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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:14
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05・文化祭-1

 10月9日。

 爽やかな秋晴れの日曜日、東京都木賊とくさ区にある木賊とくさ第一高校で、文化祭が開催された。

 文化祭は午前9時から午後5時まで開かれ、高校に在籍する学生だけではなく、多くの一般参加の人で賑わう。

 色とりどりの装飾が施された校舎は、内外共に華やかな喧騒に包まれていた。

「お帰りなさいませ! ご主人様ぁ〜!」

 午前10時を回った時刻、『バトラー&メイド喫茶』のポスターを貼った1年A組の教室で、紺色のメイド服に身を包んだ塩田渉が高い裏声を出した。

 その隣で、同じくメイド服を着た鷹村哲と雨瀬眞白が、「お、お帰りなさいませ〜……」と身を縮こませて言う。

 黒色のモーニングコートを纏い、鼻の下に付けひげを貼った最上七葉が、「鷹村。雨瀬。声が小さいわよ」とぴしゃりと叱責した。

「お前ら、よう似合におとるで」

 インクルシオ東京本部の南班に所属する特別対策官の童子将也が、目の前に並んだ高校生4人のメイドとバトラー姿に、穏やかに顔を綻ばせる。

 北班に所属する特別対策官の時任直輝が「写真! 写真!」と忙しくスマホをかざし、東班に所属する特別対策官の芦花詩織あしはなしおりが「みんな、とても素敵よ」と目を細めた。

「いやぁ。お前ら、本当に似合ってるぞ。こりゃ、馬子にも衣装だな」

「俺も高校の文化祭ん時に、メイド喫茶でメイド服を着たよー。懐かしいなぁ」

 南班に所属する薮内士郎と城野高之が笑顔で言い、北班に所属する市来匡が「最近のコスプレ衣装は、完成度が高いですねぇ」とまじまじと見やった。

 木賊とくさ第一高校の文化祭にやってきた私服姿の対策官6人は、高校生たちの案内で程よく混み合う教室内に入ると、机を組み合わせて作ったテーブルについた。

 ほどなくして、「童子班」の高校生4人がコーヒーとパンケーキを運んでくる。

 レースの付いたテーブルクロスの上にパンケーキを置いた塩田が、人差し指をぴんと立てて言った。

「それじゃあ、美味しくなる魔法をかけますよ〜! ご主人様たちも、私と一緒に魔法をかけて下さいね〜! ラブラブぷりりん、美味しくな〜れ!」

「ラブラブぷりりん、美味しくな〜れ!」

 塩田がヘッドドレスのリボンを揺らして指を回し、椅子に座った対策官たちが同じ動作で復唱する。

 テーブルのかたわらに立った鷹村が、「童子さんや、芦花さんまで……」と思わず眉間を指で押さえ、最上が「みなさん、ノリがいいわね」と感心し、雨瀬が「なんか、すごい光景だ」と真顔で声を漏らした。

