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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:16
120/239

06・勇み足

 午前9時。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の2階にある小会議室で、黒のツナギ服を纏った5人の特別対策官が顔を揃えた。

 室内にロの字型に置かれた長机には、西班に所属する真伏隼人、中央班に所属する影下一平、東班に所属する芦花詩織あしはなしおり、北班に所属する時任直輝、南班に所属する童子将也が着席している。

 5人は都内で起こった反人間組織『イマゴ』の4件の殺人事件を受けて、それぞれの持つ情報や意見を交換する為に集まっていた。

 会議の進行役を買って出た時任が、通りのいい声で言う。

「それじゃあ、次は童子。昨日、『イマゴ』の情報を韮江光彦に訊く為に、雨瀬を連れて『クストス』に行ったんだって? どうだった?」

 時任が顔を向け、パイプ椅子に腰掛けた童子が口を開く。

「ああ。結果から言うと、めぼしい情報はなんも引き出せへんかった。せやけど、グラウカ同士やったら気が緩んで口を滑らせるかもという雨瀬の発想はよかった。こういったアプローチは、俺らにはできへんことやからな」

 芦花が栗色のボブヘアを揺らして「ええ。その通りね」とうなずき、影下が「結果はどうあれ、雨瀬はよく頑張ったなぁ」と褒めた。

 真伏は険しい表情で、黙って腕を組む。

 町田市のアルバイトが休みの影下は、猫背の姿勢で「しかしねぇ〜」と弱々しい声を漏らした。

「俺もバイト先での収穫はないし、『イマゴ』の捜査は厳しい状況だねぇ」

「そうですね。立川支部が共有ファイルにアップする捜査情報を見ても、どの現場も特に進展はないようですし……」

 芦花が長い睫毛まつげを伏せて言い、時任が「あの『イマゴ』っスからね。そう簡単にはいかないでしょうね」と返す。

 影下は長机の上に顎先を乗せて、ぼそりと呟いた。

「俺は「童子班」の新人たちに、『ミラクルム』の公演を観るまでに『イマゴ』を壊滅すればいいってげきを飛ばしたんだぁ。まだまだ、諦めないぞぉ」

 影下の小さな独り言に、真伏が鋭い視線を上げた。

「……『ミラクルム』? グラウカのパフォーマンス集団のか?」

「あぁ〜。そうですぅ。真伏さんが知ってるなんて、意外ですねぇ。今、『ミラクルム』は立川市の立川ニューアリーナで解散公演をしてるんですけどぉ、「童子班」のみんなはその最終日に観に行くんですよぉ」

