登場!
怖気。
どこまでも、ベルたちはフリークの考えが理解できなかった。
ただ、フリークは人間の形をした、ナニかということだけはわかった。この男だけは許してはいけない。自由にさせていては、いけない。
「『楽しかったよ? 負にまみれ、負に堕ちたクズを利用して、愚かなものどもを利用していくのはな。このイーストから派生してファブニルをけしかけ、さらにそこの負の連鎖から生まれた瘴気を使って魔物どもを帯び寄せ、そして……』」
ぐったりと膝をついてうなだれるプリムに、フリークは視線を下す。
「『この娘の負の感情を解き放ってのっとった。ずいぶんと居心地がよかった。それだけ、彼女は劣等感の塊だった。面白かったとも』」
「プリム……」
「『君たちに対する劣等感、世間に対する劣等感、ブランをコントロールできないという劣等感。そして、自分への劣等感。ここまで塗れていては、一歩も前に進めない。むしろ世界を呪っていくほうが随分と楽だろうね。だから、手伝ってあげたのさ』」
フリークとイーストが、一体化する。
二人は顔を重ねながら、不気味に笑った。開いた口が、異様に赤い。
「『彼女が吐き出した呪詛のような罵倒は、全て本音だよ』」
その言葉に、衝撃を覚える。
数秒間、ベルもチャコも言葉を失った。だがチャコは震えながらも反論を始める。
「だとしても、だとしたら、なおさらだよ」
チャコは目に涙をためながら、傷つきながらも、言葉を紡ぐ。
「なおさら! あんたなんかに心を暴かれたくなかった。誰かに聞かれたくなかった。プリムがかわいそうだ。あんたみたいなバカに、乙女心を踏みにじられて!」
「『分からないな。僕はただ開放してあげただけなのに』」
「あんたなんかに分かってたまるかってぇの!」
「『だとしたら、力で語ったらどうだい。もちろん、そんなことができれば、だけど』」
しゃりん、と刃に変化させた両腕を重ね、金属音を鳴らす。
「おっけー、上等じゃないの」
「チャコ。任せて」
戦意をたぎらせるチャコの肩を撫でつつ、ベルが前に出る。
ベルも怒りを限りなく覚えていた。
「『おやおや、プリムじゃなくなったら、いよいよ本気を出せるって? でもいいのかい? 君が本格的に暴れれば、騒ぎは当然大きくなるだろうね。そうしたら、傭兵としての活動を禁じられている君はどうなる?』」
「……構わない」
そんな葛藤、とっくに乗り越えている。
ベルの心は決まっているのだ。包丁をしっかり構え直し、踏ん張る。
ベルはチャコを守るために傭兵を目指した。そのチャコを守れないなら、傭兵をやる意味などない。
だったら、また料理人に戻るだけ。
ベルは、実にシンプルだ。
「『君は本当に分からないね……自分よりも他人か。その自己犠牲の塊、虫酸が走る。まるで自分がいないかのようだ。聖人君子か何かのつもりか? 少しは自分のためとか思ったらどうなんだ。人間は本来欲の塊だろう!』」
「ちょっとちょっと。計算外のことが起きたらあんたっておしゃべりになるのね」
「『……何?』」
「今のあんた、とっても醜いよ」
「『ふ、ふは、ははははははっ!』」
フリークはのけ反りながら嗤う。
「『いうねえ! ならば、まずお前から殺してやるよ。何をどれだけほざこうと、力で語れないものは薄っぺらいんだよ!』」
一瞬だった。
フリークが床を踏み抜きながら一気にチャコヘ肉薄する!
反射、否。本能でベルはチャコの前にたち、スキルを発動させる。
「《微塵切り》っ!」
腕が超高速でうなり、すさまじい連続の斬撃を放った。
回避は不可能なタイミングだ。
だが、人智を越えてフリークは両腕をふるった。
──ぎゃりりりりぃっ!
耳に障る不快な金属音が重なり、ベルとフリークの両方が弾き飛ばされる。だが、フリークの方が立ち直りが速い。
空中で器用にバランスを取り戻し、背中にコウモリのような翼を展開して浮遊する。
「うげげっ!」
「『いったろう、僕は悪魔の召喚に成功したのさ! 大罪の悪魔、強欲のマモンをね!』」
闇が解放される。
「うっ……!?」
急激な息苦しさを覚えて、ベルとチャコは土同時に喉元を押さえた。これは、瘴気だ。
濃度が濃いと、呼吸困難さえ引き起こす毒の負の魔力。
「《扇ぐ》」
ベルは咄嗟に魔法を解き放ち、瘴気を追い出す。すぐに呼吸が楽になって、ベルとチャコは必死に酸素を肺へ送り届ける。
その隙を突いて、フリークが攻撃を仕掛けてくる。
翼を大きく広げ、錐揉み回転しながらの突撃。両手の刃は黒く染まっていた。
瘴気を纏ったか。
ベルは牽制に鉄串を投擲するが、一撃で弾かれてしまう。
「《狐火》っ!」
そこにチャコが魔法を撃つ。だが、その炎さえもかきけされた。
まずい。回避ができない。
ベルはチャコを庇うように抱き締めてフリークへ背中を向ける。
刹那だった。
雷光が、フリークの真下から柱のように出現し、焼き払う!
「『っがあああぁぁあぁぁあああっ!?』」
あがる悲鳴。
直後、全身に稲妻をまとったリアが床を突き破って飛び出し、大剣で容赦なくフリークの顔面を殴り飛ばす!
