憎悪の増幅
「まさか、スタンピードか!」
「いえ、どうも周辺の魔物がこぞって襲ってきているようです!」
「どういうことだ……? くそ、すぐに緊急クエストを出せ! それと周辺の街にも援護を要請! 出し惜しみすんな、すぐにやれ!」
「は、はいっ!」
檄を飛ばされ、職員は慌てて部屋を後にする。
リアは足を踏み出しかけたが、なんとかとどまった。
「このあたりの魔物は強くねぇ。街の防衛機能は弱いっていっても、最低限の防護柵はあるし、有事の際の対処方法もある。しっかりやればどうにかできる。問題は指揮だが……」
「た、たたた、大変です!」
「どうした?」
また別の職員が駆け込んできて、リアは眉根を寄せた。
魔物の襲撃なら耳にしている。だが、それとは違う様子だった。
「サブマスター、このギルド会館に宣戦布告されました!」
「……はぁ?」
「ちょ、それ、えぇっ!?」
とんてもない爆弾発言に、リアは眉をつりあげ、チャコも目を白黒させて驚く。ベルも思わず硬直してしまっていた。
宣戦布告。
傭兵ギルドに。
いったい、どこのだれが。
さすがにリアも動揺している。
「その、ファブニル騎士団と名乗っていまして……」
「ファブニル……? ああ、キノキテニアが連れてきたへっぽこ騎士団か」
「その、ファブニル男爵自ら率いて侵攻してきているのです。諸悪の根源はギルド会館にあり、大義は我らぞ、と」
リアの表情が完全に固まった。ぷるぷると指先が震えている。
「…………あ?」
たったその一言で、周囲の空気が一気に冷え込んだ。部屋の内装の色が全部失ったかのようだ。
寒気を覚えていると、リアが静かに立ち上がる。
「わかった。そのクソ騎士団は俺に任せろ」
「サブマスター?」
「やりようはいくらでもある。任せておけ。ベル。お前はまだ動くなよ」
人差し指を向けられて、ベルはくぎを刺される。
ベルは何度も頷く。
満足そうにリアは親指を立てて、部屋を後にした。
「だ、大丈夫かな、リアさん……」
「あの人なら、なんとかすると思う」
どうにも胸騒ぎがする。
ベルはあえてそっちは口にしなかった。リアはいつだって自分たちを導いてくれる人だ。どんな困難にも真っすぐ立ち向かう強さがある。
きっと、大丈夫だと思えた。
ベルは静かにため息をつく。
いきなり魔物の群れの襲撃。騎士団の侵攻。そして、自分たちのギルド活動の禁止。できすぎたタイミングだ。カンの鈍いベルでも分かる。
そう。分かりやすすぎる。
そこが、どうにも引っかかる。
そっと窓からギルド会館の方を覗くと、見るからに騒がしい。次々と傭兵たちが集まってきては、飛び出していく。街の奥の方角からは、赤い光――火の手が見え始めていた。
▲▽▲▽
――ああ。どうして、こんなことになってしまったんだろう。
息が切れる。
痛い。
血のにおい。
痛い。
意識が、途切れる。
息遣いが、荒い。
足が重痛い。
いやだ、もういやだ。
肺が苦しい。
喉が乾いてひりつく。
酸素が、追いつかない。
どれもこれも悪条件だ。
それなのに、ブランは足を止められなかった。
獣人という強靭な肉体でなければ、とうに倒れているだろう距離を、血の足跡を残しながら踏破し、ようやく街へ入っていく。
どういうことか、街は相当な騒ぎになっていた。
すっかり鈍くなった嗅覚をすんすんと研ぎ澄ますと、近くで膨大な魔物の生臭いそれが漂ってきているのを察知した。
――魔物が、群れでやってきてる? まさか、そんな!
動揺しつつも、ブランの足は止まらない。
魔物の群れへは、すでに先輩傭兵たちが向かっている。こんな傷だらけの自分が参戦したところで、どれだけの戦力にもならないだろう。それ以上に、今、ブランにはそんな余裕がなかった。
ベル。ベル、ベル!
ただひたすらに名前を呼びながら、ブランは街を駆け抜けていく。
びきびきと体が悲鳴をあげるたび、体が獣になっていく。こうして強化してやらないと、肉体を保っていられない。
「助けて……助けてくれ、ベル!」
ブランは最後の力を振り絞るようにして、ギルド会館へ駈け込んだ。
「助けてくれ……姉さんが、姉さんがっ!」
そう手を伸ばした刹那だった。
ブランの背中が、踏みつけられる。
否応なしに地面に叩きつけられ、ブランは弱った肺から空気の全てを漏らした。一気に酸欠になって、景色がぼやける。
それでも手足を動かすが、ブランの背中を踏みつけるそれはあまりに強大で、身動き一つ取ることを許さない。
「『ひどいわね、ブラン』」
それは、プリムの声で語り掛ける。
「『姉さんは、ここにいるわよ?』」
――否。プリムの声を騙る、深淵なるものの声だった。
▲▽▲▽
「……ほう、無事に攻撃が始まったようだな」
双眼鏡から街の様子をみながら、イーストはほくそ笑む。
町の南側からは魔物の群れ。街の北側からはファブニル騎士団。この挟撃にギルドは大きく揺さぶられている。当然、ギルド会館本部はほとんどもぬけの殻だろう。
そこへ、フリークが突入する。
ベルをここへ連れ出すのだ。
そして、生まれたことさえ後悔するような、残虐な目にあわせてやる。
フリークは足元に幾つも転がる木箱を蹴破る。
がらがらと中から落ちるように飛び出てきたのは、剣やナイフ。棘のついたムチや、槍など、様々な道具。武器だけでなく、拷問用の器具もあった。
いったいどれだけの悲鳴が聴けるだろう。
いったい、どれだけの血が流れるだろう。
いったい、どれだけの涙を見れるだろう。
イーストは、心のわくわくが止まらなかった。
ただただ、ベルへの膨らんでいく一方の復讐心で充満していた。
「わが息子の仇……今、果たすぞ……!」
イーストはぎょろっと濁った眼を、月明りに照らした。
心が躍る。
どこまでも黒く、どこまでも真っ黒に。
全ての策はそのために練り上げたものなのだから。
「ベル……ベル……べるぅぅううううううううううう――――っ!」
力の限り。
まるで獣の雄たけびのように、イーストは叫び、吠え、怒鳴りちらし、自ら手にもった剣で自分の周囲の草花を薙ぎ払う。
殺したい。ああ、殺したい。
嬲り殺したい。
ゆらりと体がのけぞってから、猫背に戻る。
ぼとり、と、ゆだれが落ちる。
「さぁ、早く、早く。我のもとへ」
声がしゃがれているのにも気付かず、イーストは渇望を口にした。
その影が、不気味なほどに歪んでいることにも気づかず。
「あ、ああ、ア、アアアアッ……!」
どんどん展開していきます。
次回の更新をお楽しみに。
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