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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:14
101/239

06・文化祭-2

 午後1時。東京都木賊とくさ区。

 美しく澄み渡る青空の下、文化祭が開催されている木賊とくさ第一高校の体育館で、音楽ユニット『ドゥルケ』のミニライブがスタートした。

 ファッション雑誌等で活躍する読者モデル3人のユニットは、十代の若者を中心に人気を博している。

 特にセンターを務める茅入姫己は、男女問わずに多くのファンがついていた。

 アップテンポの曲のイントロが流れ、華やかなステージ衣装で登場した『ドゥルケ』の姿に、体育館につどった観客が大いに盛り上がる。

「姫己ちゃーん!! かわいー!!」

 スポットライトがまばゆく交差する会場で、塩田渉が両手を上げて絶叫し、最上七葉が目をきらきらと輝かせた。

 鷹村哲と雨瀬眞白は、熱気の渦に包まれた周囲を、やや戸惑って見回す。

 一時間ほど前、インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の高校生4人は、1年A組の『バトラー&メイド喫茶』の接客係を交代して、紺色のブレザーに着替えた。

 その後、校内を回っていたインクルシオ対策官たちと合流し、軽めの昼食を済ませて、全員でミニライブの会場にやってきた。

「俺、『ドゥルケ』好きなんだよー。文化祭に来て、よかったー」

「曲もダンスもいいですね。これは、人気があるのもうなずけるなぁ」

 大勢の観客が湧き上がる体育館の後方で、南班に所属する城野高之と、北班に所属する市来匡がステージを見上げながら話す。

 南班に所属する薮内士郎、北班に所属する特別対策官の時任直輝、東班に所属する特別対策官の芦花詩織は、ポップなリズムに乗って体を揺らした。

 塩田がくるりと後ろに顔を向けて、笑顔で言う。

「童子さーん! サビの振り付け、一緒にやりましょうー!」

「おお。ええで。どうやるんや?」

 南班に所属する特別対策官の童子将也が応じ、塩田が「それじゃあ、俺の振り付けを見ていて下さいね!」と曲に合わせて見本を示した。

「せーの! 手でハートを作ってー! ハートを頭上に持ってきてー! 左右に大きく3回振ってー! 最後に、ぴょんとジャンプ!」

 塩田の軽快なダンスに、童子が「よっしゃ。こうやな」と腕を出してならう。

 それを横で見ていた薮内、城野、芦花、時任、市来が揃って続き、対策官たちは一糸乱れぬ動きで、ステージ上の『ドゥルケ』のダンスとシンクロした。

「……本当に、うちの先輩たちはノリがいいな」

 鷹村が腰に手を当てて苦笑する。

 最上が「ふふ。まったくだわ」と微笑み、雨瀬が「たまには、こういうのもいいと思う」と白髪を揺らしてうなずいた。

 やがて、『ドゥルケ』の45分間のミニライブは、大盛況の中で幕を閉じた。

 明るく賑わう文化祭は、クラスと部活動の出し物の他に、校舎のあちこちで有志によるマジックショー、漫才トーナメント、カラオケバトル等の企画が行われている。

 体育館を出た対策官たちは、校門で配布されたパンフレットを広げて、三々五々(さんさんごご)に興味のある場所に散っていった。


 午後2時半。

 『ドゥルケ』のミニライブを終えた茅入姫己は、オーバーサイズのトレーナーに白のスカート姿で、西校舎の3階にある数学準備室に訪れた。

「……姫己。よく来てくれたね。さっきのミニライブ、すごくよかったよ」

 木賊とくさ第一高校の数学教師であり、1年A組のクラス担任でもある鴨田潮が、笑みを浮かべて室内に迎える。

 茅入は顔を隠す為のバケットハットとマスクを外すと、唇を尖らせて言った。

「あのね。先生。今日は、ユニットの子たちや事務所のマネージャーと一緒なの。あまり自由に動けないんだから、急に会いたいって連絡をされても困るのよ」

「ごめん。でも、どうしても、姫己に話したいことがあってさ」

 鴨田が手を合わせて謝り、茅入は「何?」と不機嫌な声で訊いた。

 屋内用のサンダルを履いた鴨田が、不意に真剣な表情で言う。

