リアとベル、チャコの奮闘
リアは激怒していた。
それはもう、マグマでさえ蒸発させるくらいに。
だが、今の自分は傭兵としての立場を失っている。故に、騎士団の連中とまともに戦うことは許されない。今、ここでその禁を破ることはできなかった。
何せ、ギルドマスターが動いているのだ。自分たちの無実を晴らすために。
せめて、それが為されるまで、リアは大人しくしていなければならない。
とはいえ、ギルドへ攻めてくるという異常事態だ。ここで動かなければ男が廃る。特に今は、南の魔物の群れへの対処に集中させてやりたい。
複雑な状況の判断から、リアはたった一人、騎士団と相対していた。
「これはこれは、元《雷神》のリア殿ではないか。どうなされた? 貴殿は確か、今、傭兵ではないはずだが?」
「ああ、そうだな。けど、この街の住人であることには違いねぇ」
どう見ても不細工にしか見えない変な飾りの口ひげを撫でるファブニルに、リアは嫌悪を示す。キノキテニアと密接につながっているこの男爵もまた、いい噂は耳にしない。
叩けば埃が出てくるだろうが、今はそんなことをしている暇もない。
ただ、リアにできるのは足止めくらいだ。
「ほう、では住人として、この私に逆らうと?」
「そうなるな」
答えると、騎士団の連中が一斉に剣を抜く。
その反応に、リアは嘲笑う。
「おいおい、まさか単なる一般市民に武器を向けるのか? 誇り高き騎士が? しかもよってたかって? おいおい、騎士道精神はどこにやった? 捨ててきたか? それともママのお腹の中に忘れてきたか?」
明らかな挑発だった。
だが、プライドだけは高い騎士団の連中にはひどく効果的で、全員が剣を捨てた。とはいえ、それで引き下がりはしない。
むしろ敵意だけをいえばより上昇させてしまっている。
「キサマ、言わせておけばっ……!」
「はっはっはっは。悪ぃな。俺は口が悪くていいたいことはすぐに口にしちまうんだ」
もっとも、今のはワザとだが。
「でもまぁ、拳で語るってぇんなら、付き合ってやらんでもねぇぞ」
「ほう、キサマ、なにをいっているのか分かってるのか?」
「傭兵風情が……!」
騎士団の連中は拳を握りしめながら、殺意を漲らせてくる。
「俺たちは今、騎士としての任務の途中だ。もしその任務を一般市民が阻害すれば、即死刑が許される。その場合は、剣で殺せるぞ」
そんなこと、リアはとっくに承知している。
「だからどうした? 俺からは手を出さなきゃいいんだろ? とっととかかってこいや」
「てめぇええええええっ!」
騎士団の一人が激昂し、殴りかかってくる。
その大振り極まりない一撃を、リアはあっさりと左へ回避する。
よし。いいぞ。
挑発に乗せられた。
後は、体力勝負。
「ほら、こいよ。付き合ってやるぜ!」
リアは両手を叩いて挑発した。
▲▽▲▽
嘘だろ? なにが、どうなった。
ベルはただただ、混乱していた。
綺麗に清掃されていた室内は、見るも無惨な状態になっている。床下から破壊された。
床が、いきなり爆発したのだ。
咄嗟にベルはチャコを抱きかかえて飛び退き、辛うじて直撃だけは避けた。
とはいえ、爆風の影響はモロに受けているし、破壊された破片に全身を殴られているのでダメージはある。
「……つぅ」
痛みに声が漏れる。
自分にのしかかる瓦礫を押し退け、薄暗い中、痛みをこらえながらベルは起き上がる。
爆発の影響か、周囲はまだ煙たい。
「チャコ、大丈夫か」
「う、うん……いったい何が……って、おにいちゃん! 上!」
チャコが顔面を蒼白にさせて指を向ける。
天井には、ブランがめりこんでいた。
「……ブラン!」
「ぐ……は……っ」
思わず声をかけると、ブランは弱々しい声を漏らした。
見るからに重傷だ。すぐに手当てをしてやらないといけないだろう。
「プリ……ム……」
ひどい状態にも関わらず、ブランは目をうっすらと明け、白煙の中に佇む影を睨む。
「『邪魔ね』」
たったその一言で周囲が勝手に風を起こし、煙を払い除ける。
プリムの声を、低くくぐもらせたような声色と共に、プリムは姿を見せた。
ぞくり。
ベルは背筋を震わせる。
薄暗い中でもはっきりと分かる。プリムの目は不気味に黒と赤に染まり、闇にまとわりつかれている。恐ろしいくらいの魔力が渦巻いているのが、ベルでも分かる。
およそ人間のまとえるそれではない。
明らかに何かにとりつかれている。
「プ、プリム……?」
おそるおそるチャコが声をかける。
「『あら、チャコじゃない』」
わずかに首を傾げながら、プリムは怪しげに笑う。こんな表情も仕草も、プリムは絶対にしない。チャコはベルからそっと離れつつ、全身で警戒を露わにする。
プリムはそれを見て、ぷっと笑う。
刹那だった。
――ごうっ!!
