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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:15
107/231

04・ニュースとシークレットゲスト

 栃木県日光市。

 配属3年目までのインクルシオ対策官を対象として開催された強化合宿は、5日目の朝を迎えた。

 12日間の日程の合宿は、5日目と10日目に休息日が設けられており、70人の参加者はようやく疲労の溜まった身体を休ませることができた。

 午前7時を少し回った時刻、インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の高校生4人は、宿泊する旅館の食堂で朝食をとった。

 塩田渉が脂の乗った焼き鮭を頬張り、鷹村哲がとろろをかけた麦飯をかき込み、最上七葉が出来たての温泉卵を堪能し、雨瀬眞白が湯気の立つ白粥しらかゆを食べてほっと息をつく。

「なぁ。今日は休息日だけど、どうする?」

 カーキ色のパーカーを着た塩田が、らっきょうの漬物を齧って訊いた。

 鷹村が大盛りの麦飯をきれいに平らげて言う。

「そうだなぁ。せっかく有名な温泉地に来ているんだし、少しくらいは観光を……」

 鷹村はふと途中で言葉を止めると、後ろに顔を向けた。

 鷹村の視線の先を追って、他の3人が同じ方向に目をやる。

 食堂の一角にはテレビが設置されており、控えめな音量でニュース番組が流れていた。

『……昨夜遅く、日光市の山林で、頭部を潰された男性の遺体が発見されました。栃木県内では、この一ヶ月で同様の殺人事件が3件起こっており、遺体の状況から、グラウカによる殺害の可能性が高いと……』

 テレビから聴こえてくるニュースの内容に、「童子班」の高校生たちだけではなく、食堂にいる対策官全員が耳をそばだてる。

 猟奇的な殺人事件の報道はまもなく終わり、画面は天気予報に移り変わった。

「……グラウカによる殺人事件か。この辺も物騒だな」

「一ヶ月の間に複数件起こっているのなら、反人間組織の線も考えられるわね」

 鷹村が顔を前に戻して言い、最上が眼差しを鋭く細める。

 朝食の膳に箸を置いた4人は、そのまましばらく沈黙した。

 やがて、緩めの白のトレーナーを着た雨瀬が口を開く。

「……休息日とは言っても、やはり遊んではいられない。今日は無理をしない程度に、自主トレーニングをしよう」

 雨瀬の提案に、鷹村、塩田、最上はしっかりとうなずいた。


 午前8時。

 びた門が閉ざされた廃業済みの旅館で、反人間組織『デウス』のリーダーの神原十羽は、スマホのネットニュースを見てほくそ笑んだ。

 神原が座るソファの向かいで、No.2の江田春紀が缶コーヒーを啜る。

 神原は33歳、江田は32歳のグラウカであった。

「神原さん。嬉しそうですね。それ、昨日やった殺しのニュースですか?」

 江田が訊き、神原が「ああ」と答える。

「もう少し時間がかかるかと思ったが、今回は発見が早かったな。まぁ、それでも全く問題はない。インクルシオの拠点のない県は、どうしても捜査が手薄になるからな。俺らが東京にいた頃は、対策官共が常に街中にいてウザかったが……」

 神原が苦々しく言い、江田が「確かに」と笑った。

 『デウス』は9年前まで、東京都ゆるし区で活動をしていた。

 しかし、拠点近くのパチンコ店に組織の刻印入りのライターを置き忘れ、それを発見したインクルシオの捜査の手が寸前まで迫り、栃木県に移った。

 その後、神原の母方の祖父母が残した旅館を新拠点とし、『デウス』は北関東エリアを中心に活動してきた。

 神原はソファに背をもたせ、鷹揚おうように足を組んで言った。

「……インクルシオの連中も、まさかこんな温泉地に反人間組織の拠点があるとは思うまい。奴らの捜査や巡回が十分に行き届かない場所で、俺らはのびのびと人間を殺すとしよう」


