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フリーク

 プリムが地面を蹴る。

 軽快に壁や天井を蹴り跳ね、予想外の角度から攻めてくる。


「──《扇ぐ》」

「《エアロプレス》」


 牽制に風を放つが、即座にプリムが対抗の風を呼び起こし、一瞬で相殺する。

 衝突しあって穏やかになった風に撫でられながら、ベルは包丁を繰り出す。

 プリムは何に取り憑かれたか、人を超えた反応速度で攻撃を繰り出してくる。いちいち動きを予測して対応しては間に合わない。


「《賽の目切り》」


 放ったのは、面攻撃のスキル。

 一定範囲全てにぶつける斬撃で、プリムの接近を拒否する。プリムは分かっていたかのようにバックステップでやり過ごしながら左右に激しく動き回り、撹乱してくる。


 ──くる。


 包丁を握りしめ直すのと、プリムが飛びかかってくるのは同時だった。

 本能的に後ろへ飛び下がる。だが、ほとんど同時に、背中からバウンドした。

 予想外の衝撃に振り返ると、崩れかけて斜めに折れた柱がいた。いつの間にかかなり斜めに崩れていたようだ。

 ざわり、と背中に悪寒。

 前を向くと、プリムのナイフが迫っていた。


「くっ!」


 首ごと右に倒しながら、プリムの突きを回避する。頬が切れたのは、ギリギリの証拠だ。

 耳もとで、壁の砕ける音。


 ナイフで壁を突き刺すとか、尋常じゃない。


 ベルは恐怖に全身の毛を逆立てつつ、プリムを両手で突き飛ばした。

 さすがに手加減などできない、全力だ。


「『あははっ!』」


 プリムが嗤う。

 壁に叩きつけられるより早く空中で何度も回転してバランスを取戻し、両手両足で壁にはりつく。

 びぎっ、と不穏な音と共に壁がクモの巣状の亀裂を走らせた。


「『さぁ見せてよ、Sランクの実力!』」

「……っ」


 ベルは咄嗟に右へ飛び退いた。

 直後、プリムが壁に衝突し、瓦礫と土煙を飛ばしながらもナイフを回収し、ベルへ容赦なく躍りかかってくる。

 ぎゅるりと、気持ち悪ささえ覚える滑らかさで錐揉み回転し、接近。

 反射的に、ベルは包丁の腹でナイフを受け止めた。


「『はははははは────っ!』」


 鈍い音に火花。

 とんでもない膂力にベルは押される。腕が曲がり、ナイフが近付いてくる。

 歯ぎしりしながら、ベルは強引に右へナイフをずらして弾き、肩からタックルしてプリムをはね飛ばす。

 結構な手応えがあったが、プリムは吹っ飛ばされながらもくるりと一回転して着地した。


「……暖簾に腕押し、か……」


 短い対峙の間に、ベルは息を整える。

 チャコを守るためなら、傭兵をクビになってもいい。だが、プリムは殺したくない。プリムが明確な敵意をもっているなら別だが、彼女は今、なにものかに取り憑かれているのだ。


 むしろ、なんとかしてプリムから追い出してやりたい。


 ベルは額に浮かぶ汗を拭う。

 疲労は全身に蓄積していて、パフォーマンスも落ちてきている。

 それは、プリムも同じだ。

 パフォーマンスが落ちているのに、最初から変わらないペースで対抗できている。つまり、それだけプリムも疲弊しているのだ。


「『あははは、Sランクって大したことないのね。剣術も、身のこなしも、判断能力も、全部素人の領域じゃないの』」


 プリムがじわりと距離をつめてくる。ベルは拡散しそうだった神経を集中させた。


「『ねぇ、どんな不正をしたの? 教えてよ。カラダ? それともおかね?』」


 嘲りながら、プリムが一歩、二歩と近寄ってくる。そして──三歩目で、狙いのそれはやってきた。

 すとん、と、足を抜かすようにしてプリムが膝をつく。見れば、足ががくがくと震えている。

 その顔が、はじめて驚愕に染まった。


「『え?』」

「限界だよ」


 ベルは油断なく構えながら、とんとんとん、と足先を三回、地面をたたく。


「体力の限界の差だ」


 ベルとプリムは、体格からして体力量が違う。特に筋力においては、ベルに大きく劣るだろう。とはいえ、プリムの肉体も十分に鍛えられている。

 極々短時間であれば、肉体の限界を超えた機動も可能であるし、腕力でもベルに拮抗することができる。

 もちろんそれは無理をして、である。

 限界を超えて動き続ければ、いずれスタミナがつき、体が動かなくなる。


 ベルはそれを狙っていた。


 プリムが取り憑かれていたせいか、その限界を迎えるには時間がかかったが。

 後は、プリムを開放してやるのみ。


「――《狐火》っ!」


 刹那だった。

 チャコが起きぬけに魔法を放ち、プリムを燃やす!