渦を巻くとんでもない暴風が吹き荒れ、周囲を破壊しながらチャコを狙う!
命を摘み取る暴風が直撃する前に、ベルがチャコに飛びついて突き飛ばす。
「おにいちゃんっ!?」
「がっ!」
暴風が、ベルの全身をあらゆる角度から殴りつける。
ぐるぐると目まぐるしく景色が変わり、背中から壁にたたきつけられた。
激痛に、視界がゆがんだ。
「――――――――っ!」
「おにいちゃんっ! ちょっとプリム! いくらなんでも許さないよ!」
「『あら、何を許さないの?』」
優雅に、無礼に。プリムは嘲笑う。
「泣いても許さないんだからね!」
完全に怒ったチャコは、崩れた足場を器用に飛び跳ねてプリムに接近する。
またたく間に接近すると、チャコは指先に炎を灯す。
「《狐火》っ!」
火炎系として上位に君臨する系統の狐火は、浄化の性能も持つ。
プリムにつきまとっている闇に対しては、効果的のはずだった。だが、プリムは嘲笑うようにして自分自身も炎をまとい、狐火を相殺する。
熱が、周囲に広がる。
赤く染め上げられた室内で、プリムが動いた。
ナチュラルに。
まるでただ近寄りたいから、というような無邪気ささえ見える動きで、プリムはチャコに一瞬で接近した。慌ててチャコは後ろに飛ぶが、プリムの方が速い。
「『誰が、誰を泣かすって?』」
「……っ!」
ただ乱雑に腕を振るうだけの、荒々しい一撃を、チャコは右に飛び跳ねて躱す。
びゅお、と風圧がチャコの頬を撫でる。
「『ねぇチャコ。ちょっと調子に乗ってるんじゃないかしら』」
「調子にって……」
「『ちょっと自分たちの方が優れてるからって、そんな偉そうな口を叩いて。一応、私の方が年上なんだけどね? 先輩なんだけどね? ちょっとは節操を持ったらどうなのかな』」
プリムとは思えない饒舌さで、プリムはチャコを追い詰めていく。
「『私がどれだけ惨めな思いをしたと思ってるの。あんな出来の悪いバカみたいな相棒を必死に必死にサポートしようとしてコントロールしようとして。あんたはいいわよね。ベルはとっても優秀だもの。そのスキルさえあれば、魔物なんて簡単に倒せる』」
次々とプリムの荒々しい攻撃が繰り出される。
チャコは必死に左右に回避し、軽業師の能力を発揮しながらカウンターを狙う。だが、そんな余裕はない。
「『っていうか、あんたなんていらないよね。むしろ、あんたはお荷物』」
「……っ!」
容赦のない詰りに、チャコの顔が軋んだ。同時に、動きが鈍くなる。
プリムがすかさずそこを突いた。
容赦の無い一撃が、チャコの顔面をとらえる。
「きゃあっ!」
「――――っ!」
その悲鳴を聞いて、ベルが覚醒した。
気合でめりこんだ壁から脱出し、痛みなんて全て忘れて、チャコを背後からキャッチする。軽い手ごたえを覚えつつ、ベルは真っすぐプリムをにらみつけた。
「いい加減にしろ、プリム!」
「『いい加減にするのはそっちよ。私はね、ベル。あんたが憎いの。何一つ苦労しないで、何一つ辛い思いもしないで、Sランクにまであっさりとのぼりつめて。何よ、何よ何よ何よ何よ何よ!』」
プリムの全身から、怒りがにじむ。
「だからって」
ベルは不器用に真っ向から受け止めつつ、言い返す。
「チャコに危害を与えていい理由にはならない」
「『……やるというのね?』」
ベルは黙ってうなずき、チャコを隣に寝かせてから包丁を抜いて前に進む。
「『いいの? 手を出したら、傭兵としてやっていけないわよ? 死ぬわよ?』」
「……自分、不器用なんで」
チャコを守れないくらいなら、傭兵なんて。
ベルはあっさりと決意した。




