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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:16
119/231

05・二度目の面会

 東京都乙女おとめ区。

 高い塀がぐるりと囲むグラウカ収監施設『クストス』は、反人間組織の構成員や重犯罪者のグラウカを収容する施設である。

 収容者の面会は基本的に一親等の親族のみとなっており、外部からの入館は厳しい制限が設けられていた。

 まもなく午前10時になろうとする時刻、インクルシオ東京本部の南班に所属する特別対策官の童子将也と、新人対策官の雨瀬眞白は、黒のツナギ服姿で『クストス』に訪れた。

 二人は受付窓口の職員に対策官証と面会許可証を提示し、装備した武器を預け、ボディチェックを受けた後に、白を基調とした清潔感のある館内に足を進めた。

 刑務官の案内で面会室の一室に到着すると、童子は雨瀬に向き直った。

「ほな、俺はドアの前の長椅子で待機する。面会時間は20分やからな」

「……は、はい。わかりました」

 以前に「童子班」の5人で訪れた時とは違い、単身でのぞむ面会に、雨瀬は緊張を隠せない様子で返事をする。

 童子は右手を伸ばし、雨瀬の肩に置いて言った。

「雨瀬。あり得へんことではあるが、もし万が一の事態が起こったとしても、俺が必ずお前を守る。せやから、安心して行ってこい」

「……! はいっ!」

 童子の励ましに、雨瀬は表情を引き締めて大きな声で返す。

 刑務官が電子ロックを解除してドアを開き、「お入り下さい」と窓のない簡素な部屋に雨瀬を通した。

 しんと静まり返った部屋は中央がアクリル板で仕切られており、天井には監視カメラが設置されている。

 雨瀬がパイプ椅子を引いて腰掛けると、反対側のドアが開いた。

「やぁやぁ。久しぶりだね。“グラウカ初の対策官”の雨瀬眞白君。君が本当に一人で面会に来てくれるなんて、俺はとても嬉しいよ」

 そう言って、室内に姿を現したのは、『グラウカ至上主義』の思想を広めた思想犯として『クストス』に収監中の韮江光彦であった。

 韮江は前髪を中央で分けたヘアスタイルの、40歳のグラウカである。

 雨瀬は小さく唾を飲み込み、意を決したように顎を上げて言った。

「韮江さん。本日はお時間をいただき、ありがとうございます。早速ですが、ここ最近に都内で起こっている反人間組織『イマゴ』の殺人事件について、少しお話を伺えたらと思います」

「ああ〜。そつのない切り出し方で、いいねぇ。君の指導担当のインクルシオNo.1に教わったのかい? それと、今日は平日だ。学校は開校記念日で休みなの?」

「……いえ、あの。学校はありますが、休んできました。そういう話ではなくて、韮江さんは真偽の程は別として、『イマゴ』はご自身の教え子が作ったと供述されていますよね? 今回の一連の事件の報道を見て、率直にどう思われますか?」

 韮江はパイプ椅子に座るなりニヤニヤと笑い、雨瀬は会話のペースを乱されまいと必死に質問を投げる。

 韮江は足を組んで「そうだねぇー。グラウカとしての正しい『道』を歩んでいると思うよー」と軽く答えると、不意にその目を鋭く光らせた。

「……なぁ。雨瀬君さぁ。君はグラウカ同士で話すことで、俺がうっかりと情報を漏らすのを期待しているのかもしれないけど、そう上手くはいかないよ。俺はそこまで甘くはないし、間抜けでもないと自負している」

「…………」

「せっかくの逢瀬なんだ。互いに無意味な時間を過ごすのはよそう。それより、俺から君に、『グラウカ至上主義』がいかに素晴らしいかを説いてあげるよ。こないだの面会で君に話しかけた時は、No.1にギロリと睨まれたからね。彼が側にいない今がチャンスだ」

「……あ。す、すみません。今回は、これで失礼します」 

 雲行きの怪しい話題が出たところで、雨瀬は席を立った。

 面会を開始してまだ5分も経過していないが、眼前の男から簡単には情報を引き出せないと判断し、足早に小さな部屋を辞する。

 ドアの前に立った時、雨瀬はふと動きを止めて、後ろを振り返った。

「……最後に、一つだけ質問をさせて下さい。韮江さんは、グラウカの“特異体”は実在すると思いますか?」

「……ん?」

 雨瀬が口にした意外なワードに、韮江は片眉を上げる。

「……“特異体”って、都市伝説とかでよく聞くアレかい? 確か、脳下垂体を破壊しても死なないっていう。俺はそういう与太話よたばなしは信じないタイプだけど、もし本当にいたら面白いとは思うよ。案外、君たちのお仲間であるグラウカ研究機関『アルカ』あたりが隠してたりして……なんてね。だけど、何故この話を?」

