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仕掛けられた罠

 ベルたちが戻ったころ、ギルド会館は騒然としていた。傭兵たちのばか騒ぎで、ではない。むしろ静かなくらいだ。

 だが、いつもとは明らかに違う緊張感が漂っていて、空気がすごく重い。

 傭兵たちはクエスト掲示板の近くやカフェのテーブル席に座りつつも、ちらちらと受付の方へ視線を送っていた。


「な、なんだろう……?」

「今はおとなしくしておこう」


 ただならぬ空気は、受付を挟んで睨みあう、数人の使者らしき格好の連中と、リアとギルドマスターから放たれている。

 特にリアは今にも戦いを始めそうな勢いだ。


「ふざけんな、どういうことだ」


 怒気を多分に孕ませた声で、リアは問う。


「どういうことも何も、令状の通りだ」


 対する使者たちは、リアの鬼気迫る威圧をものともせずに冷たくいい返した。

 なんとも、おそろしい。

 使者は令状を掲げた。


「全国傭兵ギルド委員会よりの通達だ。ここに所属するギルド員、ベルホルトがSランクを手にしたことに対し、不正が働いているという告発をうけた。従って、ベルホルトの嫌疑が晴れるまで、一時的に資格の剥奪、傭兵としての活動を一切禁止するものとする」


 朗々と読み上げられ、ベルは目が点になった。

 ──自分が、資格の剥奪?

