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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:16
116/239

02・ミーティングと計画

 午後6時半。東京都月白げっぱく区。

 インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の5人は、この日の巡回任務を終えた後、本部の1階にある『カフェスペース・憩』に立ち寄った。

 注文カウンターでそれぞれに飲み物をオーダーし、窓際のテーブルにつく。

 黒のツナギ服を纏い、武器を装備した対策官たちは、やや重苦しい雰囲気で口を開いた。

「……昨日の立川の事件、どうなったかな?」

 ホットレモネードのグラスを持った塩田渉が、声を潜めて言う。

 鷹村哲が黒糖ラテを一口啜り、窓の外を見やって返した。

「まだ捜査は始まったばかりだからな。思わしい進展はないだろ」

 鷹村の向かいに座る最上七葉が、ロイヤルミルクティーを飲んで息をつく。

「昨日、こっちに来ていた兼田さんと上尾さんは、緊急連絡を見て急いで戻っていったわね。お二方共、非番だったのに」

「あの『イマゴ』の殺人事件だ。無理もない……」

 雨瀬眞白が手にしたほうじ茶ラテに視線を落とし、特別対策官の童子将也がホットコーヒーのカップをテーブルに置いて言った。

「今頃、立川支部の対策官は懸命に捜査をしとるやろう。どないな小さなことでも、『イマゴ』に繋がる何らかの手がかりを掴めればええんやけどな」

 童子の言葉に、高校生の新人対策官たちがうなずく。

 そこに、『カフェスペース・憩』のアルバイト従業員である穂刈潤ほかりじゅんが、ひょっこりと顔を出した。

「みなさん。こんばんは。何だか、難しい顔をしていますね」

「あ! 穂刈さん! こんばんは!」

 塩田が挨拶を返し、他の4人が「こんばんは」と会釈をする。 

 店のロゴ入りのエプロンを腰に巻いた穂刈は、丸メガネの奥の双眸を向けて、心配そうに訊ねた。

「もしかして、昨日に起きた『イマゴ』の事件が原因ですか? テレビやインターネットのニュースで、大きく報道されていますよね」

「そうなんスよー。立川の事件だから俺らの管轄とは違うんスけど、やっぱり気になって。それに、何と言っても『イマゴ』はインクルシオのキ……ウブブッ!」

 穂刈の問いに答えようとした塩田の口を、童子が片手を回してふさぐ。

 童子はジタバタともがく塩田を押さえて、穂刈に目をやった。

「すみません。事件や捜査に関することは、詳しくは話せへんので」

「ああー。そうですよね。僕こそ、つい気軽に訊いてしまって……すみません」

 穂刈が緩やかなウェーブのかかった黒髪を掻いて謝り、童子が「いえ」と言って塩田を解放する。

 その時、小さな電子音が鳴った。

 童子はツナギ服の尻ポケットからスマホを取り出し、画面をタップする。

 着信した一件のメールは東京本部在籍の特別対策官宛てとなっており、その内容を読んだ目がわずかに見開いた。

 そこには、八王子市にあるラーメン店の裏に置かれたポリバケツから発見された男性の遺体──反人間組織『イマゴ』による、2日連続となる殺人事件の速報が記されていた。


 まもなく午後7時になろうとする時刻、インクルシオ東京本部の7階にある執務室で、本部長の那智明は電話機を睨むように言った。

「八王子の現場には、何人の対策官が行っている?」

『とりあえず、15人ですね。現場の周辺地域を巡回中の対策官も順次到着しているので、最終的には30人ほどになりますよ』

 インクルシオ立川支部の支部長である曽我部保そがべたもつが、通話の向こうで回答する。

 那智はストライプ柄のネクタイを指で緩めると、「そうか」と一言呟いた。

「『イマゴ』は世間的にも注目度の高い反人間組織だ。立川の事件があったばかりで大変だろうが、捜査の進捗具合はこちらにも逐一報告してくれ」

『ええ。わかりました。じゃあ、また連絡します』

 那智の指示を請け負い、曽我部は通話を切った。

 間髪入れずに、電話機の内線を示すランプが点滅する。

 那智がプラスチックのボタンを押すと、総務部の広報担当が早口に言った。