 韮江は一通りの自己の意見を述べて、不思議そうに訊ねた。

「……いえ。韮江さんを油断させようとして用意した、ただの世間話です。韮江さんの仰る通り、上手くいきませんでしたが……。では、短い時間でしたが、今日はありがとうございました」

 雨瀬は白髪を揺らして、ぺこりと頭を下げる。

 そして、ドアを開け、童子の待つ通路へと戻っていった。


 午後3時。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の1階にある『カフェスペース・憩』で、中央班に所属する特別対策官の影下一平は、バナナジュースをストローで勢いよく啜った。

「あぁー。旨いぃ。童子のお墨付きのミックスジュースと迷いましたが、今日はバイトが忙しかったんで、疲労回復のバナナジュースで正解ですぅ」

 ジップアップパーカーにジーンズ姿の影下が、笑顔で息をつく。

 西班に所属する特別対策官の真伏隼人が、影下の向かいで呆れたように言った。

「……フン。お前に必要なのは、疲労回復の栄養より睡眠だろう」

「それ、よく言われますぅ。ていうかぁ、真伏さんが俺をお茶に誘ってくれるなんて、珍しいですよねぇ。どうしたんですかぁ?」

 影下が目の下のくまを掻いて訊ね、真伏が視線を上げる。

「……『イマゴ』の情報収集の方は、どうなっている?」

「ああ〜。その件ですねぇ〜。今のところ、バイト先での収穫はなしですぅ。俺、町田のスーパーでレジ担当をしているんですが、お客さんや他の従業員にそれとなく事件の話題を振っても、めぼしい情報は出ないですねぇ」

 影下が声を潜めて答えると、真伏は「わかった」と言って席を立った。

 影下はバナナジュースの残りを啜り、「あのぉ。真伏さん」と呼び止める。

「真伏さんは、俺によく『イマゴ』のことを訊きますよねぇ? 他の反人間組織よりも、特に関心があるみたいに……」

「当たり前だ。『イマゴ』はキルリストの最上位に載る反人間組織だ。現在も、都内で何件もの殺人事件を起こしている。『イマゴ』の壊滅はインクルシオの最重要課題であり、何を置いてでも優先すべき事項だ。……違うか?」

 真伏が厳しい口調で返すと、影下は「その通りですぅ〜」と肩をすくめた。

 真伏はくるりときびすを返し、そのまま程よく混み合う店内を出ていく。

 二人の特別対策官が離れる姿を、店の厨房の影から、丸メガネの奥の双眸がじっと見つめていた。


 午後9時。

 インクルシオ東京本部の隣に建つインクルシオ寮の1階で、南班に所属する「童子班」の高校生4人は、休憩スペースのソファに座っていた。

 童子は夕食後に個人トレーニングに出ており、鷹村哲、塩田渉、最上七葉の3人は、雨瀬から『クストス』での面会の詳細を聞いた。

「やっぱり、韮江光彦は一筋縄ではいかないな」

「俺らが会った時も、食えない男って印象だったもんなぁー」

 私服姿の鷹村と塩田が、日報を書く為に持参したタブレットPCを持って言う。

「……僕がもっと上手く話をしていれば、結果は違ったのかも……」

「いいえ。ああいう相手は、誰がのぞんでも同じよ。雨瀬はよくやったわ」

 雨瀬が目を伏せてうつむき、最上が首を振って労った。

 すると、休憩スペースの壁際に設置されたテレビから、賑やかな声が聞こえた。

 夜のニュース番組のエンターテインメントコーナーに、パフォーマンス集団『ミラクルム』が出演し、色違いのピエロメイクを施した団員たちが解散公演のインタビューを受けている。

 高校生たちはテレビに顔を向け、しばらく画面を見やった。

「……俺らの他にも、『ミラクルム』の公演を楽しみにしている人は多くいる。全ての人が笑顔で公演を観られるように、まずは日々の任務をしっかりとこなそう」

 鷹村が静かに言い、他の3人がうなずく。

 テレビのインタビューが明るく盛り上がる中、「童子班」の高校生たちは、手元のタブレットPCに視線を落とした。




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