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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:15
114/239

11・才能の意味

 午前9時。栃木県日光市。

 秋の行楽客で賑わう鬼怒川温泉で開催された強化合宿は11日目を迎えた。

 昨日、反人間組織『デウス』の潜伏が発覚し、一部の対策官が突入した廃業済みの旅館の門には、立ち入り禁止を示す標識テープが張られていた。

 その内側で、栃木県を管轄するインクルシオさいたま支部の対策官が慌ただしく行き来する。

 この日の強化合宿のトレーニングは急遽中止となっており、黒のジャージを着た参加者たちは、早朝から事後処理の手伝いを行っていた。

 インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の高校生4人は、交戦の跡の残るロビーで、床に倒れたソファやテーブルを元に戻す。

 すると、同じくロビーで清掃作業をしている東班の藤丸遼と湯本広大の姿が目に入った。

 高校生たちは互いの顔を見合わせてうなずき、窓際にいる二人に近付く。

「……藤丸。湯本」

「あ?」

 鷹村哲が声をかけると、ゴミ袋を持った藤丸と湯本が振り向いた。

「昨日は、俺らのスマホのGPSを追って、この旅館まで駆け付けてくれてありがとうな。かなり危ない状況だったけど、お前らの加勢のおかげで助かったよ」

 鷹村が礼を言い、雨瀬眞白、塩田渉、最上七葉が「ありがとう」と続く。

 藤丸は大仰に顔をしかめて、そっけのない態度で返した。

「……別に、礼なんかいらねぇよ。気持ち悪ぃな」

「いいえ。二人には、本当に感謝しているのよ」

 最上が真摯な表情で言い、藤丸は「……チッ」と低く舌打ちをする。

 雨瀬が視線を下げて、遠慮がちに口を開いた。

「……藤丸君と湯本君は、僕らと速水特別対策官のことを童子さんに知らせてくれた。お礼を言われるのは鬱陶うっとうしいかもしれないけど、それも、ありがとう」

「……うるせぇな。速水特別対策官がお前らに荷物を持たせたり、わざと攻撃を当てたりしたから、変だと思って童子さんに報告しただけだ。“いい人”になったつもりはねぇから、勘違いすんな」

 そう言って、藤丸は乱暴な手つきでゴミ袋の口を縛る。

 塩田が「照れちゃってー」とからかうと、藤丸は「黙れ。塩田」とぎろりと睨み、「湯本。ゴミを捨てに行くぞ」と告げてきびすを返した。

 そのまま、藤丸と湯本は緋色の絨毯の上をすたすたと歩いていく。

 「童子班」の高校生たちは小さく微笑んで、二人の背中を見送った。


 午前10時。

 美しい日本庭園を望む旅館の一室で、インクルシオ名古屋支部に所属する特別対策官の速水至恩は、左頬に貼った冷却タイプの湿布を忌々しく撫でた。

 窓際に置かれたテーブルセットの椅子に腰掛けた速水の前には、同じく名古屋支部の綱倉佑士が、緑茶の湯呑みを片手に座っている。

 綱倉は湯気の立つ緑茶を啜って、一つ息を吐いた。

「今日のトレーニングは、中止になってよかったな。最終日の明日は帰るだけだし、一日冷やしていれば頰の腫れは引くだろう」

「……フン。童子さんは、思い切り殴ってくれたよ。俺の端正な顔が台無しだ」

 速水は窓の外に目をやり、唇をへの字に曲げる。

 綱倉は手にした湯呑みをテーブルに置き、声のトーンを落として言った。

「……至恩。昨夜の『デウス』との交戦では、お前の行き過ぎた言動が多々あった。結果的には事なきを得たからよかったものの、もし「童子班」の4人に何かあったら、大きな責任を問われただろう。今回の件を機に、お前は特別対策官としての自分の立場と考え方を、じっくりと見つめ直すべきだ」

