06・文化祭-2
午後1時。東京都木賊区。
美しく澄み渡る青空の下、文化祭が開催されている木賊第一高校の体育館で、音楽ユニット『ドゥルケ』のミニライブがスタートした。
ファッション雑誌等で活躍する読者モデル3人のユニットは、十代の若者を中心に人気を博している。
特にセンターを務める茅入姫己は、男女問わずに多くのファンがついていた。
アップテンポの曲のイントロが流れ、華やかなステージ衣装で登場した『ドゥルケ』の姿に、体育館に集った観客が大いに盛り上がる。
「姫己ちゃーん!! かわいー!!」
スポットライトが眩く交差する会場で、塩田渉が両手を上げて絶叫し、最上七葉が目をきらきらと輝かせた。
鷹村哲と雨瀬眞白は、熱気の渦に包まれた周囲を、やや戸惑って見回す。
一時間ほど前、インクルシオ東京本部の南班に所属する「童子班」の高校生4人は、1年A組の『バトラー&メイド喫茶』の接客係を交代して、紺色のブレザーに着替えた。
その後、校内を回っていたインクルシオ対策官たちと合流し、軽めの昼食を済ませて、全員でミニライブの会場にやってきた。
「俺、『ドゥルケ』好きなんだよー。文化祭に来て、よかったー」
「曲もダンスもいいですね。これは、人気があるのもうなずけるなぁ」
大勢の観客が湧き上がる体育館の後方で、南班に所属する城野高之と、北班に所属する市来匡がステージを見上げながら話す。
南班に所属する薮内士郎、北班に所属する特別対策官の時任直輝、東班に所属する特別対策官の芦花詩織は、ポップなリズムに乗って体を揺らした。
塩田がくるりと後ろに顔を向けて、笑顔で言う。
「童子さーん! サビの振り付け、一緒にやりましょうー!」
「おお。ええで。どうやるんや?」
南班に所属する特別対策官の童子将也が応じ、塩田が「それじゃあ、俺の振り付けを見ていて下さいね!」と曲に合わせて見本を示した。
「せーの! 手でハートを作ってー! ハートを頭上に持ってきてー! 左右に大きく3回振ってー! 最後に、ぴょんとジャンプ!」
塩田の軽快なダンスに、童子が「よっしゃ。こうやな」と腕を出して倣う。
それを横で見ていた薮内、城野、芦花、時任、市来が揃って続き、対策官たちは一糸乱れぬ動きで、ステージ上の『ドゥルケ』のダンスとシンクロした。
「……本当に、うちの先輩たちはノリがいいな」
鷹村が腰に手を当てて苦笑する。
最上が「ふふ。まったくだわ」と微笑み、雨瀬が「たまには、こういうのもいいと思う」と白髪を揺らしてうなずいた。
やがて、『ドゥルケ』の45分間のミニライブは、大盛況の中で幕を閉じた。
明るく賑わう文化祭は、クラスと部活動の出し物の他に、校舎のあちこちで有志によるマジックショー、漫才トーナメント、カラオケバトル等の企画が行われている。
体育館を出た対策官たちは、校門で配布されたパンフレットを広げて、三々五々に興味のある場所に散っていった。
午後2時半。
『ドゥルケ』のミニライブを終えた茅入姫己は、オーバーサイズのトレーナーに白のスカート姿で、西校舎の3階にある数学準備室に訪れた。
「……姫己。よく来てくれたね。さっきのミニライブ、すごくよかったよ」
木賊第一高校の数学教師であり、1年A組のクラス担任でもある鴨田潮が、笑みを浮かべて室内に迎える。
茅入は顔を隠す為のバケットハットとマスクを外すと、唇を尖らせて言った。
「あのね。先生。今日は、ユニットの子たちや事務所のマネージャーと一緒なの。あまり自由に動けないんだから、急に会いたいって連絡をされても困るのよ」
「ごめん。でも、どうしても、姫己に話したいことがあってさ」
鴨田が手を合わせて謝り、茅入は「何?」と不機嫌な声で訊いた。
屋内用のサンダルを履いた鴨田が、不意に真剣な表情で言う。
「あのさ。俺たち、本当に付き合わないか?」
