S級クエスト、ポテトゴーレム
ベルとチャコは、早速準備を整えて出発した。ポテトゴーレムは宿場街から半日歩いた先、コトルの丘に棲息している。
丘といっても、緩やかな地形で背の低い草原が広がっているイメージの方が強い。近くには畑もあり、街道からも外れているため、人通りなんてほとんどなく、穏やかだ。
そこを、ベルとチャコ、ついてきたギルドマスターは進んでいく。
「もうそろそろテリトリーに入るんじゃないかな」
ぴた、とギルドマスターは人のいい笑顔を浮かべながら足を止めた。
丘を少し越えたあたり。まるで盆地のように広がるそこは、不自然な地形だった。川の跡なのだろうか、筋のようなものがいくつも地面を走っている。
不思議そうに首をかしげるチャコとは正反対に、ベルは眉を僅かに寄せた。
「……よくない、な」
「詳しいね。ベルくん」
こぼすような発言を、ギルドマスターは聞き逃さない。ニヤニヤしながらベルの顔を覗いてくる。
続きを促されている、と理解したベルは少しだけ間を置いて、ゆっくりと地面を指さす。
「あれは、ゴーレムが暴れた痕跡」
「暴れた、って……」
「ポテトゴーレムのランクはSだ。これは捕獲難易度が高い現れなんだけど、その一つってことさ」
チャコの疑問に、ギルドマスターが答える。
「ここからは全神経を常に尖らせておきなよ。そうじゃないと……──蒸発しちゃうよ!」
言い終わると同時に、ギルドマスターは足を大きく一歩踏み入れる。
直後だった。
ぼこり。
と重苦しい音を立てて地面がもりあがり、巨大なゴーレムが姿を見せる。それも、一気に三体。
異様に太く長く発達した腕に、やや猫背ながらも見るだけで堅牢だと分かるその体躯は、それだけで重圧があった。
ヴン、と虫の羽音が幾重にも重なった振動音で、ゴーレムの目が赤く丸く光る。
「ちょ、ちょっと……?」
チャコは動揺しながらも腰をしっかりと落として身構える。身体の全センサーを前に集中させている様子だ。
「あれがポテトゴーレム。全長八メートルにも及ぶ強大な魔物。自分たちのテリトリーに敵意をもって無断で侵入し、危害を加えようとした場合、容赦のない反撃をしてくる」
「反撃……というか、先制攻撃」
「どういうこと、それ」
「今から分かるよ」
ギルドマスターは足元の石ころを幾つか拾い上げ、一匹に狙いを定めて投げつける!
細身からとはとても思えない勢いで石ころは一匹のゴーレム目掛けるが。
──ズドっ!!
目にも止まらない速さでゴーレムは反応すると、大きく口を開き、閃光を放ってきた。
すさまじい反動と衝撃波の音。しかし、閃光による破壊はそれさえ置き去りにし、地面を一切の容赦なく抉る!
「うひゃあああっ!?」
刹那前に察知し、飛び退いたチャコの傍を、閃光が通り抜ける。
爆裂しながら地面は抉られ、草は蒸発して嫌な音と臭いをたてていく。
「チャコ!」
飛び退いたチャコを、ベルはキャッチした。
閃光の向う側では、ギルドマスターが地面を転がっている。
草と土まみれになりながら、ギルドマスターは爽やかな笑顔でサムズアップしてきた。
「いやーははははは! 僕ができるのはここまでだよ! さぁ頑張ってくれたまえ!」
「何ができるにはここまでよ! 単純に挑発しただけやないか!」
チャコはツッコミをいれつつサムズダウンをかます。ベルは慌てて背中を撫でて窘めた。
確かにギルドマスターは煽っただけにしか見えないが、しっかりとお膳立てはしてくれている。
ずしんずしんと、野太い両手をも脚にして、一匹のゴーレムが迫ってくる。
うげ、と顔をひきつらせるチャコ。
ベルはチャコを肩車しながら地面を蹴った。
ポテトゴーレムは集団で動く。もちろん脅威を排除する際も。常に行動を共にするだけあって、チームワークを発揮されたらただでさえ薄い勝ち目は完全になくなる。
ギルドマスターはそれを封じたのだ。
絶妙なタイミングで一匹だけを挑発し、討伐対象を一匹だけにしたのだ。
──かなり技量がないと、できない。師匠がそういってた。
ちらりとギルドマスターを見やりつつも、ベルは距離を取っていく。
仕掛けるタイミングは、確実に一匹だけを相手取れる時だけだ。今だと、迫ってくる一匹を仕留めると次々と他のゴーレムたちも動いてしまう。
「くる」
仕草を察知し、ベルは強く左へダイブするように跳んだ。
直後、また閃光が地面を舐める!
