その顛末
ぎゅるるる、と回転しながら、フリークは綺麗な放物線を描いて顔面から地面にダイビング着地し、そのまま数メートルほど滑って、ようやく止まる。
尻だけ突き出して気絶するその様は、本当に情けない。
ぴくぴくと痙攣しているのも滑稽だった。
「……──終わった」
目まいを伴う強い疲労感。
ベルはたまらず地面に両手をついた。その姿勢さえも我慢できなくて、ベルは地面に転がり込んだ。
もう全身、指先の先に至るまでしんどい。
当然だった。
聖霊の使役など、身体にとんでもない負荷がかかる。精霊のそれとはケタ違いに。
ただでさえ、ベルはプリムとの一戦で強く疲労していたのだ。全身を包む疲労感は半端ではない。
『よくやった。さすがあちきのご主人』
息するだけのベルの周囲を飛び回りながら、聖霊のアイシクルが嬉しそうに笑う。
飛び回る光の軌跡が鱗粉のようにベルへ降り注ぎ、僅かだが疲労感を楽にしてくれた。
『感謝するんだぞ、ご主人。あちきの羽根には癒しの力が宿ってるんだ。まぁ、今のご主人は精神に強い疲れがあるから、あんまり体感では変わらないかもだけど』
ふんぞり返りながらアイシクルが教えてくれた。
「……ありがと」
素直にお礼をいうと、アイシクルはぼんっと湯気をあげるくらいに顔を真っ赤にさせてから、またベルの頭に潜りこんだ。
『な、ななな、なな、当然なんだな! でも、ご主人が望むなら、次も癒してやらないことも、ないんだな』
口調が不安定になるくらい恥ずかしいらしい。だが、嬉しくもあるようだ。
ベルはおかしくなってくすっと笑った。
とはいえ、動けないことには変わらないが。
「おにいちゃん!」
誰よりも最初に駆けつけてきてくれたのは、やはりチャコだった。
チャコは心配そうに顔を近づけてくる。
ベルはそっと億劫な手を動かして、その頬に触れてから、にこっと笑った。
「大丈夫だよ、チャコ」
「おにいちゃん……! よかった……! 本当に大丈夫なの?」
「ちょっと動くのが無理なだけ」
「それ大丈夫じゃないからね」
チャコが涙目で抗議してくる。
ベルは苦笑するしかない。しばらくすると、リアとギルドマスターもやってきた。ブランはリアに担がれている。
ギルドマスターはこちらを一瞥すると、一瞬だけ眉根を寄せてから、黙って懐から薬の入った瓶を取り出して飲ませてくる。
くぴ、と、少しだけぬるい、けど心地よい果汁の甘さが口の中に広がる。
「回復薬だよ。今はこれを飲んで、ゆっくり休みなさい」
「ああ、まぁそういうこったな。とりあえず、あれだ、ベル」
リアも険しい表情を浮かべていたが、頭をがりがりかいて、ふっと表情を緩めた。
「よくやった。今は寝ろ」
「後始末は、我々がつけるので」
そうさとされて、ベルは頷く。
問題はないだろう。最大の脅威は始末したのだ。それに師匠だっている。上空の悪魔も間もなく掃討できるだろうし、ギルドマスターとリアが駆け付けた時点で、街の北から攻めてきた騎士団はどうにかしているのだろうし、残るは南から来ている魔物の群れのみ。
その群れだって、傭兵たちがおさえこんでいるだろうし、これから二人が駆け付ければ短時間で収束させてくれるだろう。
――ああ、眠くなってきた。
考えを巡らせると、安堵がやってきた。
急激に眠気がやってきて、ベルは抗えない。あっさりと瞼を落として、眠りに落ちた。
▲▽▲▽
「今回の一連、ベルくんに対する不正疑惑を発端とした宿場街襲撃事件の一連は、すべて解決。主犯であるフリークは逮捕。大罪の悪魔を召喚し、大陸戦争の再来をもくろんだ行為は国家反逆罪の最重罪だ。他にも殺人教唆やら街に魔物をけしかけてきたりやら、いろいろと罪はあるけれど、これ一つで死刑間違いなしだろうね」
チャコがリンゴを剥く音がする中、ギルドマスターは苦笑した。
あれから、三日。
いまだにベッドの上で静養しているベルに、ギルドマスターは耳によく馴染む声で報告を始めていた。ベルは窓からしか街の様子を見ていないが、もう落ち着いているように思える。これは間違いなくリアやギルドマスターの手腕だろう。
「次に、計画に重大な関与を認められたのは、料亭の店主イーストと、ファブニル男爵の二名。イーストは息子の死の真相を調べるべく手を伸ばしていたところ、フリークにつけこまれ、ゆっくりと洗脳。悪魔の依り代にもされて、今は入院中。裁判はその後だけど、今は洗脳も解けてものすごく反省しているから、恩赦されるんじゃないかな」
その報告に、ベルは少しだけ胸を撫でおろした。
