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グラウカ  作者: 日下アラタ
STORY:01
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01・グラウカと人間

 午前1時。東京都不言いわぬ区。

 人通りのない薄暗い地下道にバタバタと忙しない足音が響いた。

 幹線道路の真下に位置する地下道は老朽化が進んでおり、あちこちに亀裂の入ったコンクリートの壁は今にも崩れそうだ。

 走り疲れて息の上がった大柄な男が、錆びたガードレールに両手をついた。

 ぐっしょりと汗ばみ、肩甲骨を激しく上下させる男の背中に声がかかる。

「この先は行き止まりです」

「……クソ人間が! 近寄ったら殺すぞ!」

 男が怒声をあげて振り返ると、3メートルほど先に痩身の少年が立っていた。

 ゆるやかな癖のついた白髪の少年は、髪の色とは対照的な漆黒のツナギ服を纏っている。

「この先は行き止まりです。もう逃げ場はない。捕まって下さい」

「なっ、なめやがって!! 死ねやっ!!」

 男はジーンズの尻ポケットから小型ナイフを取り出すと、地面を蹴って少年に突っ込んだ。

 鈍く光る刃先が少年の腹部に突き刺さる。

 少年は鋭利な痛みに双眸をゆがめたが、すぐに両手を伸ばして男の腕を掴んだ。

「……っ!!!」

 男は目の前の光景に目を見開いた。

 ナイフを突き刺した少年の腹部から、もうもうと立ち上る白い蒸気。

 男にとって『それ』は見慣れた現象であった。

「お前……っ!!! 俺らと同じグラウカか……っ!!!」

 男が歯を剥き出してうなる。

 すると、地下道の入り口から、少年の仲間とおぼしきいくつかの足音が聞こえてきた。

 少年は苦しそうに眉根を寄せて、こめかみから幾筋もの汗を流している。

 しかし、白髪と黒衣の少年は、男の腕を掴む手の力を緩めることなく言った。

「逃走した男を、確保しました。任務完了、です」




 5月初旬。

 東京都月白げっぱく区にある『厚生省特殊外郭機関インクルシオ』の東京本部で、南班の捜査会議が開かれていた。

 南班のチーフである大貫武士おおぬきたけしが、角刈りの頭をがりがりと掻いて議事を進行する。

「えー。次は、昨夜に行われた犯罪集団の摘発についてだな。童子どうじ、報告してくれるか」

「はい」

 大貫から指名された人物が長机から立ち上がった。

 短い黒髪に鋭い眼差しをした人物は、童子将也どうじしょうやである。

 童子は21歳で大阪府出身の対策官であった。

「報告します。昨夜午前1時、不言いわぬ区にてグラウカの犯罪集団『ピエタス』を摘発。『ピエタス』は麻薬売買や売春斡旋を生業なりわいとするチンピラグループです。以前からの内偵で拠点が判明したので、一斉摘発を決行。着手から10分足らずでリーダーを含む構成員11人を確保しました」

「ふむ。グラウカを相手に迅速な確保だ。よくやったな」

「はい。新人対策官たちがよう働いてくれました」

 童子は手にした報告書から視線を上げると、長机に座る4人の対策官を見やった。

 若い風貌の対策官たちが反応する。

「へへ。俺たち褒められたぜ。なんてったって、初摘発で初手柄だもんな」

 そう言って、ニヤリと笑みを浮かべたのは塩田渉しおたわたる

「まぁ、手柄っていうほどの相手じゃないけどな」

 塩田の隣で腕組みをしたのは鷹村哲たかむらてつ

「そうよ。それに、確保した11人のうち8人は童子さんが一人で倒したのよ。私たちは童子さんについていくので精一杯だったじゃない。反省することの方が多いわ」

 ショートヘアの黒髪を耳にかけて言ったのは最上七葉もがみななは

「キミタチ真面目すぎぃ。昨夜は頑張ったんだから、もっと素直に浮かれようぜ。なぁ、雨瀬」

 塩田は鷹村の隣に座る少年──雨瀬眞白あませましろに声をかけた。

 雨瀬はゆるやかな癖のついた白髪を揺らして、「うん」と控え目にうなずく。

 鷹村が雨瀬に「甘ぇよ。眞白」と言い、最上が「会議中よ。これ以上の私語は慎みましょう」とぴしゃりと告げた。

 ──雨瀬、鷹村、塩田、最上の4人は15歳の高校一年生で、この4月にインクルシオ東京本部に配属されたばかりの新人対策官である。

 また、雨瀬眞白は『グラウカ』であり、インクルシオに正式採用された“グラウカ初の対策官”でもあった。

「あー。ところで」

 ゴホンと咳払いをした大貫が報告書を机に置いた。

「『ピエタス』は、反人間組織『アダマス』と繋がっているとの噂がある。拘束したリーダーや構成員からの聴取で、その辺が明らかになると大きいな」

 大貫の言葉を受けて童子が言った。

「今回の摘発の最大の目的はそこです。もし『ピエタス』が『アダマス』と繋がっとるんやったら、資金源を失った『アダマス』は黙ってはおらんはず。この摘発で何らかの動きがあるかもしれません」