しっかりとチャコを抱きかかえながら受け身を取り、地面を一回転だけして起き上がる。と、同時に地面を弾いた。
──じゅわぁっ!
追撃の閃光が、また地面を抉る!
閃光の異常な熱量が周囲の気温を急上昇させていく。肌がちりつく中、ベルは腰のポーチから鉄串を抜いた。
しっかりと一定の距離を取りながら、ゴーレムを引き剥がしていく。
何度も閃光にさらされながらも、ベルはようやく機をとらえた。
ここなら、他のゴーレムたちからも狙われる心配がない。
まずはあの閃光をどうにかしないと。
斜面を削るように滑り、ベルはチャコをおろす。時間が惜しい。
「チャコ、《狐火》を。タイミングあわせて」
「わかった」
どうして、と訊ねることなく、チャコは頷いて離れた。それだけの信頼関係はできている。
タイミングのカウントダウンの合図は、ベルの手振り。カウントは三から。
素早くチャコは魔力を練り上げる。
「──《狐火》っ!」
「──《串刺》」
完璧なタイミングで、二人の声が重なる。
直後、ゴーレムが僅かだけ戸惑った。そこへ、ベルの鉄串が三本、ゴーレムの口を縫うように突き刺さった。
「おお、あのとんでもない硬度を誇るゴーレムに攻撃を通すなんて!」
ギルドマスターの驚愕の声。
当然だ。現に、チャコの《狐火》はダメージ一つ与えられていない。とてつもない攻撃力である。
ゴーレムは必死にもがくが、ベルはすかさず鉄串を投げつけていく。
鋭い吐息と共に放たれた鉄串は、過たず腕の付け根に刺さり、腕を機能不全に追いやる。ゴーレムの構造を熟知し、かつ、正確過ぎる狙いが可能でなければできない芸当だ。
「投擲スキル……いや、違う。本当にただの料理人スキルだ……」
特殊魔法か何かでベルを分析しているのだろうギルドマスターは、声を低くさせて笑む。
少しばかり気持ち悪さを覚えたが、今はポテトゴーレムの方が大事だ。
きっ、とゴーレムを見据え、ベルは用意した串の全てを使ってゴーレムの両腕を封印した。これで脅威の半分以上は封じ込められた。
とはいえ、油断は禁物だ。
ベルの目的は、ゴーレムの討伐ではない。ポテトゴーレムがその背中で丹精込めて熟成させているポテトである。傷一つつけてはならない。
すら、と、ベルはもはや相棒になりつつある長包丁を抜き構えた。
「――《屠殺》」
たん、と地面を蹴る。
刹那の超加速は、ゴーレムの反応を勝った。
鋭い包丁が閃く。一瞬にして、ベルはゴーレムの喉ぼとけ、胸、腹を抉り斬る。鮮やかな切り方はもはや芸術の領域にあり、抵抗は許されなかった。
ベルが着地すると、ゴーレムが音もなく崩れ落ちていく。
残ったのは、その胴体だけだ。
ふう、と汗をぬぐうと、ぱちぱちと拍手がやってきた。ギルドマスターだ。
「すごい。本当にすごいよ、ベルくん!」
「ギルドマスター」
「ポテトゴーレムの背中を傷一つつけずに制圧する。それこそが、ゴーレムの討伐難易度がS級にされた理由。至近距離でも遠距離でも強力無比な攻撃力と防御力を誇るからね。だから通常は損傷覚悟で攻撃を仕掛ける」
ギルドマスターは自分の指先に魔力を灯して説明する。
ポテトゴーレムは確かに凶悪だが、ポテトの状態の有無を問わないのであれば、討伐レベルはB+程度になる。破壊そのものが絶対不可能ではないからだ。上級魔術を何発か当てれば、その装甲は壊れる。
「けど、君は見事にやってのけてみせた。Sランクのクエスト、パーフェクトクリアだ。これは驚嘆に値するし、ここまで完璧にやってみせたのは、僕が知る限り二人目だ」
「二人目?」
「たぶん、師匠だと思う」
首を傾げるチャコに、ベルは耳打ちした。
ベルの師匠は色々と規格外だ。やってのけて当然だとベルは思っている。
「さて、それじゃあ早速ポテトの収穫といこう! これを使って、美味しい料理を期待しているよ!」
「わかりました」
本番はこれからだ。
うきうきを全身で表現するギルドマスターの背中を見ながら、ベルは気を引き締めた。