 影下が説明すると、時任が「マジっすか!? いいなぁ!」と羨ましがる。

 芦花が「童子君も行くの?」と訊ね、童子が「はい。俺も行きます」と答えた。

「……フン。下らん」

 真伏は苦々しく言って、深くため息を吐く。

 ほどなくして、5人の特別対策官がつどった会議は、目立った情報や成果を得ることなく散会となった。


「……童子さ〜ん」

 インクルシオ東京本部の3階のオフィスで、童子は密やかな声に顔を上げた。

 午前0時を少し回った時刻、整然と並んだデスクの脇のパーテーションから顔を出したのは、私服姿の「童子班」の高校生4人だった。

「お前ら。もう寝たんやなかったんか? どないした?」

「それが、『イマゴ』のことが気になって、なかなか寝付けなくて……。ジュースでも買おうかと思って部屋から出たら、他の3人も同じだったようで……」

 鷹村哲が頭を掻いて言い、塩田渉が「寮の廊下で、みんなと会っちゃいました」と付け加えた。

 童子は椅子を回して、高校生たちに体を向ける。

「気持ちはわかるが、お前らには学校があるやろう。早う寝ぇへんと」

「ごめんなさい。遅くとも、2時には戻りますから……。でも、それまでの間、何かできることはありませんか?」

 最上七葉がうかがうように訊き、雨瀬眞白が「『イマゴ』の事件現場周辺の、防犯カメラ映像の見直しとか……」と控えめに提案する。

「いや。ここ数日は遅うまで仕事しとったし、学生であるお前らの任務時間をこれ以上超過させるわけにはいかへん。わかったら、大人しく寮に戻りや」

 童子が難色を示すと、塩田が「あのぉ」と後ろに回していた右手を出した。

 その手には、コンビニエンスストアのビニール袋が下がっている。

「きっと童子さんはオフィスで仕事をしていると思って、差し入れに飲み物とお菓子を買ってきました。一緒に仕事するつもりでいたから、俺らの分も……」

 そう言って、塩田がパンパンに膨らんだビニール袋をそっと差し出し、童子は「どんだけうてんねん」と思わず笑った。

 そして、一つ息をついて、高校生4人に言う。

「……2時はあかん。許可できるんは、1時までやで」

 その言葉に、高校生たちは表情を明るくして「はい!」と返事をした。


 午前3時。東京都木賊とくさ区。

 繁華街の路地裏に佇むグラウカ限定入店の『BARロサエ』は、スチール製のドアに『CLOSED』のプレートを下げていた。

 しんと静まったホールの客席で、ダークグリーンのジャケットを羽織った真伏が、顔を隠す為のマスクを外して言った。

「……何だって? 計画を中止しないのか?」

 真伏の向かいに座る『イマゴ』のリーダーの穂刈潤が、「うん。そうみたい」と呑気のんきに返事をする。

「真伏君がリークしてくれた情報を樺沢さんに伝えたんだけどさ。樺沢さんはインクルシオNo.1もまとめて殺すって言ってたよ。『ミラクルム』の解散公演に相応ふさわしい獲物だってね」

「何を馬鹿なことを……。童子一人に、全滅させられるのがオチだ」

 前日に行われた特別対策官の会議で、「童子班」の5人が『ミラクルム』の公演に行くことを知った真伏は、穂刈を通じて殺人計画の中止を進言した。

 『ミラクルム』の団長である樺沢慶太からの回答に、ぎりりと唇を噛む。

「うーん。僕は、樺沢さんたちがやられるとは思わないな。グラウカは人間より全ての面で優れている。「童子班」の新人4人はもちろん、童子さんだって非番で武器がない状態なら何もできないさ」

 穂刈が丸メガネの奥の双眸を穏やかに細め、真伏は「……お前たちは、童子を甘く見過ぎている」と警告するように低く言った。

「まぁまぁ。樺沢さんは、腐っても『イマゴ』の幹部の一人なんだ。後は彼を信じて任せよう。……他には、何かあるかい?」

 穂刈が早々に話を切り上げると、真伏はテーブルに身を乗り出した。

「……これまでに何度も言っているが、『イマゴ』の大ボスである“あの人”に会わせてくれ。今回の情報のリークも含め、俺はそれだけの貢献をしている」

 真伏の要望に、穂刈は無言で肩をすくめる。

 真伏は苛立いらだちを抑えきれずに、声を荒げて言い募った。

「……何故、いつまでも聞く耳を持たない!? 俺を心底から仲間だと認めない!? 俺は、戦力面でも情報面でも十分にお前たちの役に立っている! もっと組織の中で重用ちょうようされてもいいはずだ!」

 ガタンと大きな音を立てて、真伏が椅子から立ち上がる。

 穂刈はゆっくりと真伏を見上げ、感情を消した表情で返した。

「君は“人間”だ。それ以外に、理由はないよ」


 午前3時半。

 『BARロサエ』の裏口を出た穂刈は、愛車のミニサイクルを押して帰路につく。

 その背後を、真伏が身を隠して密かにつけていた。

(……こうなったら、実力行使に出るしかない。穂刈を拘束して、口を割らせる)

 黒暗こくあんに包まれた路地で、真伏は衣服の腰に差し込んだサバイバルナイフを握る。

 足先に力を入れ、地面を蹴ろうとした──その時。

「……おやめなさい。それは、勇み足だわ」

「!?」

 突然に後ろから回った手が、真伏の口元を覆い、路地の脇道に引き込んだ。

 驚愕に目を見開いた真伏の耳元に、馴染みのある声が流れ込む。

「どうせ、拷問でもして口を割らせようって魂胆でしょう。だけど、無理よ。きっと、穂刈は死んでも『イマゴ』の重要な情報はバラさないわ」

「……っ!」

 真伏は体を捻って素早く後方に退しりぞき、夜陰やいんの中に立つ人物──『BARロサエ』のオネエのママであるリリーを睨み付けた。

「……どういうつもりだ? リリー?」

 黒の刃の切っ先をぴたりと向け、威嚇するように低く訊く。

 上背のあるすらりとしたスタイルに厚化粧を施したリリーは、あでやかに微笑むと、先ほどとは違う口調で言った。

「まぁ、落ち着けよ。お前に無謀な真似はさせられないんだ。……元インクルシオ対策官としてね」




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