 童子の言葉に、大貫は太い眉毛を上げた。

 おもむろに両手の指を組み、会議室全体を見渡す。

 高校生の新人対策官たちはぴんと背筋を伸ばした。

「『アダマス』はうちのキルリストに載る反人間組織だ。必ず壊滅せねばならん。全員、気合いを入れて捜査しろ」

 大貫の鋭い声音の指示に、インクルシオ対策官の証である黒のツナギ服を纏った対策官たちはしっかりと首肯した。



 ──今から約70年前。この世に突如として『新しい人間』が出現した。

 彼らは人間をはるかに超える身体能力と再生能力を持つ突然変異種であった。

 研究者たちは彼らを『グラウカ』と名付け、普通の人間との呼称を分けた。

 グラウカの人口は日本全体の約0.7%であり、数に勝る人間はグラウカ出現後も『人間主体の社会』を堅固に維持した。

 また、ほとんどのグラウカは自主的に人間との平和的共存を望み、社会にとけ込んだ。

 しかし、一部のグラウカは過激な思想・活動に傾き、『次代の支配種』を標榜する反人間組織を作り、その圧倒的な能力をって人間社会の平和を脅かした。

 そういった反社会的なグラウカに対抗するべく作られた組織が『厚生省特殊外郭機関インクルシオ』であった。

 インクルシオは東京本部を始め全国17都市に拠点を置いている。

 インクルシオに所属する対策官はいずれも戦闘能力に優れ、対グラウカに特化した訓練を積んだ精鋭揃いであった。

 インクルシオの心臓部となる東京本部には約200名の対策官が在籍しており、彼らは日々、管轄下の東京23区で起こる様々なグラウカの事件に対処していた。



 午後3時。東京都不言いわぬ区。

 現在は閉店しているラーメン店の奥の六畳間で、大柄な男が苛々(いらいら)と膝をゆすった。

「チッ。『ピエタス』の連中が捕まっちまったな」

「ああ。インクルシオにしてやられたな」

 畳敷きの部屋の中央に置いた丸テーブルを挟んで、二人の男──剛木弐太ごうきにた剛木三太ごうきさんたは苦い表情を浮かべた。

 湯呑みに入った緑茶を一口啜った剛木壱太ごうきいちたが、目の前の二人を見やる。

「そうイラつくな。おそらく、一斉摘発はあちらの陽動だろう。俺らが動くのを待っているのかもしれない」

「だったらよぉ。それに乗ってやろうぜ。俺が人間共をブッ殺してやる」

「賛成。やられたらやり返すべきだ」

「まぁ落ち着けよ。まずは拠点を移動する方が先だ」

 そう言うと、壱太は老舗和菓子店のみたらし団子の包みを開けた。

 弍太と三太が、「あ、俺も食う」とすかさず手を伸ばす。

 ──剛木壱太、弍太、三太は、反人間組織『アダマス』のメンバーだった。

 彼らは三つ子のグラウカで、『アダマス』は長男の壱太をリーダーとする三兄弟のみの組織である。

 3人はそれぞれ『アダマス』を表すタトゥーを体に入れており、タトゥーのデザインは三つのダイヤモンドの図柄に“ADAMAS”の英字を配置したものであった。

 このタトゥーを弍太は両肘に、三太は額に入れている。

「……そういやさ。インクルシオにグラウカの対策官がいるって知ってたか?」

 みたらし団子を頬張りながら弍太が言った。

「マジで? インクルシオって人間だけじゃないのか?」

「グラウカの対策官は初らしい。俺も噂で聞いただけで詳しくは知らねぇけど、まだ若い奴みたいだぜ」

「何だよ。グラウカの対策官なんて、俺らからしたら“裏切者”じゃねぇか」

 忌々しげに顔をしかめた三太に、弍太が「だよな」とうなずく。

 弍太はみたらし団子を食べきると、長男の壱太に目を向けた。

「なぁ、壱太。『ピエタス』の摘発は俺らにとって痛手だ。このままインクルシオを放ってはおかねぇだろ?」

 弍太の言葉に、三太も壱太を見る。

 壱太はみたらし団子の包みに手を伸ばし、串を指でつまんで持ち上げた。

「……そうだな。奴らのお望み通り、少し遊んでやるか」

 壱太が大きく口を開ける。

 中から毒々しい赤色の舌がのぞいた。

 その舌には、『アダマス』のタトゥーが彫られていた。




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