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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:15
110/231

07・心配りと強がり

 栃木県日光市。

 正午を回った時刻、インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の高校生4人は、強化合宿の為に貸し切りとなった旅館の食堂で昼食をとっていた。

 この日の午前中、インクルシオ大阪支部に所属する特別対策官の疋田進之介が帰路につき、4人は寂しい気持ちを振り払うようにトレーニングに集中した。

 黒のジャージ姿の高校生たちが昼食の膳をきれいに平らげると、食堂の一角に設置されたテレビから、ニュース番組の音声が聴こえた。

『……昨夜未明、日光市のバーベキュー場の公衆トイレで、頭部を潰された3人の男性の遺体が発見されました。3人は同じ市内に住む会社の同僚で……』

 控えめな音量で流れる事件の報道に、鷹村哲が眉根を寄せる。

「……また殺人事件か。こないだの山林の事件と同じ殺し方だな」

 塩田渉が膳に箸を置き、後方のテレビを振り返った。

「犯人は、ほぼ間違いなくグラウカだよな。それが個人による快楽殺人なのか、はたまた反人間組織が関係しているのか……。捜査の方は、どうなってんのかな?」

 塩田の言葉に、最上七葉と雨瀬眞白が「うーん……」とうなる。

 「童子班」の高校生たちと同じテーブルにつく名古屋支部の綱倉佑士が、緑茶の入った湯呑みを持ち上げた。

「もちろん、地元の警察は懸命に動いているだろうな。それに、グラウカの犯行の可能性がある時点で、インクルシオも捜査に入っているはずだ。だが、栃木県はインクルシオの拠点がなく、さいたま支部の管轄となる。派遣できる人員の数や距離の問題で、思うように捜査が進んでいないのかもしれないな」

