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憎悪とチャコの装備

 深い、憎悪。 あまりの激情に、身体中を熱が渦巻いて荒れ狂い、歯がかちかちと鳴る。

 噂だけは耳にしていたが、たった今、確定情報が耳に入ってきた。


 ベルが、生きている。


 この町一番を誇る料亭、クロウバートに所属しておきながら不祥事を起こした上に、愛する我が息子を無惨な方法で殺した、あのベルが。

 許すつもりなど毛頭ない。


「とことん……ワシに……!」


 怒りのあまり、声にならない。

 暗い部屋で煮えたぎっていると、荘厳なドアがノックされた。

 不機嫌に誰何する。


「私です。フリークです」


 フリーク。

 ベルの所在地を報せてきた男だ。ベルを料亭から追い出してから、行方知らずになった息子を探すために雇った、流れの傭兵だ。

 自分の息子には遠く及ばないが、快活な青年で、その風貌に似合う有能さを誇る。短期間ではあるが、料亭クロウバートの長、イーストの懐刀になっていた。


「入れ」


 入室を許可すると、フリークは恭しく入ってくる。一礼を忘れないあたり、かなり高度な教育を受けている。

 これだけの男が傭兵なぞやっている理由は分からないが、イーストは気にしない。

 今、この男だけが頼りだ。ベルへ復讐するためには。


「どうした」

「ベルに関する情報です。いろいろと集まりましたが、どうもキナ臭いことをしているようですね」

「どういうことだ」

「傭兵ギルドに登録したようですが、新人にしてすでにAランクを所持しているようです。こんなの、異例の中の異例――どころか、聞いたこともない異常事態です。それを許可したのは、宿場街の傭兵ギルド」

「隣街じゃないか」


 イーストは前のめりになる。なだめる様にフリークはゆっくりと頷き、続ける。


「あそこのギルドのサブマスターは英雄である《雷神》のリアですが、そのリアがどうもいれこんでいる様子。もしかしたら、何かしらの弱みを握って裏から操っているのかもしれません」

「……ありうる話だ」


 イーストは怒りに顔をゆがめる。

 ベルは無口で、反抗的な態度を見せたことはない、が、それは表向きだ。見た目はどうみても厳ついヤカラでしかないし、何をするか分からない恐怖は常にあった。

 何をしていても、おかしくはない。

 自分がもっとも愛する息子を、もっとも残虐な方法で殺せる男である。


「それにかこつけてなのか、いろいろと派手にやっているようです。あのキノキテニア殿も投獄されてしまったとか」

「なんと!」


 驚きに目を見張った。

 キノキテニアは上客の一人だった。まさか彼までベルの毒牙にかかってしまっていたとは。イーストはますます怒りにかられていく。

 なんとかしなければならない。


「下手すれば、ギルドそのものがベルの手に落ちているのかもしれません。実に嘆かわしい事態になっております」

「それは捨て置けんな」

「では、どうしましょうか?」

「確か、キノキテニア殿には、懇意にしていた貴族がいたはずだが」

「ええ。その貴族が所有する騎士団もベルに出し抜かれたとかで、強い恨みを抱いているようです」


 それならば、話は早い。


「よし。使者を出せ。協定を結ぶ。ベルを徹底的に追い詰めるぞ。これは、息子の仇討だ」

「良きご決断かと。では私めも及ばずながら策をめぐらせましょう」

「……そういってくるということは、すでに罠をはってあるんだな?」

「ご明察の通りで」


 美麗な青年の顔が、初めて醜くゆがんだ。




 ▲▽▲▽




 わいわい、がやがや。わいわい、がやがや。

 今朝のギルド会館は、いやに賑わっていた。行列は、クエストが貼り出される掲示板ではなく、受付の隣に設置された簡易長机である。

 そこで、ベルとチャコは朝食を販売していた。


 ギルドマスターの発案である。


 掲示板の近くにはカフェを設置していて、朝ごはんも食べられるようになっているが、評判はイマイチだった。理由は明白で、安価を最優先にしているので料理人を雇う余裕がなく、職のない傭兵や職員によって切り盛りされているからだ。

 傭兵たちからはとりあえず腹にたまるから、という理由だけで利用されている有様だ。


 それを激変させたのがベルである。


 食材も決して質がいいといえないし、調味料だって豊富にあるわけではない。

 だが、丁寧な下拵えと的確な調理によって、お値段はそのままにして、そこらの屋台よりよっぽど美味しい食事に仕上げてしまった。

 となれば人気が爆発するのは当然で、連日、こうして行列ができる。


「はい、サンドイッチ二つねー、はいお代はちょうど、ありがとう!」


 売り子のチャコの人気も高い。

 愛嬌があって愛想がよく、計算も早い。しかも狐耳でカワイイ。人気が出ないはずがなかった。ベルとしてはちょっとハラハラしている。

 とはいえ、傭兵たちはちゃんとわきまえていて、チャコに変なちょっかいを出そうとはしない。むしろ、小さい女の子が頑張って働いているのをにこやかに見守っている様子がありありと伺えた。