確かにベルをクビにした張本人だし、思ってしまったことには一直線の男だが、決してそこまで悪人ではない。ちょっと騙されやすすぎる性格なだけだ(息子となると特に)。
事実として、ベルをクビする前日までは、立派な料理人に仕立てようと指導もしてくれていたのだ。
「まぁだからって完全な恩赦はないと思うけどね。いくらかは刑罰を受けると思うよ。次にファブニル男爵。こっちは洗脳は少しだけされてたみたいだけど、ほぼ自己判断だから情状酌量の余地はなし。貴族階級剥奪の上、無断の騎士団濫用の罪も重なって、永久に牢獄入りのようだね」
ギルドマスターはさらさらと罪状を読み上げる。本当に興味がなさそうだ。
「この事件の最中、リアとベルくんにかけられた不正嫌疑は全て解消。おとがめなし。逆にお金に釣られてこっちを罰しようとした委員会の連中は懲罰にかけられ、近々処分が下されることになったよ。まさに万事解決だね」
報告書をばらばらと投げ捨てて、ギルドマスターはにかっと笑う。
「なんてったって、ベルくんのS級が正式に認められたからね」
「あ、はい……」
ベルの枕元には、S級を示す傭兵カードが渡されていた。
英雄と称されるレベルの傭兵だけが許される称号。まさか、もう手に入るとは。ようやく実感がわいてきて、ベルはちょっと恥ずかしかった。
「それに、今回の一連の事件、悪魔を退治した上で、あの聖霊と契約までしたんだし。さらにあのアルスターの最後の弟子。となれば、S級も当然」
「師匠の七光りですか」
「おっとすまない。語弊があったね。つまり、箔がつくってことだよ。でもまぁ、ここのあたりは公言しない方がいいかな」
ギルドマスターは苦笑しながら頬をかいた。
その理由はベルも分かる。
「師匠は伝説的存在、ですから」
ベルの言葉に、ギルドマスターは頷いた。
アルスターは、生ける伝説だ。
現存する英雄の中でもっとも強く、もっとも自由。そして魔物食という変な趣味を極めたヘンクツでもある。ベルはどういう因果か、そんなアルスターに奴隷孤児から救われ、育てられた。
途中でいきなり姿を消されたけれども。
これからは一人で生きてみろ。なんて置手紙と置き土産を残して。
そこから軽く地獄を見たのだけれど、これも修行だったのかもしれない。
「まぁそういうこった。それと、聖霊も隠しておけよ」
「――アルスター様!」
なんでもない声に、二人は激烈な反応を示した。チャコだけは少し前から気づいていたようで、ふんふんと鼻歌を混じらせながらリンゴをむいている。
アルスターはいつものように飄々とした歩き方で室内に入ってくると、まずベルにでこぴんを入れた。結構な威力に、ベルは起こしていた上半身をまたベッドに寝かせた。
「いった……」
「悪い悪い。手加減したつもりだったんだけど甘かったな」
へらへらと笑いつつ、チャコの差し出したリンゴを受け取ってかじる。
「どうしてここに?」
「元バカ弟子がどうしてるかって思ってな。どうやら無事に才能を開花させたみたいだな。Sランクの傭兵だって? バカみたいにできた話だが、お前ならまぁ当然だろ」
「アルスター様……」
「とりあえず、大罪の悪魔退治、おつかれちゃん。俺はまた旅にでるから、また会ったら今度は酒でも飲もうや。そのときには、まだぐーぐー眠ってる聖霊も紹介してくれよ」
「もう行ってしまわれるのですか?」
「当たり前だろ。俺がここにいるって知られたら、どれだけの国が動くと思ってるんだ。俺は根無し草。あてもなく旅をするんだよ」
そう笑うアルスターには、一点の曇りもない。
ベルもずっと旅につきあってきた。よく知っている。アルスターは旅を愛している。だから、自分の境遇などまったく気にしていない。同情など必要ない。
「ということで、だ。ベル。まぁこれからもがんばれ」
「……はい」
「じゃあな。あ、チャコちゃん。リンゴの切り方センスあるね。おいしかったよ」
アルスターはひらひらと手を振りながら言い残して、姿を消した。
それと入れ替わるように、リアが部屋に入ってきた。
「よぉ、報告はあらかた終わったか?」
「終わったよ。さっきアルスター様もいらしてた」
「そっか。会いたかったけど仕方ねぇな。それよりも、だ。ギルドマスター。話がある」
リアは改まった表情で、一枚の紙を取り出した。
「今回のベルの一連の騒動、俺にも責任がある。もう少し慎重にやるべきだった」
「リア……」
「だから、俺はこのギルドのサブマスターを辞職しようと思う」