 そう言って、綱倉が緑茶を啜り、高校生たちが「そっか……」と納得する。

 強化合宿のサポート役を務める綱倉は、腕時計にちらりと目を落とした。

「……さてと。そろそろ、昼休憩は終わりだな。午後は筋力トレーニングを中心としたメニューだ。神社の階段ダッシュもあるから、気合いを入れて頑張れよ」

 湯呑みを置いた綱倉が、膳の脇にあるストップウオッチとプラスチックボードを手に取る。

 高校生4人は「はい!」と返事をすると、一斉に椅子から立ち上がった。


 午後4時。

「はーい! 今日のトレーニングは終了です! みなさん、お疲れ様でしたー!」

「あざっしたぁぁー!!!」

 インクルシオ名古屋支部に所属する特別対策官の速水至恩の声が、淡いオレンジ色に染まる神社の境内に響く。

 強化合宿に参加する70人の対策官は、わずかに残った体力で声を振り絞ると、ランニングで旅館に戻る為にそれぞれ階段を降り始めた。

「……あぁ〜。今日も疲れたぁ〜。体が超重てぇ〜」

「……筋トレの最後に階段ダッシュは、さすがにキツ過ぎる……」

 塩田が疲労困憊で言い、鷹村がよろよろと歩く。

 最上が「あとは、旅館までの3キロのランニングだけよ。頑張りましょう」と額の汗を拭い、雨瀬が「もうひと踏ん張りだ」と小さく息を吐いた。

 そこに、速水が「あー。ちょっと、君たち」と4人に声をかけた。

 「童子班」の高校生たちが階段の手前で立ち止まると、速水は地面に置いた2つのスポーツバッグを指差して言った。

「これさー。さっきの筋トレで使ったウェイトが入ってんだけど、綱倉さんが車に積み忘れたみたいなんだ。だから、君たちが旅館まで持って帰ってよ」

「え……? 僕らがですか……?」

 速水の思わぬ指示に、4人は困惑の表情を浮かべる。

 速水は「ああ。君たちは若いから、体力が余ってるだろ?」と薄く笑い、「じゃあ、頼んだよ」と身をひるがえして階段を降りていった。

 速水の背中を見送った塩田が、低い声で言う。

「……疋田さんがいる間は何もなかったけど、いなくなった途端にこれかよ。速水特別対策官て、マジで性格が悪いな」

「………………」

 夕暮れの境内で、高校生たちはしばし沈黙する。

 やがて、鷹村が腰をかがめて言った。

「……行こう。二人で一つのバッグを持てば、少しは負担が減る」

 雨瀬、塩田、最上が「うん」とうなずき、高校生たちはずしりと重みのあるスポーツバッグの持ち手を握った。


 午後10時。

 ライトアップされた日本庭園を望むロビーで、「童子班」の高校生4人は疲れきった体をソファに投げ出した。

 カーキ色のパーカーを着た塩田が、上向うわむいたままで提案する。

「……なぁ。童子さんに電話しねぇ? 寝る前に、楽しく雑談してぇ」

「……でも、もし任務や個人トレーニングの最中だったら……。いや、童子さんは遠慮しなくてもいいって言ってくれたけど……」

 鷹村が躊躇ちゅうちょするように返し、ジーンズの尻ポケットからごそごそとスマホを取り出した。

 真っ暗な画面を数秒見つめて、「……やっぱ、かけようか」と指を動かす。

 すると、不意に短い電子音が鳴り、一件のメッセージが着信した。

 鷹村は「わっ。驚いた」と肩を揺らし、画面をタップしてメッセージを読む。

 その双眸がみるみるうちに開き、弾かれるように顔を上げて3人に叫んだ。

「──童子さんからだ!! 今、この旅館の駐車場に来てるって!!」


「童子さん!!!」

 宿泊する旅館に隣接した駐車場で、高校生たちは大きく声をあげた。

 黒のジープの前に立った人物──インクルシオ東京本部の南班に所属する特別対策官の童子将也が、「おう。お前ら」と片手を上げる。

 黒のツナギ服を纏い、両腿に2本のサバイバルナイフを装備した童子に、高校生4人は息を切らせて駆け寄った。

「ど、ど、どうしてここに……!? な、な、何かあったんスか……!?」

 塩田がしどろもどろで訊ね、童子が笑って答える。

「いや。別に何もあらへんねんけど、久しぶりにお前らの顔が見たいと思てな。任務が終わってから、そのままこっちに来たんや」

「で、でも、東京からここまで、高速道路を使っても2時間半はかかるのに……」

 塩田が黒のジープに目をやって言い、童子は「大した距離やあらへん」と笑みを深めて、手にしたビニール袋を差し出した。

「ほら。そこのコンビニで肉まん買うてきたで。お前ら、小腹が減っとるやろ?」

「……!」

 熱々の蒸気と食欲をそそる匂いに、高校生たちはぴくりと反応する。

 私服姿の4人は「い、いただきます!」と声を揃えると、勢いよくビニール袋に手を伸ばした。

「……そんで、合宿の方は順調か?」

 夜の静けさに包まれた駐車場で、5人はガードレールに並んで腰掛けた。

 缶コーヒーのプルトップを開けた童子が訊き、肉まんを頬張った高校生たちが「はい。順調です」と口をもごもごとさせて返す。

 童子は「そうか」と言うと、無糖のコーヒーを一口飲んで更に訊ねた。

「何か、困ったことや辛いことはあらへんか?」

「…………」

 童子の質問に、高校生たちの口の動きが一瞬止まる。

 しかし、鷹村が「はい。大丈夫です」と笑みを浮かべ、最上が「ええ。毎日がとても充実しています」と微笑み、塩田が「体はキツいけど、いい合宿っス! な! 雨瀬!」と歯を見せて笑い、雨瀬が「うん」と白髪を揺らしてうなずいた。

 童子は4人の笑顔をしばらく見やり、「……それなら安心や」と小さく言ってガードレールから立ち上がる。

「ほな、俺はそろそろ帰るわ。何かあったら、すぐに言えよ」

「はい! ありがとうございます!」

 高校生たちが礼を言い、童子はジープに歩み寄って運転席に乗り込んだ。

 低いエンジン音が駐車場に響き、黒の車両はあっという間に公道に滑り出て、夜陰やいんの中に消えていく。

 テールランプの光の跡を見つめて、雨瀬が呟くように言った。

「……明日も任務があるのに、童子さんはわざわざ僕らに会いに来てくれた。その温かな心配りだけで、強化合宿の残りの日程も頑張れる」

「ああ。さっきはつい強がっちまったけど、童子さんが俺らのことを気にかけてくれて嬉しかった。また明日から、精一杯トレーニングに打ち込もう」

 鷹村がまっすぐな眼差しで返し、「童子班」の高校生4人は、幸せな余韻に浸って夜の駐車場を後にした。

「………………」

 その様子を、旅館の窓から、速水が冷たい目で見下ろす。

 速水はふいと視線を逸らすと、仄暗ほのぐらい通路の奥に歩き去っていった。




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