 ハッキリと明言するが、ベルは不正など一切働いていない。


「てめぇ……! それがどういうことだっていってんだ。不正なんてするはずねぇだろ!」

「口を慎みたまえ、《雷神》リア。お前にもその不正に強く関わっているという嫌疑がある」

「なっ……!」

「よって、リア。お前も自宅謹慎だ。ギルドに関わる一切への関与をこれより禁じる」

「承服致しかねますね」


 一方的なものいいに、ギルドマスターが抗議の声をあげた。


「二人に嫌疑がかけられているのであれば、ギルドマスターである私にどうして事前の通達がなく、かつ、捜査資料の提供がないのか」


 冷静に。


「二人の活動を制限させられるほどに捜査は進展しているのでしょう? 私はこのギルドの統括責任者だ。知る権利はあるはずですが」

「権利は認めるが、あなたは嫌疑のかけられているリアと懇意だ。悪いが、情報の横流しの可能性がある以上、提供はできない」

「……──なるほど」


 ギルドマスターは笑顔で頷き、しれっと魔力を渦巻かせる。内心で怒り狂っているのがありありと分かった。


「リア。ここは指示に従っておきなさい」


 ギルドマスターは静かに、本当に静かにいう。リアは大きく深呼吸して、「わかった」と小さく答えた。

 あれだけ表に出していたリアの怒りが消える。その完璧な自制に、ベルは驚いた。


「では、これよりベルホルトとリアの両名のギルド活動を禁止する」


 使者はふてぶてしくいいはなち、令状をギルドマスターに渡す。

 すでに周囲からはベルへ視線が集まりはじめている。居心地の悪さを覚えると、チャコが袖を引っ張ってきた。


「そんな、おにいちゃん……っ、どうして!」

「たぶん、考えがあると思うから。ここで抗議しちゃダメ」


 ベルはチャコを諌める。


「うぅっ……!」

「ベル!」


 悠々と使者たちが立ち去っていくのを見送ってから、リアが駆け寄ってきた。


「すまん。変な横やりをいれられたみたいだ」

「いえ……でも」


 ベルにも不安が浮かぶ。

 このまま、傭兵もクビになってしまうのだろうか。その可能性は否定できないはずだ。


「俺たちは何の不正も働いていない。お前のスキルを見せれば、すぐに証明される」

「ですが、問題はそんな検証をしてくれるかどうか、ですね」


 神妙きわまりない表情を浮かべつつ、ギルドマスターは顎を指先で撫でる。


「明らかに不穏な権利からの差金でしょう。おそらく、運営委員会に口が利く程度の貴族とか、莫大な寄付金をした誰か、か。国家権力の可能性も捨てきれませんが」

「そんな可能性があるの?」

「寄付金や貴族の口利きは運営委員会にとってはかなり重要ですからね」


 愕然とするチャコに、ギルドマスターはうつむきながら答えた。

 これにはいろいろな問題が絡んでいる。どうすることもできないのだろう。


「組織の腐敗だけは許しちゃいけないんで、そこはしっかりとやりますけどね。と、いうことで、僕はこれから外出します。君たちの無実を晴らさないといけないからね」

「ギルドマスター……!」

「僕に任せておいて。それまで、ちゃんとおとなしくしておくように」


 さっそうと、ギルドマスターはギルド会館を後にした。

 ベルたちはリアに連れられ、自室へ戻った。

 ベルはSランクなので、部屋もランクアップしている。客間まで用意されていて、くつろぐには十分な広さだ。


「ったく……」


 そのソファに、リアは勢いよく腰を落とした。

 明らかに苛立っている。がりがりと頭をかいてから、膝に肘を置いてうなだれた。

 その姿勢のまま、ずっと沈黙が落ちた。

 いい加減、お茶でも淹れた方がいいだろうか、と考えたころ、リアが口を開いた。


「本当にすまんかった。俺としたことが……」

「いえ。リアさんが悪いわけでは」

「そうだよ! そもそも、なんでおにいちゃんが!」


 チャコも憤慨して地団駄をふむ。

 相当腹に据えかねているようで、頬をぷっくりと膨らませ、耳まで真っ赤だ。


「いきなりAランクからスタートして、研修期間が終わると同時にSランク。やっかみは当然のようにうけると思う。だが、それは傭兵連中からであって、そいつらなら俺が黙らせられる自信はあったんだが」


 やり口が陰湿だ。

 傭兵たちにそこまでする理由はない。そもそもベルは真っ当に高ランクのクエストをクリアしていて、傭兵たちも実力を認めている。

 何より、ベルの料理の腕が素晴らしく、胃袋をがっちりつかまれているのだ。

 内部告発の可能性は非常に低い。

 リアはそのあたりを語ってから、大きくため息をついた。


「となると……考えられるのはキノキテニアか」

「今は獄中ですよね? 外と連絡なんて取れないんじゃ?」

「ああ。だが、獄中は俺たちの管轄にない。何かしらの配慮がある可能性は疑える」


 何か思いついたのか、リアは羊皮紙とペンを持ち出し、手紙をしたため始める。

 どうやら動くつもりらしい。


「これは傭兵活動じゃないからな」


 何かの言い訳のようにぼそりといってから、リアは羊皮紙に魔術をこめると、窓を少しだけあけてから羊皮紙を投げ捨てた。

 羊皮紙は何かの意思を持ったかのように、どこかへ飛んでいく。


「何したんですか?」

「キノキテニア周辺の動向を綺麗に洗ってみようと思ってな。知り合いに頼んだ」

「個人的に気になるから?」

「そういうこと」


 リアは意地悪く笑ってから、ふと夜空を見上げた。

 ベルたちもつられてみる。月がもう上に出ていた。随分と時間がたっていたらしい。


「ん? そういや、ブランとプリムの帰還報告がねぇな」

「帰還報告?」

「ああ。今日卒業試験なんだよ。そう難しい試験じゃないんだが」

「ってことは、もしかして何かあった?」


 チャコが顔を青くさせながら動揺する。

 ブランとプリムは、この傭兵ギルドでは一番の仲良しだ。気が気じゃなくなるのも、ベルは理解できる。実際、ベルも浮足立った。


「心配すんな。もし何かあっても困るから、試験監督もついていく。お前らの時だってギルドマスターがついていっただろ?」

「……そうでしたね」

「てっきり物好きでついてきたのかと。説明も何もなかったし」


 チャコは辛辣だった。

 リアは苦笑しつつ、口を開く。


「だから何か問題があったとしても、すぐに監督が試験を中止するはずだ。けど、そういった類の報告も何もない。俺が謹慎してるから報告があがってきていないだけ、って可能性も捨てきれないんだけどな」

「情報が欲しいところですね」

「それとなく、聞きますか?」

「いや、ダメだ。今、俺たちが俺たちから外と何か接点を持とうとするのは危険だ」


 リアは強い自制を働かせる。


「でも、気にはなります」


 ベルはリアに理解を示しつつも、思ったことを口にする。

 リアも頷きつつ、小さく息を吐いた。


「……あれ?」


 チャコが耳をぴんとはる。緊張感が見えた。

 ほとんど同時に、リアも何かを感じたか、立ち上がって魔法を発動させた。索敵魔法だ。


「なんだ、このバカみたいな反応は……!」

「すごくイヤな感じ……」


 二人がそろって顔色を変えたとたん、ドアがけたたましく開かれた。ギルドの職員だ。息も荒々しく、顔色も悪い。


「いきなりすみません! サブマスター!」

「どうした?」

「宿場街の南から、魔物の群れが押し寄せてきています!」

「……っ! なんだと……!」


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