 午後8時。

 日中に自主トレーニングで汗を流した「童子班」の高校生たちは、旅館に戻って温泉に浸かり、夕食を済ませた。

 1階にある食堂を出てロビーに移動した4人は、ライトアップされた日本庭園を望むソファに座る。

 美しい景色を横目に、塩田がいそいそとスマホを操作してテーブルに置いた。

 スピーカー状態で発信したスマホの画面を、4人は揃って覗き込む。

『おう。お前ら、お疲れさん』

「童子さん!!! お疲れ様です!!!」

 2回目の呼び出し音で電話に出た相手──インクルシオ東京本部の南班に所属する特別対策官の童子将也の声に、高校生たちはぱっと表情を輝かせた。

「童子さーん! なんで、今まで一度も電話をくれなかったんですかー! 強化合宿が始まってから、メッセージのやりとりだけで寂しかったっスよー!」

 童子との5日ぶりの会話に、塩田が頰を膨らませて訴える。

 童子は『すまん、すまん』と電話の向こうで笑った。

『毎日のトレーニングで、お前らが疲れとるやろうと思てな。ちょっと、気ぃつこてしもたわ』

「そんなの、全然気にしなくていいのにぃー!」

 塩田が大仰に唇を尖らせ、隣に座る鷹村が苦笑して言う。

「俺らも、何度か童子さんに電話をかけようとしたんですよ。だけど、任務や個人トレーニングの最中だったら、邪魔になると思って……」

『そうなんか。それこそ、なんも遠慮する必要はないで。任務中はともかくとして、お前らからの電話やったら、他の何をしとっても出るしな』

 童子が優しい口調で返し、高校生たちは照れたようにはにかんだ。

 童子は『そんで、合宿の方はどうや?』と訊ねた。

「はい。正直、トレーニングはついていくので精一杯です。でも、他の拠点のみなさんと共に鍛錬する機会はないので、それはすごく楽しいです」

「そうね。体力的には厳しいけれど、多くの仲間と一緒だから頑張れるわね」

「俺は、旅館のメシと温泉がサイコーっす! トレーニングは泣けるほどキツイっすー!」

「みんなの言う通り、毎日のトレーニングはかなりハードです。だけど、それを乗り越えた分、きっと大きく成長できると思います」

 童子の質問に、鷹村、最上、塩田、雨瀬が順に答える。

 童子が『そうか。4人共、頑張っとるな』と穏やかに言うと、塩田が「あっ!」と素っ頓狂な声をあげた。

「そうだ! 童子さん! 明日、いよいよシークレットゲストの特別対策官が来るんスよ! それが誰なのか、もう教えてくれてもいいっスよね!?」

『……おっと。そろそろ、寝る時間やな』

 童子がわざと誤魔化し、塩田が「まだ8時っスよー!」とすかさず突っ込む。

 他の3人が可笑しそうに笑い、ロビーの一角は明るく賑わった。

 すると、「童子班」の高校生たちが座るソファの脇から、ぬっと人影が現れた。

「やぁ。君たち。随分と盛り上がってるね」

「──は、速水特別対策官!」

 びくりと肩を揺らして振り返った4人の目に映ったのは、名古屋支部に所属する特別対策官の速水至恩だった。

 速水はテーブルに置かれたスマホを一瞥し、おもむろに上体をかがめて言う。

「いやぁ! もしかして、電話の相手は童子さんですか? お久しぶりです!」

『……その声は、速水君か? ほんま、久しぶりやな』

 童子が反応し、速水が「はい! 速水です!」と愛想よくうなずく。

 高校生4人がわずかに身構える中、速水は満面の笑みを浮かべて言った。

「今回の強化合宿では、童子さんの教え子たちを指導できて嬉しいです。すでに5日間の日程が済みましたが、4人共、非常に優秀で驚きましたよ。さすが、インクルシオNo.1の童子さんが指導担当についているだけあるなぁ」

『お世辞はやめてや。速水君。うちの新人4人は、こういったトレーニングの場では実力の全てを発揮しずらい面がある。せやけど、何事も一生懸命に頑張る奴らやから、この後も指導をよろしく頼むわ』

 童子の言葉に、速水は「ええ。任せて下さい」と笑顔で請け負う。

 速水はかがめていた上体を起こし、「……では、俺はこの辺で! お話し中、失礼しました!」と爽やかに告げて、日本庭園を眺めるソファから歩き去っていった。

「………………」

 落ち着いたダウンライトが照らすロビーで、高校生たちはしばし沈黙する。

 童子が『どないした?』と訊ねると、4人は「……い、いえ! なんでもないです!」と慌てて返事をした。

 そして、「童子班」の面々は、再び楽しい会話に興じた。


 翌日。午前8時半。

 ほのかな湯けむりが漂う温泉地の旅館に、一人の人物が到着した。

「よし。思たより早めに着いたな。東京に前泊してよかったわ」

 そう言って、腕時計を見やったのは、鼻にそばかすを散らした柔和な容貌の人物──インクルシオ大阪支部に所属する特別対策官の疋田進之介ひきたしんのすけだった。




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