「あのさ。俺たち、本当に付き合わないか?」

「……その話は、前に断ったよね? 今は読モの仕事と学校で忙しいって。それに、『ドゥルケ』の音楽活動もあるんだから、恋愛をしている暇はないわ」

「わかってる。だけど、もう一度考えて欲しいんだ」

「何度考えても同じよ。それ以上しつこく言うなら、今後は先生とは会わないわ」

 茅入のきっぱりとした言葉に、鴨田は頭髪をガリガリと掻きむしった。

「……そうか……。これだけは言いたくなかったが……。姫己と付き合えないなら、マスコミに援交の事実をバラす。それでもいいのか?」

「そんなことをしたら、先生だって教師をクビになるよ?」

 茅入が幼さの残る双眸で睨むと、鴨田は「構わない」と即答して睨み返す。

 二人の間に数瞬の沈黙が流れ、茅入は一つため息をついて、「……仕方がないわね」と小さく笑った。

「……私の負けよ。正直、先生にそこまでの覚悟があるとは思わなかったわ」

 そう言って、茅入は鴨田に一歩近付いた。

 華奢な手がゆっくりと伸び、鴨田は思わずその手を取って抱き締める。

「姫己……。おどすような真似をしてすまない。これも君を深く愛するがゆえだと、許して欲しい」

「うん。いいよ。そろそろ、殺そうと思っていたから」

「え?」

 茅入が甘くささやき、鴨田が目を丸くして訊き返す。

 その直後、鴨田の背中に回った手に力が込められ、背骨の砕ける鈍い音が、カーテンを閉め切った数学準備室に響き渡った。


 同刻。

 『お化け屋敷』のポスターが貼られた1年C組の前に来た「童子班」の面々は、黒幕の垂れ下がった入り口に進もうとした。

 すると、5人の背後から低い声がかかった。

「……何だよ。お前ら、来たのかよ」

「お! 藤丸! 湯本! お疲れー!」

 その声に高校生4人が振り返り、塩田が元気よく声をあげる。

 リノリウムの廊下にしかめ面で立っていたのは、東班に所属する藤丸遼ふじまるりょうと、同じく東班の湯本広大ゆもとこうだいだった。

「あれ? 二人共、もうゾンビ役は交代したのか?」

 紺色のブレザーを着た二人を見て、鷹村が訊ねる。

 藤丸が「ああ。とっくにな」とぶっきら棒に答え、塩田が「えー。藤丸たちのゾンビ姿、見たかったなー」と残念そうに言った。

「俺は、午前中に見たで。二人共、血みどろのメイクで迫力満点やったわ」

「……童子さん。お世辞はやめて下さい。うちのクラスに来てくれたインクルシオの先輩方の中で、貴方だけはぴくりとも驚いてなかったじゃないですか」

 童子の褒め言葉に、藤丸がうらめしげな表情で返す。 

 湯本が「そうそう。終始、にこやかな笑顔でしたよ」と首を縦に振り、童子は「いやいや。内心ではちゃんと驚いとったで」と笑った。

「よーし! んじゃー、俺らも『お化け屋敷』を堪能しようぜ!」

「童子さんは2回目ですけど、一緒に付き合ってもらってもいいですか?」

 塩田が足を踏み出し、鷹村が顔を上げて訊く。

 童子が「もちろん、ええで」と快く了承し、雨瀬と最上が「ちょっとドキドキしてきた……」と胸に手を当てた──その時。

 血相を変えた一人の男性教員が、階段を転がり落ちるように走ってきた。

「ああああぁぁぁぁ!!!! た、大変だぁぁぁぁ!!!!」

 その激しく動転した様子に、対策官たちが一斉に反応する。

 茶色のジャケットにグレーのスラックスを履いた教員は、階段を下りきった場所で息を上げて止まり、そこに童子が駆け寄って素早く対策官証を出した。

「インクルシオです。どないされましたか?」

「……! ぼ、僕は、この高校の数学教師の一人なんですが……! 忘れ物を取りに数学準備室に入ったら……、か、鴨田先生が……死んで……!」

「──!!!!!」

 教員が掠れた声で告げた内容に、童子の後ろにいた高校生たちが驚愕する。

 額に脂汗を浮かべた教員は、荒く息をつきながら、更なる事実を口にした。

「……そ、それと……! か、鴨田先生の死体が横たわった床に、キ、『キルクルス』という文字が書かれていました……!」




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