「おにいちゃん、サンドイッチの残弾大丈夫?」

「うん。もうできる」


 チャコに問われて、ベルはすぐに出来上がったばかりのサンドイッチを弁当箱につめていく。どうやら戦闘で料理スキルを使うようになったからなのか、スキルレベルが上昇しているらしい。

 今までよりも手際はよく、スピードも上がっていた。


「いやぁ、今日も盛況ですねぇ、ベルキッチン」


 そんなベルたちの背後からやってきたのは、にこやか笑顔で目にクマを作りまくっているギルドマスターだ。どうやらお腹がすいたらしい。

 リアの強烈な監視のもと、本当にほとんど寝ないで仕事を処理しているようだ。

 同情心はあるが、手伝うことはない。自業自得だからだ。


「並んでいただければ販売しますよ?」


 チャコは先制パンチを喰らわす。

 ぐは、とギルドマスターは胸を押さえてのけぞってから、周囲の傭兵たちからの強い視線を受けてすごすごと最後尾へ向かっていく。

 ベルはちょっとだけ苦笑しつつも作業に戻る。

 この調理は何もギルド会館のためだけではない。料理スキルの上昇は、そのままベルの攻撃力上昇につながる。スキル頼りのベルにとっては、立派な訓練だ。


 もちろん、地力をつける訓練も欠かさないが。


 このあたりはリアがしっかりコントロールしてくれるので、ベルは無理なく鍛えることができていた。とはいえ、スキルなしでの傭兵としての強さはまだまだだ。

 朝食の販売はあっという間に終わった。

 ギルドマスターもなんとか買えて、ほくほく顔である。


「はー、今日も完売御礼ね」

「うん」


 売上に関しては、食材費と場所提供料を支払えば後は全部ベルたちのものだ。とはいえ、販売価格はかなりの据え置きなので、莫大な儲けにはならない。

 だが、塵も積もれば山となるというもので、何日も続けるとそれなりの金額にはなった。


「チャコ」

「どうしたの? おにいちゃん」

「これで、チャコの装備を買いにいこう」

「私の?」


 きょとんとした顔で、チャコを自分を指さす。

 ベルは大きく頷いた。珍しいくらいに大きい感情表現には、意志の強さが込められている。チャコは少し戸惑う。


「え、でも、私に装備って……」


 チャコは軽業師だ。つまり身軽さが武器であり、そこまで凝った防具は基本的に装着しない。今も、身軽さを重視した服装だ。


「だからこそ、いいモノが必要だと思う」


 チャコの運動神経も運動能力も非常に高い。膂力をのぞけば、もうベルよりも上だろう。だが、攻撃に常にさらされる職業でもある。ベルのために傭兵になるというチャコの意思を邪魔するつもりはなくて、だからこそ、いい装備を揃えたかった。

 現状、チャコの装備はなめした皮を基本としていて、防御力は高くない。

 ベルはずっとそれを気にしていた。


「装備のアップグレードはいつでも大事な要素だぜ」


 悩んでいる様子のチャコを後押ししたのは、リアだった。すっかりとぐったりしているプリムとブランを片手ずつで抱えている。

 朝からずいぶんとハードなトレーニングを施したらしい。


「リアさん」

「だからいってこい。純粋に傭兵としてお前らが稼いだ金でもあるしな。あと、これ」


 リアは魔法を発動させ、ベルとチャコそれぞれに紐で巻かれた紙を浮かせて渡してくる。

受け取ると、蝋印が施されていた。

 ぴんときたベルは、紐をほどいて蝋印を丁寧に割る。


 ――ベルホルト。ギルドマスターの名において、汝をS級傭兵に認定する。


 美しい字で刻まれていたのは、S級傭兵の認定証だった。

 どくん、と心臓が高鳴る。

 S級。

 この言葉の重みは、散々習った。英雄と呼ばれるランクだ。このギルドでいえば、他にはリアしかいない。それだけ貴重なランクである。


「私は、D級ね」

「ああ。チャコちゃんはベルの相棒だから、そのランクだ。実力的にもE級じゃないしな。期待の新人として期待してるぞ。そういう意味もあるから、見た目はもう少し、そう、な?」

「……そういうことなら、分かりました」


 チャコはしぶしぶ頷いた。


「じゃあ、いこう」


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