集大成! 是非、会場のみなさんも一緒に楽しんで下さい!」

 樺沢が言うと同時に、20人の団員が一斉にジャンプをしてアリーナに降りる。

 思わぬ演出に一番前の観客が「きゃー!」と沸き立ち、間近にやってきた『ミラクルム』の団員に歓喜した。

 しかし、明るい歓声はすぐに鋭い悲鳴に変わった。

「──っ!?」

 突然の異変に、「童子班」の対策官たちが顔を上げる。

 ステージ付近に目をらすと、数人の観客が血を噴き出し、床に倒れる姿が見えた。

 童子は即座にブロック分けの柵を飛び越えて前方に走り出し、振り向きざまに高校生4人に怒鳴る。

「お前ら! 会場内で殺人が起こった! ……おそらく、奴らが『イマゴ』や!」

「……えっ!? 『イマゴ』!?」

 童子が告げた内容に、高校生たちは一瞬動きを止めた。

 ステージ上に差すスポットライトを浴びた樺沢が、毒々しい紫色に塗った顔面をゆがめて笑う。

「さすが、インクルシオNo.1の特別対策官だ。察しがいい。……そーだよ。俺たちは、反人間組織『イマゴ』のメンバーだ」

「!!!!!!」

 樺沢があっさりと認め、高校生4人は驚愕に目をみはった。

 童子は騒然とし始めた会場を走りながら、大声で指示を出した。

「最上! 立川支部に緊急連絡を入れろ! 鷹村! 塩田! 奴らは素手で観客を襲っとる! 武器を奪っての交戦は無理やから、打撃技で先制して相手を昏倒させろ! 雨瀬! お前はパワー勝負や! 思い切りいけ!」

「……っ! はいっ!!!!」

 咆哮する虎がプリントされたシャツをひるがえした童子の背中を見て、高校生たちはハッと我に返り、ただちに行動を開始する。

 まもなく会場全体の観客が眼前の事態を理解し、辺りはパニックにおちいった。

「ふふ。いくらインクルシオ対策官でも、武器なしで人間がグラウカに敵うわけがない。ましてや、こっちの21人に対して、そっちは新人を含めてたったの5人だ。たとえインクルシオNo.1がいようとも、俺たちの殺人計画の完遂は揺るがねぇ」

 樺沢はにんまりと口角を上げ、円形のステージからアリーナを見下ろす。

 すると、大勢の観客が恐怖に顔を引きらせ、右に左にと逃げ惑う混乱の中で、ピエロの衣装を着た団員がばたりと床に倒れた。

「……!?」

 その数は、一人また一人と増え、樺沢の顔から笑みが消える。 

 樺沢が急いでアリーナに視線を巡らせると、四方に散って観客を鏖殺おうさつしているはずの団員たちが、あちこちで仰向けになって白目をいていた。

「……こっちのピエロは倒した! そっちはどうだ!?」

「今、片付いたぜ! 眉間を蹴りで強打したから、しばらくはおねんねだ!」

 鷹村が拳を構えて訊き、塩田が右脚を下ろして答える。

「立川支部の対策官がすぐに到着するわ! それまで、必死に戦うわよ!」

「……何としても、これ以上の犠牲者は出させない……!」

 最上がげきを飛ばし、雨瀬が団員の一人と両手で組み合って言った。

「な……! ど、どういうことだ……!?」

 樺沢は急速に顔色を変え、じりじりと後ずさる。

 後方にある会場の扉をちらりと振り返った時、しんと静まったステージの上に、シャツに返り血を付けた童子が現れた。

「……ひっ……!!!」

 童子の手に引きられた意識のない団員を見て、樺沢は喉の奥から上擦うわずった声を出す。

 童子はカラフルにペイントされたステージの上に佇んで、静かに言った。

「……やっと、『イマゴ』の尻尾を掴んだわ。もう逃がさへんで」




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