「ふふ。あそこのテーブル、楽しそうね」

「確か、窓際に座っている3人って、6月にあった『安全を考えるイベント』に来た特別対策官さんたちだよね? 塩田と魔法をかけてても、カッコいいなぁ〜」

 教室の一角に設置した衝立ついたての影から、裏方係の生徒たちが顔をのぞかせて話す。

「──…………」

 塩田が「さぁ、もう一回〜!」と明るい声をあげる中、コーヒーの入ったデカンタを持った半井蛍は、無言のまま紙コップに琥珀色の液体を注いだ。


 1年A組の『バトラー&メイド喫茶』を堪能した対策官たちは、大勢の人が行き交うリノリウムの廊下に出た。

「あー! 楽しかったー! 次は、1年C組だな!」

 時任が満足げに伸びをし、童子が高校生たちを振り返って言う。

「ほな、少し他を回ってくるわ。また、後でな」

「はい。12時になったら接客係を交代するので、その後は一緒に回りましょう」

 トレーを持った鷹村が返し、雨瀬と最上が笑顔でうなずいた。

 6人の対策官たちは1年C組がもよおす『お化け屋敷』に向かい、塩田が「行ってらっしゃいませ〜! ご主人様ぁ〜!」と手を振って見送る。

 すると、「童子班」の高校生4人の背中に、重厚な響きの声がかかった。

「君たち。頑張っているな」

「……あ、阿諏訪総長!!!」

 高校生たちが顔を向けると、そこにはインクルシオ総長の阿諏訪征一郎と、花柄のワンピースにピンク色のボレロを羽織った阿諏訪灰根が立っていた。

「ど、どうして、総長がここに……!?」

 塩田が目を丸くして訊ね、キャメル色のジャケットにベージュのハットを被った阿諏訪が、柔和な表情で答える。

「いや。昨日、たまたま街中でこの高校の文化祭のポスターを見かけてな。灰根が興味を持った様子だったので、連れて来たんだ」

 阿諏訪が灰根を見やり、高校生たちが「そうだったんですか」と返す。

「あ、あの。もしよかったら、中へどうぞ。ご覧の通り、男女を逆にした衣装の『バトラー&メイド喫茶』ですが……」

 鷹村が体を斜めに引いて言い、阿諏訪は「うむ。それでは、入らせてもらうかな」と足を踏み出した。

 その時、阿諏訪に手を引かれた灰根が、メイドに扮した雨瀬を見上げた。

 感情のこもらないいだ瞳が、雨瀬の姿をじっと映す。 

「……? どうしたの……?」

 雨瀬が腰をかがめて訊ねると、突然、灰根の双眸から透明な涙がこぼれた。

「!」

 その場の全員が驚き、塩田が「わわ! 泣いちゃった!」と慌てる。

「だ、大丈夫? どこか痛いの……?」

 雨瀬が廊下に膝をつき、鷹村、塩田、最上が灰根の側に駆け寄った。

 灰根は大きな瞳から涙を流したまま、雨瀬の顔を見つめ続ける。

 阿諏訪はジャケットのポケットからハンカチを取り出し、灰根の濡れた頰を丁寧に拭って言った。

「君たち。心配には及ばない。おそらく、人混みに来たせいで体調がかんばしくないのだろう。残念だが、今日はこれで帰るとしよう」


 校舎の壁に掛かった時計の針が、正午を少し回った時刻。

 着替えの入った紙袋を手にした最上は、モーニングコートの裾をひるがえして、女子トイレのドアを開けた。

 洗面台で手を洗っていた人物が、「……あ!」と鏡越しに声を発する。

 個室に入ろうとした最上が振り向くと、つやのあるロングヘアをなびかせた人気読者モデルの茅入姫己が、「こないだ、百均で会った人ですよね?」と訊ねた。

「……か、茅入姫己……さん!?」

「また、お会いしましたね。そのバトラー服、すごく似合っていますよ」

 最上の頬がにわかに紅潮し、茅入がにこりと笑う。

 オーバーサイズのトレーナーに白色のスカートを合わせた茅入は、花のような笑みをたたえて、最上に一歩近付いた。

「私は、『ドゥルケ』のミニライブで、30分くらい前にこの学校に着いたんです。実行委員の方の案内で少しだけ校内を見て回ったんですが、1年A組の教室の前を通った時に、「このクラスには、4人のインクルシオ対策官がいるんですよ」と教えてもらいました。貴方がその一人ですよね? えーと……」

「は、はい。そうです。私は、最上七葉と言います」

 最上が答えると、茅入は「可愛い名前ですね」と微笑んだ。

「高校生でインクルシオ対策官なんて、尊敬します。最上さんは、すごいですね」

「いえ、そんな……。私こそ、以前から茅入さんのファンで……」

 最上の言葉に、茅入が「本当ですか? 嬉しいです!」と両手を伸ばす。

 茅入の華奢な手が最上の手を取ってふわりと包み込み、そこにわずかな力が込もった時、不意にスマホの着信音が鳴った。

「……ああ。私のスマホだわ。多分、マネージャーかな」

 そう言って、茅入が最上の手を離し、スカートのポケットからスマホを取り出す。

 スマホに着信したメッセージを確認した茅入は、「じゃあ、もう控え室に戻りますね」とやや声のトーンを落として最上に告げた。

「ええ。この後のミニライブは、私も行きます。是非、頑張って下さいね」

 最上が紙袋を手に下げて言い、茅入が「はい。必ず来て下さいね」と返して女子トイレを出る。

 人々の楽しげな声が耳に届く廊下で、茅入は再びスマホを見やった。

『姫己。ミニライブが終わったら、会えないか? 西校舎3階の数学準備室で待っている』

 木賊とくさ第一高校の数学教師である鴨田潮からのメッセージに、ベビーピンクのリップクリームを塗った唇が短いため息を吐く。

「……そろそろ、ウザくなってきたわね」

 茅入はスカートのポケットにスマホを押し込むと、光のあふれる廊下を歩き出した。




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