「『ぐうっ!?』」

「《短冊切り》」


 ベルが素早くとびかかり、プリムのもつナイフを片付ける。

 プリムが目を剥いて怒りに顔をゆがめるが、そこにチャコの追撃が直撃する。


「『っがぁっ!?』」

「私の狐火には浄化の力がある。だから、このままプリムにとりついてたら、あんた死ぬんだけど、それでもまだプリムにとりつく!?」


 悲鳴をあげるプリムに吠えながら、チャコはさらに指先へ魔力を集める。


「『そうか……気絶していたフリか、あるいは気づいても寝たフリをしていたか……どちらにせよ、このチャンスを待っていたのか』」

「そうじゃないと、あんたに一撃与えられそうになかったから」

「『は、はは、はははははっ。小娘が、考えるね』」


 口調が、プリムのそれではなくなっていた。


「『でも、僕もその程度は予測していたさ。だからね、奥の手を持っているんだよ。もうそろそろじゃないかな』」

「……そろそろ?」


 チャコが訝しんだ直後、誰かが砕けた窓から入ってくる。

 月光に照らされたそのフォルムは、明らかに異形。辛うじてヒトをなしているが、異常に長い手足に、細い体。そして、まるで馬にもにた面構え。

 だが、ベルにはひどく見覚えがあった。


「店主……⁉」


 そう。

 ベルにクビをつきつけた料亭クロウバートの店主、イースト。

 強い混乱がやってくる。

 どうして、その店主がこんな場所に。


『恨みだ……この深い恨み! 息子を殺された恨み! 今、ここで果たしてみせよう』


 みしみしと、肉の引きちぎれる音と、骨の砕ける音。

 思わずだろう、チャコは目を背けながら耳をふさぐ。ベルは目を離せなかった。


 異形が、さらに変化していく。


 その両腕を、禍禍しい刃に。


「恨みって……息子……若旦那?」

『その通り。キサマが無残に殺したわが最愛の息子! 息子がどんな思いをして死を迎えたか……キサマにも同じ思いを、いや、それ以上の苦しみを味わわせてくれよう!』

「『あはは、いい感じにキいてきたようだね』」


 おかしくなっている店主の反応に、誰よりも喜んだのはプリムだった。

 視線を送ると、プリムは凶悪に笑う。


「『彼はベルを強く恨んでいる。今回のこの騒動の首謀者にもなってくれたくらいだからね。まぁ、ちょっと魔術で狂うくらい憎しみを増幅させたけれども』」

「それって、ちょっとじゃないよね」

「『細かいことはいいんだよ。彼は僕にとって有益だったから』」


 プリムから、闇と影が離れていく。

 狐火の効果で、プリムにとりついていられなくなったようだ。闇と影は、嘲笑う顔の表情をかたどりながら、周囲を漂う。


「有益? こんな街をめちゃくちゃにするようなこと!」

「『ああ、街なんてどうでもいいんだ。ただ、君やベル、そしてこのバカな男、イーストが使いやすそうだったから利用したまでなんだ。僕の目的達成のためにはね』」

「目的達成?」

「『その通り。僕の名はフリーク。元Aランク傭兵』」


 闇と影が、異形となったイーストにまとわりつき始める。


「『またの名を、絶望の召喚者』」

「絶望の……召喚者……」

「『そう。僕は元々、悪魔教の司祭でね。それで色々と研究して、やっとみつけたんだ』」


 イーストが嗤う。


「『大罪の悪魔の召喚方法をね』」


 ざわり。

 と、ベルの全身がざわついた。


 大罪の悪魔。


 かの大陸戦争において、特に戦争初期に地獄の猛威を振るった種族、悪魔。

 一時期人間の領土の大半を手中におさめ、人類の三分の一が餓死するという悪夢の時代を迎えさせた。その地獄から、英雄が生まれ、悪魔の中でも特に凶悪な戦闘能力を誇っていた大罪の悪魔どもを封印した。

 そんな天災ともいえる存在の、召喚。


「あんた……何をしようとしているのか分かってんの!?」

「『当然だとも』」


 影が、闇が、イーストが、優雅に両手を広げる。


「『大陸戦争の再燃。そして悪魔の復活による、地獄の到来』」


 当然のように、それを口にする。


「『我ら闇の中に生きる種族にとっては、天国の再来さ』」


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新連載はじめました! フルコメディ魔法少女モノです! ぜひ読んでお楽しみください!
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