サブマスターの引退と旅立ちとトラブル
第二章スタートです。
衝撃的な爆弾発言が炸裂した。
ギルドマスターは明らかに動揺して、口をぱくぱくいわせている。ベルもチャコも寝耳に水状態で、何もいえなかった。
リアが、サブマスターを辞める。
これがどれだけ大きい意味を持つのか、正しく理解できているのはギルドマスターとリアだろう。
ギルドマスターはしばらく頭を抱えてから、ようやく沈黙を破った。盛大なため息が漏れる。
「……責任、ですか」
「間違いなく被害は出た。住民や傭兵連中に死者は出なかったが、重傷者は出たしな。そもそも隙をさらした俺も悪い」
「いえ。つけこむ者が悪いのです」
「そういってくれるのは嬉しいけどな。俺はサブマスターだろ? 俺のサブマスターとしての行動が呼び込んだ結果なんだから、それなりの責任は取らないとダメだろ」
頑なな表情のギルドマスターをあやすように、リアは困ったように苦笑した。
どちらも、正論だ。
ただ、それの起因となってしまったベルからすると居心地は悪い。偶然とはいえ、ベルに対する恨みといったものを利用されたのだ。
リアの理論でいくならば、ベルにも責任があるんじゃないだろうか。
「しかしですね……」
「これは決めたことだし、その方が色々と上手く回るだろう。運営委員会的にもな」
今回の一連には、傭兵ギルドの運営委員会も絡んでしまっている。
ギルドマスターとアドミオール辺境伯の活躍によって運営委員会側が懲罰を受けることにはなったが、心証はよくないだろう。
いってしまえば、上層組織と争ってしまったのだ。
そこでリアが責任を取れば、釣り合いがとれる。運営委員会も溜飲を下げるはずだ。実際、ギルドマスターは今後、どう運営委員会と付き合うか悩んでいた。
「リア……」
「後任のサブマスター候補は何人もいる。プリムとブランも、無事に卒業できた。今が完璧な頃合いなんだよ。分かるだろ」
ギルドマスターはすぐに言葉を返せなかった。
それこそが、リアの言葉の正しさを証明している。
「…………分かりました」
重い沈黙を破って、ギルドマスターはうつむきながら、かなりの不本意さを出しながらも頷いた。
リアがほめたたえる様にして肩を叩いた。
「さすがあんただよ。合理的な判断がしっかりできる」
「……いつか連れ戻すつもりですがね」
「おいおい、怖いこといってくれるなよ」
リアはちゃかすようにいうが、ギルドマスターの顔は本気だった。
「とりあえず、ベルとチャコちゃんもつれていくぞ」
「「え?」」
いきなりの提案に、ベルとチャコも目を点にさせた。
思わずリアを見てからギルドマスターを見る。チャコはともかく、ベルはSランクだ。そう簡単に手放すとは思えない。
だが、意外にもギルドマスターはあっさりと頷いた。
「そうですね。リアなら任せても大丈夫でしょう」
「「え?」」
事態についていけないベルとチャコはまたリアへ視線を送る。
「いいか。ベル。お前はもう名実ともにSランクだ。英雄と同類とみなされる。となると、困難なクエストや、国からの依頼を受けることになるだろう。そんな時、どう対処すればいいのか。そういう経験がお前さんにはない」
当然だ。ベルはまだ駆け出しの駆け出しである。
経験値だけをいえば、EやDランクの傭兵と同じだ。
「だから、お前さんがその経験を積むまで、俺がサポートするってワケだ。変な陰謀やら何やらに巻き込まれないようにしないといけねぇからな」
「Sランクの傭兵は、それだけで影響力がありますからね。おばかな貴族とかが、金を積んでなんとかしようとしたりするんですよ」
割と物騒なことを立て続けにいわれ、ベルとチャコは頷くしかできなかった。
▲▽▲▽
そして、一週間後。