爆発的な破砕音を響かせ、フリークは天井を突き破って外に投げ出された。
「おいこらテメェ! くそかすの分際で、ベルとチャコに手ぇ出してんじゃねぇぞこらああああああああっ!」
リアがそれこそ稲光となってフリークに突撃をかます!
また豪快な破砕音が響いて、フリークが稲妻に打たれながら上空に打ち上げられる。
ベルとチャコは慌てて風穴の空いた天井から外に出る。
「『雷神のリア……! どうしてここにっ……』」
「《爆裂燃焼絶棺》」
驚くフリークを、炎の牢獄が閉じ込め、そのまま爆発する!
夜空を轟々と照らし燃え盛る炎の牢獄を見上げながら姿を見せたのは、ギルドマスターだった。
「どうしてここに、って決まってるじゃないですか」
にこやかに、爽やかに、ギルドマスターは爆風で揺れる繊細な髪を撫でる。
「みんなの無実を晴らし、かつ、君がけしかけてきた騎士団を全滅させてここまで駆けつけてきたんですよ」
「『……! エルフ風情が!』」
いまだ渦を巻きながら激しく燃やされつつも、フリークは悪態をつく。
ギルドマスターはとても楽しそうに笑い飛ばす。
「そのエルフ風情に焼かれまくるあなたはなんなんでしょうね? 羽虫の価値もないのでは?」
「『ほざけっ! こんな生温い炎など!』」
「閃光烈穿刺」
「『ぐぎゃあああああああああああっ!!』」
フリークが瘴気を爆裂させて炎の渦を吹き散らした刹那、閃光が次々とフリークに突き刺さる。
羽根も穿たれ、フリークは立て続けに閃光の槍を受けて地面に撃墜させられた。そこへ、リアが大剣を大きく振りかざしながら飛び込んでくる。
膨大な稲妻を纏いながら。
「おおおおらああああああああああ!!」
落雷よりも明るく、太い稲妻がフリークに直撃し、衝撃で浮き上がらせる。そこに大剣が容赦なく襲いかかり、フリークを再び地面に叩きつけた。
ずどん、と豪快な音を立てて、フリークが地面に沈みこむ。
「『がっは……!』」
「喰らえよ! 《雷神剣》!!」
また大剣が振り下ろされ、同時に視界を真っ白に染め上げるほどの稲妻がフリークの全てを焼き払う!
やや遅れて、耳に圧迫感。ベルは咄嗟に耳を塞いだ。
にも関わらず、鼓膜が射たくなるレベルの轟音が響き渡る。
周囲を焦土に変えた威力は凄まじく、フリークを完全に黒焦げ状態へ作り上げた。
「はっはぁ! どうだ!」
リアが荒い息をつきながら、大剣を肩に担ぐ。リアの必殺の一撃だ。
ワイバーンでも、直撃を喰らえばただでは済まない。
しかし、黒焦げ死体にしか見えないフリークは、ゆっくりと起き上がった。
「『……まったく』」
驚愕が周囲に広がった。
ぼろぼろと黒焦げの皮膚が崩れ落ち、ほぼ無傷のフリークが姿を見せる。
「『大罪の悪魔をなめてもらってはこまるな?』」
ごきごきと首を鳴らしながら、フリークは嘲笑いつつ、体内から瘴気をほとばしらせた。
底無しの瘴気に、リアとギルドマスターが気圧される。
「……遅かったか。もう悪魔になっていますね」
「ちっ。これは厄介だな」
大罪の悪魔。
倒せないから、封印するしかなかった。
それも、リアよりも強い連中が束になってようやく、といった具合で。
現状のメンツでは戦力が足りない。
「『少しだけ、ほんの少しだけ痛かったよ。不意打ちの連続だったからね。でも、その程度だ。ああ、そうだ。ご褒美をあげよう』」
フリークは拍手をしてから、両手を広げた。
瞬間。
夜空に、夜空よりも濃厚な真っ黒い巨大な穴が開いた。雲がくり貫かれ、そこだけ星空が消える。
ぞくぞくと、全身を寒気が襲う。
危険だ。
悟ると、その黒い穴から何かが大量に落下してくる。翼をもった、まるでコウモリのような。
「『紹介しよう。僕の眷属だよ。ちょっと人の肉が大好きな種族なんだけど、仲良くしてあげてほしいな。喰われるその刹那まで』」
フリークの絶望的な宣言を合図に、上空の悪魔たちがギャーギャーと吠え盛る。
大陸戦争の、再来。
誰もが頭にそれを過らせた。
とてつもない地獄が、再現される。絶望に、ベルたちが染められる。
「お、おにいちゃん……」
「チャコ……」
せめてチャコは。
ベルは恐怖心を律してチャコを抱き寄せる。
「まーったく。元バカ弟子は厄介なことに巻き込まれてくれてんだなぁ」
びっくりするくらい軽い声は、その時だった。
そして。
──っつどどどどどどどどどどっ!!
幾筋もの閃光がどこからともなくやってきて、上空を埋め尽くす勢いだった悪魔どもを全て薙ぎ払った。
こんな神業、できるのは一人しかベルは知らない。
ぎぎ、と、錆び付いた人形のように首をたどたどしく動かしてみやると、そこには白銀の髪で顔半分を隠す痩せた男がたっていた。
やはり。
「──師匠!」




