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雷神のリア

 リアは奮闘していた。

 相手の数は十五人。さすがに武器もなく、ただ回避し続けるだけ、というのは、リアにとっても困難だ。

 相手も曲がりなりにも騎士団。

 連携もとれれば、攻撃手段も考えてくる。


 リアはそれでも回避し続けたが、とうとう捕まって、今は袋叩きにあっていた。


 もう全身、殴られていない場所などない。

 鉄の籠手で守られた拳が、リアの鳩尾を穿つ。鍛え上げられた筋肉も、何度も叩きつけられれば悲鳴をあげる。


「……ぐはっ」


 ずしりと重いダメージが蓄積されて、リアの足が止まる。すかさずいくつもの拳と蹴り足が襲ってきて、リアは衝撃に耐えられず地面を転がる。

 血が、点々と地面を染める。


 ──んにゃろう。


 気合いで起き上がり、顔面をさする。ぬるっとした手応え。どうやら切ったらしい。

 久々に息があがっていた。

 片目はまぶたが腫れ上がったせいでほとんど塞がってしまっている。よく見れば両足は限界近く、僅かに痙攣を始めていた。

 正しく満身創痍。

 しかし、リアから放たれる尋常ではない威圧に、騎士団の連中は追撃をかけられずに怯んでいた。情けねぇ。とリアは内心で切り捨てつつ、自分の状態を素早く確認する。


 ──あと、どれくらいもつか。


 すっかり汗で濡れてしまった服で血を乱雑に拭い、リアは息を整える。

 余力はもう少しだけある。

 時間はまだ稼げるだろう。


「くそ、なんなんだコイツは……!」

「殴っても殴っても、倒れねぇ……」

「いい加減死ねよ!」

「はっはっはっは!!」


 口々にやってくる罵倒をリアは笑い飛ばした。


「悪ぃな。ちょっとやそっとじゃ倒れねぇ身体なんだよ、俺はな」


 ぞわり、と、威圧だけで風を呼ぶ。

 伊達でSランクを手にしたわけではない。

 リアはあの大陸戦争で《英雄》と呼ばれる程に活躍した傑物だ。今の現状よりもよっぽど酷く、絶望的な場面には幾度と出くわしてきた。

 その全てをかいくぐっって、今、ここにいる。

 大陸戦争を経験していないひよっこなど。


「こ、このっ……!」


 完全に気持ちで負けた騎士が、とうとう武器を手にする。釣られるように、次々と騎士どもは剣を抜いた。

 体内時計で約一時間半……──なるほど、辛抱できた方かな、がきんちょどもにしては。

 リアは笑む。

 これで一撃を食らえば、リアにも反撃する権利が与えられる。容赦なく魔法でぶちのめせるだろう。

 すなわち騎士団連中の敗北を意味するのだが、騎士団連中は追い詰められているせいか理解していない。


「問題はその一撃をどうするか、だな」


 自分だけに聞こえるよう、リアは声を絞る。

 いくらぼんくらどもの生ぬるい剣でも致命傷を受ける可能性はある。

 なるべく排除したいところだが……──。


「囲め! 殺せ!」


 考える間に、リアは囲まれる。

 無駄に思えるくらいの連携で、リアは逃げることを許されない。


「そういう常套手段はしっかり使えるのな」


 呆れながら頭をかきむしり、リアは苦笑してから身構える。片腕失う覚悟で一撃を回避して受け止め、反撃に出る。

 腕がくっつくかどうかは、斬られ方次第だが、切り口には期待できないだろう。

 とにかく、どうなるかは後から考える。


 覚悟を決めて、リアはどっしりと構える。


 より一層威圧が増して、騎士団の連中はへっぴり腰になりながらも剣を向けた。


「そこまでですよ」


 ギルドマスターの清らかな声が響いたのは、まさにその時だ。

 動揺が広がる中、ギルドマスターは上空からリアの隣に着地した。その手にはリアの大剣がおさめられている。

 リアは安堵したように息をつき、何も聞かずに大剣を受け取った。


「な、なんだてめぇ!」

「エルフか……?」

「俺たちが誰だか分かってんのか!」


 突然の乱入者に、騎士団の連中ががなりたてるが、ギルドマスターは指を一つ鳴らして魔法を発動。風を騎士団の顔面に叩きつけて強制的に黙らせる。

 静かになったタイミングで、ギルドマスターは薄く笑う。


「さえずるな、下衆風情が」


 ギルドマスターはリアにも劣らない威圧を乗せていい放ち、完全に場を掌握する。


「ついさっき、ギルド会館にかけられた全ての嫌疑は晴れました。よって騎士団のその行動も単なる違法行為でしかない。ただちに武器を下げなさい」

「な、なんだと……!?」

「ファブニル。ギルドに対してのこのような狼藉ただですむと思ってはいけませんよ?」


 驚いて声を失うファブニルに、ギルドマスターは酷薄な笑みをぶつける。


「どうやってタイミングを揃えて襲撃してきたか、黒幕との繋がりや、リアとベル……僕の可愛い部下たちへのいわれなき罪状への荷担など。ファブニル。あなたには聞かなければならないことはたくさんあります」