荷物をまとめたベルのそばを、すっかり元気になったアイシクルが飛び回る。
聖霊なので、意識すれば周囲には見えないようにできる。今はベルたちにしか視認できないようにしているようだ。
「あーここともお別れかぁ」
少しだけ名残惜しそうなチャコの頭を、ベルは優しく撫でた。
「居心地はよかったね」
「そうそう。部屋は大きくてきれいだし、ご飯も美味しいし。まぁご飯はおにいちゃんが作ってくれてたからだけど」
さりげなく褒められて、ベルは照れる。はたから見ると無表情だが。
そんな何気ない会話をしつつ、ベルたちはギルド会館の出入り口に立つ。そこに、リアがやってくる。大剣を背負い、ナップザックを一つ担いでいるだけという、いかにも身軽な状態だ。とても長旅に出るとは思えない。
「あ、あの?」
「ああ。荷物のことか? 俺はこんなんだよ。最低限あればいい。服は汚れたら洗えばいいし、水だって魔法を使えばいいし、金には困ってないしな」
「なるほど、必要な時は現地調達ってことね。なんという贅沢」
「すぐにお前らもそうなるさ」
そういってから、リアは豪快に笑った。
「っと、そうだ。お前さんたちに手紙が届いてるぞ。どうやら頼んでいた装備ができあがっているようだ。待っているらしい」
「チャコの装備ですね」
「そういえばそんなのあったね……あの騒動ですっかり忘れてた……」
チャコは苦笑しながら頭をかく。
ベルも同意だ。
「じゃあ早速隣町にいくとするか。ちょっと奮発して馬車でいくぞ」
「え、お金とか大丈夫なんですか?」
ベルたちはまだお金がない。傭兵としては稼いでいないからだ。
「俺がもつに決まってんだろ。そういうのも俺の役割だ」
いってから、リアはさっさと歩き始めてしまう。
ベルたちは慌ててその後を追い、リアにいわれるがまま馬車に乗り込んだ。
高速馬車はやはり速い。
ゆったりと話をしている間に、隣町へ辿り着いた。
隣町へ入る際の検問では、Sランク傭兵が二人そろっているという事態に驚愕されたものの、あっさりと通してもらえた。
「おーおー。賑やかだねぇ」
がやがやと人でいきかう市場の人々をみて、リアはにかっと笑った。
「それじゃあ早速、市場を食い漁るか」
「違うでしょ」
漂ってきた香ばしい匂いに負けて露店エリアにいこうとするリアの腕を、チャコはがっしりとつかんだ。
小さい体格のチャコではそのまま持っていかれそうではあるが、こういう時のチャコは意外にも力強い。リアはあっさりと制された。
「まずは、道具屋です」
ベルも頷く。まずは装備を手に入れなければならないだろう。
納品までの時間もとっくに過ぎているのだ。
リアはぶーたれていたが、しぶしぶ応じた。なんだかんだとチャコに甘い。
「おっと?」
道具屋へと向かう道すがら、最初に声をあげたのはリアだった。
つられてリアの見た方角をベルとチャコも見る。そこには、屋根伝いに高速移動する人影。軽業師だろうか、かなり身軽だ。
「こらああああああああっ!! 泥棒――――――――っ!」
そしてお約束のような怒号。
視線を落とすと、ベルとチャコが見知った顔が真っ赤に染まっていた。チャコの装備の作成を依頼した店主だ。
もう嫌な予感しかしない。
チャコは半目になりながらがっくりと肩を落とし、リアは少しだけ気まずそうにする。
「おお! あんたらか! ちょうどいいところに! あのアホ娘をすぐ追いかけて捕まえてきてくれ! あいつ、店の商品というか、嬢ちゃんの装備を盗みやがった!」
「ああ……やっぱり」
「え?」
「いえ、なんでもないです。リアさん、おにいちゃん、追いかけよう」
「うん」
「だなぁ」
間抜けな声を出す店主を流してから、チャコは屋根を飛び伝って逃げる人影をにらんだ。