「いやぁ。てゆーかぁ。俺、別に対策官を辞めたっていいですしぃ」

 速水が不貞腐ふてくされた口調で返すと、綱倉はテーブルを両手で強く叩いた。

「──至恩っ!!! いい加減にしろっ!!!」

「!」

 滅多に声を荒げることのない綱倉の剣幕に、速水は肩を揺らして驚く。

 綱倉は怒りに顔を紅潮させ、大きく身を乗り出して叫んだ。

「俺は、ずっとお前が羨ましかった! お前の持つ戦闘の才能は、俺みたいな凡人がどれだけ努力をしても得られない物だ! お前はその才能で、これまでに数え切れないほどの人と仲間の命を救ってきた! 別所支部長だって、お前を認めているからこそ厳しく接するんだ! 他人をねたんだりおとしめたりする為に、お前の才能はあるんじゃない! 自分に与えられた“天賦の才”の意味を、よく考えろ!」

 一気にまくし立てた綱倉は、ぜぇぜぇと激しく息を上げる。

 速水が身じろぎもせずに呆然としていると、綱倉は「……怒鳴って、すまん」とバツの悪い表情を浮かべて椅子に座り直した。

「……お前は、高1で『鳴神冬真の後を継ぐ男』と言われ、周囲からちやほやされてきた。人は一度高い名声を得ると、もっともっとと欲深くなるものだ。だが、他人の評価は放っておいても後からついてくる。お前は十分に強いんだから、周りの声なんか気にせずに、ただ前進してくれ」

 綱倉の実直な声が、二人きりの部屋に響く。

 速水は数瞬の沈黙の後、湿布の表面を人差し指で掻いて言った。

「……だったら、せめて綱倉さんは持ち上げてくれませんかね? 俺、厳しくされるよりも、褒められて伸びる性格なんで」

 速水の無遠慮な要求に、綱倉は思わず吹き出す。

 ふと室内を包み込む空気が和らぎ、綱倉は満面の笑みで応えた。

「……いいぞ。それくらいでお前のやる気が出るのなら、お安いもんだ」


 正午。

 インクルシオ東京本部の南班に所属する特別対策官の童子将也は、スマホの通話を終えて、背後にかかった声に振り返った。

「童子さん! もう東京に戻っちゃうんですか!?」

 黄色の標識テープをくぐった「童子班」の高校生4人が、道路脇に停めたジープの前に立つ童子に駆け寄る。

 童子は黒のツナギ服の尻ポケットにスマホをしまって、目の前に並んだ高校生たちに言った。

「ああ。ゆうべはこっちに泊まったけど、事後処理が一段落ついたからな」

「でも、昼メシは俺らと一緒に食べるっスよね?」

「いや。本来なら今日は東京で任務やから、急いで戻るわ。大貫チーフは休んでもええて言うてくれたけど、その言葉に甘えるのもな」

 塩田の質問に童子が返し、高校生たちは揃って落胆する。

 しょんぼりとした表情の4人を見やって、童子は不意に改まった声で言った。

「……お前ら。今回は、俺のことが原因で嫌な思いをさせてしもて、ほんまにすまんかったな」

「……え? い、いや、それは童子さんのせいじゃないですから!」

 鷹村が慌てて否定し、他の3人が「そ、そうですよ!」と声をあげる。

 童子は「ありがとな」と小さく言って、言葉を続けた。

「せやけど、これからは何かあったら我慢せずに言うてくれ。それが楽しいことでも辛いことでも、俺はお前らと共有したいんや」

「……!」

 童子のねがいに、高校生たちはにわかに感極まる。

 鷹村と最上が「は、はい……!」と返事をし、塩田がずずっと鼻を啜り、雨瀬がそっと目を伏せた。

「……よ、よーし! それじゃあ、俺らも昼メシを食ったら自主トレしようぜ! 童子さん! 東京に戻ったら、強化合宿でパワーアップした“ニュー俺ら”を披露しますからね! 期待してて下さい!」

「おう。戦闘訓練でお前らと手合わせするんを、楽しみにしとるわ」

 塩田が両手を上げて威勢よく言い、童子が穏やかに笑って返す。

 鷹村が「塩田。ハードルを上げ過ぎんなよ」と苦笑し、最上が「大丈夫。きっと前よりも強くなっているわ」と力強く言い、雨瀬が「……うん。童子さんを相手に、どこまでやれるか挑戦だ」と白髪を揺らしてうなずいた。

 ほどなくして、ジープのエンジン音が長閑のどかな温泉地に響き、無骨なタイヤが公道に滑り出す。

 晴天の空にほのかな湯けむりが立ち上る中で、「童子班」の高校生たちは、いつまでも笑顔で手を振った。




<STORY:15 END>

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