『那智本部長。お疲れ様です。早速ですが、立川市と八王子市で起こった『イマゴ』の殺人事件について、マスコミの対応は……』

「ああ。その件は、そっちで打ち合わせをしよう。すぐに行く」

 そう返して、那智はオフィスチェアから立ち上がる。

 緩めたネクタイを再び締め直し、短く息を吐いて、執務室を後にした。


 午前0時。東京都木賊とくさ区。

 繁華街の路地裏にひっそりと佇むグラウカ限定入店の『BARロサエ』は、スチール製のドアに『本日休業』のプレートを下げていた。

 厚手の遮光カーテンを閉めた2階のビップルームには、反人間組織『イマゴ』のリーダーの穂刈、右腕であるいぬいエイジ、店のママのリリーがつどっている。

 ソファセットのテーブルに置いた一台のノートパソコンを見やって、穂刈が言った。

「さて。みんな揃ったね。それじゃあ、ミーティングを始めようか」

 モニターの中で5つに区切られた画面から、5人の人物が『オーケー』『うーす』と声を発して反応する。

 『イマゴ』は全国に100人を超える構成員をようしており、各地に潜む構成員たちを束ねる5人の幹部がいた。

 5人はいずれも強固な『グラウカ至上主義』の思想の持ち主であり、“この世からの人間の排除”を崇高な目標として、『イマゴ』の活動に邁進まいしんしていた。

「まずは、うちの大ボスである“あの人”からの要望の件だ。人間たちを殺すついでに、グラウカの“特異体”探しにも力を入れて欲しい」

 穂刈が両手の指を組んで言うと、幹部の一人が『あー。それねぇ』と冷めた口調で返した。

『いやさぁ。リーダーの命令とあれば、同族殺しでも何でもやるけどさ。だけど、いい加減、大ボスの“あの人”が誰なのかを教えてくれてもいいんじゃねぇ?』

「……ダメだ。“あの人”の正体を知るのは、僕とエイジだけという約束だ。『イマゴ』の活動を円滑に進める為にも、“あの人”の信頼を裏切ることはできない。悪いけど、理解してくれ」

 穂刈は温和な表情をたたえながらもきっぱりと断り、発言をした幹部が『ちぇー。わかったよ』と引き下がる。

 他の4人に異論はなく、モニター越しのミーティングは次の話題に移った。

「次は、『ミラクルム』の殺人計画について。これは、樺沢さんから」

 穂刈が目を向けた人物──パフォーマンス集団『ミラクルム』の団長である樺沢慶太かばさわけいたが、『おー!』と陽気な声をあげる。

 『ミラクルム』は27歳の樺沢を始めとした団員21人の全員がグラウカであり、また『イマゴ』の構成員でもあった。

 紫色のピエロメイクを施した樺沢が、同色のアフロヘアを揺らして言った。

『えー。ここにいるみんなも知っての通り、俺ら『ミラクルム』は、今回の立川公演を最後に解散する。解散の理由は、「公演の最終日にハコごと観客を殺して、そのまま忽然こつぜんと姿を消したら面白いんじゃないか?」と考えたからだ。まぁ、このやり方じゃ、人間だけではなくうっかりグラウカも含まれる可能性があるが、“あの人”の要望も満たせるし、結果オーライということで』

 樺沢の説明に、穂刈が「うん。いい計画だね」と微笑む。

 オネエのママであるリリーが、長い付け睫毛まつげしばたかせた。

「樺沢君たちは、すでに立川と八王子ではっちゃけちゃってるわね。“遊ぶ”のはいいけれど、くれぐれもインクルシオの捜査には気を付けてね」

『ああ。わかったよ。だが、最終日の計画が楽しみで、血がたぎってしまってな。まだまだ殺し足りないくらいだ』

 樺沢が朗らかに返し、リリーは「もう。やんちゃな子ね」と苦笑する。

 短髪をくすんだシルバーブルーに染め、裾の長い上着を羽織った乾が、おもむろに足を組んで言った。

「『ミラクルム』の最終公演日は11月10日だったな。俺は人混みは嫌いだから観に行かないけど、最後のパフォーマンスだ。会場を真っ赤に染め上げるくらい、派手に鏖殺おうさつしてくれ」

 乾が口端を上げ、樺沢が『おう! 任せろ!』と威勢よく応じる。

 他の幹部たちが『期待してるぜ!』『やってやれ!』とはやし立てる中、穂刈は満足げに目を細めて、短いミーティングの終了を告げた。




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