「……その話は、前に断ったよね? 今は読モの仕事と学校で忙しいって。それに、『ドゥルケ』の音楽活動もあるんだから、恋愛をしている暇はないわ」
「わかってる。だけど、もう一度考えて欲しいんだ」
「何度考えても同じよ。それ以上しつこく言うなら、今後は先生とは会わないわ」
茅入のきっぱりとした言葉に、鴨田は頭髪をガリガリと掻き毟った。
「……そうか……。これだけは言いたくなかったが……。姫己と付き合えないなら、マスコミに援交の事実をバラす。それでもいいのか?」
「そんなことをしたら、先生だって教師をクビになるよ?」
茅入が幼さの残る双眸で睨むと、鴨田は「構わない」と即答して睨み返す。
二人の間に数瞬の沈黙が流れ、茅入は一つため息をついて、「……仕方がないわね」と小さく笑った。
「……私の負けよ。正直、先生にそこまでの覚悟があるとは思わなかったわ」
そう言って、茅入は鴨田に一歩近付いた。
華奢な手がゆっくりと伸び、鴨田は思わずその手を取って抱き締める。
「姫己……。脅すような真似をしてすまない。これも君を深く愛するが故だと、許して欲しい」
「うん。いいよ。そろそろ、殺そうと思っていたから」
「え?」
茅入が甘く囁き、鴨田が目を丸くして訊き返す。
その直後、鴨田の背中に回った手に力が込められ、背骨の砕ける鈍い音が、カーテンを閉め切った数学準備室に響き渡った。
同刻。
『お化け屋敷』のポスターが貼られた1年C組の前に来た「童子班」の面々は、黒幕の垂れ下がった入り口に進もうとした。
すると、5人の背後から低い声がかかった。
「……何だよ。お前ら、来たのかよ」
「お! 藤丸! 湯本! お疲れー!」
その声に高校生4人が振り返り、塩田が元気よく声をあげる。
リノリウムの廊下に顰め面で立っていたのは、東班に所属する藤丸遼と、同じく東班の湯本広大だった。
「あれ? 二人共、もうゾンビ役は交代したのか?」
紺色のブレザーを着た二人を見て、鷹村が訊ねる。
藤丸が「ああ。とっくにな」とぶっきら棒に答え、塩田が「えー。藤丸たちのゾンビ姿、見たかったなー」と残念そうに言った。
「俺は、午前中に見たで。二人共、血みどろのメイクで迫力満点やったわ」
「……童子さん。お世辞はやめて下さい。うちのクラスに来てくれたインクルシオの先輩方の中で、貴方だけはぴくりとも驚いてなかったじゃないですか」
童子の褒め言葉に、藤丸が恨めしげな表情で返す。
湯本が「そうそう。終始、にこやかな笑顔でしたよ」と首を縦に振り、童子は「いやいや。内心ではちゃんと驚いとったで」と笑った。
「よーし! んじゃー、俺らも『お化け屋敷』を堪能しようぜ!」
「童子さんは2回目ですけど、一緒に付き合ってもらってもいいですか?」
塩田が足を踏み出し、鷹村が顔を上げて訊く。
童子が「もちろん、ええで」と快く了承し、雨瀬と最上が「ちょっとドキドキしてきた……」と胸に手を当てた──その時。
血相を変えた一人の男性教員が、階段を転がり落ちるように走ってきた。
「ああああぁぁぁぁ!!!! た、大変だぁぁぁぁ!!!!」
その激しく動転した様子に、対策官たちが一斉に反応する。
茶色のジャケットにグレーのスラックスを履いた教員は、階段を下りきった場所で息を上げて止まり、そこに童子が駆け寄って素早く対策官証を出した。
「インクルシオです。どないされましたか?」
「……! ぼ、僕は、この高校の数学教師の一人なんですが……! 忘れ物を取りに数学準備室に入ったら……、か、鴨田先生が……死んで……!」
「──!!!!!」
教員が掠れた声で告げた内容に、童子の後ろにいた高校生たちが驚愕する。
額に脂汗を浮かべた教員は、荒く息をつきながら、更なる事実を口にした。
「……そ、それと……! か、鴨田先生の死体が横たわった床に、キ、『キルクルス』という文字が書かれていました……!」