「…………っ! 何を賢しらに、エルフごときが! このファブニルには大義があるのだぞ! 貴様らギルドの不正により、我が盟友キノキノテニアやその奥方が不当に捕らわれたこと、我が騎士団に泥を塗ったこと! 拭えぬ確かな重罪!」

「キノキノテニアが不正を働いていたんだよ」

「……何?」


 気炎をはいていたファブニルが硬直する。


「もう一度いおう。キノキノテニアは、立派に不正を働いていた。聞こえたかな?」

「あ、ああ、あ、そ、そのお声は……あ、アドミオール辺境伯……!?」

「その通りだ。ファブニル男爵」


 丁寧な所作で姿を見せたアドミオールは、ギルドマスターとリアに恭しく一礼してから、アドミオールはなんの感情のこもっていない怜悧な目を向けた。

 見据えられただけで、ファブニルは慄く。

 その恐怖がありありと伝わってくる。


 当然だ。


 男爵が辺境伯と相対するなど、そうそうない。

 まして敵意をぶつけられて尋常な状態でいられるはずがなかった。


「ファブニル男爵」

「は、はいっ」

「君の行動にはとってもがっかりだ。貴族らしからぬ浅慮浅薄。真意を探らず、愚かにも操られるなど、言語道断。あげく、このような暴挙」

「う、うぐっ……!」


 ファブニルは数歩、たどたどしく下がっていく。


「今回の一件は、全てギルド側が正しくあり、ギルドを貶める何者かの策謀によるものである。それに加担する一切に、私は弾劾する」

「……! ど、どうして」

「かのギルドには、ミスリル洞窟の一件でお世話になったからな。ましてその一件の最大の功労者に変な嫌疑がかけられるなど、私の身が耐えられない。彼は、ベルは間違いなくSランクの実力を持っている」


 アドミオールは自分の胸をどんと叩いた。


「まして、彼はSランクでありながら人としてもよい。わが領内の無茶な職人の無礼で不躾な願いを見事に聞き届け、叶えてみせた。そのような人物が、不正など働いているとはとても思えない」

「そんな……」

「故に、私は彼らの身分やその全てが正しくある形であると立証する」


 ざ、と、確かに重い一歩を踏み出す。


「な、そんな……」

「つまり、今この場において、逆賊はファブニルとその騎士団である、と?」


 アドミオールとギルドマスターは、ゆっくりと頷いた。

 直後だ。

 リアの全身から稲妻が迸る。


 《雷神》リアの降臨だった。


 直後、その稲妻が一瞬にして広がり、騎士団の全員を打ち据える!

 その威力はとても気絶させる程度のレベルではなく、一切の遠慮がない。


「「「ぎゃああああああああああああ――――――――っ!!!」」」


 たっぷりと痺れと激痛を味わわせてから、リアは野蛮に大剣を構えた。


「さぁて、騎士団のクソどもぉ。準備運動にしてはちぃと身体いてぇけど、まぁ、倍返しにはちょうどいいぜ。相手してくれや」


 ぷすぷすと焦げて煙をあげてぐったりと膝をついていた騎士団の連中の全員が、恐れる。

 だが、当然リアに遠慮はない。


「さぁて、死ぬか死なないかは、お前らの体力次第ってとこだ」


 その大剣に、稲妻が迸った。




 ▲▽▲▽




 最悪の戦いだった。

 ベルは必死に意識を集中させ、プリムが繰り出してくるナイフの一撃を受け止める。

 顔のすぐ傍で、剣戟が鳴り響き、火花が散る。

 ギリギリとつばぜり合いをしてから、ベルは力技で弾き飛ばす。


「……はぁ、はぁっ!」


 壁や天井が崩れた足場の中、プリムはチャコ以上の身軽さで飛び跳ね、距離を取る。

 視界が悪い上に狭い。

 スキルを頼りに戦うのが基本のベルにとっては、最悪の状況だった。

 しかも相手はプリム。

 仕留めることは当然許されず、制圧だけを目的にしていたが、まだスキルの加減は簡単ではない。結局、魔法で打ち消されてしまう。


「『あら、どうしたの?』」


 息が荒いベルと違い、プリムは余裕そうだった。


「『ねぇ、その程度なの? もっと楽しませてよ、私を』」

「……いい加減、プリムを開放しろ。そうしたら、楽しませてやる……」

「『あはははは、無理だよ』」


 プリムは笑ってから、ナイフを構えた。


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