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ギルドマスター

「ギルド……マスター?」


 堂々と、穏やかな所作で入ってくるエルフの青年を見ながら、ベルは言葉を反芻する。

 そういえば、リアはサブマスターだった。

 当然、その上がいて不思議ではないが、これまで出会わなかったのも不思議だった。


「やぁ、ただいま」

「おう。おかえり」


 鷹揚に手を振って挨拶するギルドマスターに近寄りながらリアは手を振って応じる。

 だがその直後。

 一瞬にして間合いを詰め、リアはギルドマスターにアイアンクローを仕掛けた。めりめりっと危険な音がする。


「あいででででででっ! だめ、だめですよリア! アイアンクローで人を持ち上げたらってもう本当に無理無理無理無理無理!」

「うるせぇ! なーぁに爽やかにただいまとかほざいてくれてんだコラァァアアア! 二ヶ月も勝手にギルドを留守にしやがって! どんだけ俺が苦労したと思ってんだぁ!」

「ぐああああああああ」

「暴れんな! このままドタマ握りつぶすぞ!」


 激痛でだろう、抵抗するギルドマスターに、リアは容赦がない。

 ベルたちはただ目を点にして様子を見守ることしかできなかった。

 リアはしばらく鬱憤を晴らすようにギルドマスターを折檻し、ギルドマスターがぐったりしたタイミングでようやく解放した。

 力尽きるようにへたりこみ、ギルドマスターは頭をさすりながらため息を漏らす。


「まったく、ひどいですね、リアは」

「ひどいのは二ヶ月も長としての立場を投げ捨てたテメェだろうが」

「そこは悪いと思いますけど、仕方ないじゃないですか。風に呼ばれたんですから。エルフは自然を愛する種族ですし」

「ほぉう」


 さらりと髪をかきあげながら自慢するギルドマスターへ、リアは遠慮なく殺気をぶつける。ギルドマスターは顔をひきつらせながら咳払いを一つ。


「あの、まぁ、そんな怒らないでください」

「怒られない理由なんてあると思うか? あん? いっとくけど、たっぷりと書類仕事があるからな。一週間は不眠不休だからな。覚悟しろよ」

「え、ちょっとそんなに溜まってるんですか? ギルド運営ヤバくなってるんじゃ?」

「俺は至急案件しか処理してねぇよ。遅延してる分はテメェで謝ってやれ」


 リアはにべもない。

 絶望的な表情を浮かべて、ギルドマスターはせっかく立ち上がったのに崩れ落ちてしまった。


「いや、それよりも」


 我に返ったチャコが会話に入り込む。


「さっきいってた、パートナーにすればいいって、どういうことですか」

「そ、そうだ、それです」


 チャコのファインプレーでベルも我に返る。

 崩れ落ちてしまっていたギルドマスターは、落ち込んだ様子のまま「ああ」と気のない返事をして、ぽんと手を打った。


「それなら、私の仕事を手伝ってください。そうすれば教えてあげましょう」

「……オイコラ」


 早速リアが不穏な気配を放つが、ギルドマスターはえっへんと威張る。


「知っていますよリア。あなた、新人にいきなりAランクを与えたそうですね?」

「あ? そうだが」

「そんな特殊性の高い任命権はギルドマスターにしかないはずです。越権行為ではありませんか?」

「アホか。サブマスターには突発的なギルドマスター不在時におけふギルドマスター代理権限があるだろうが。それでは認められてるっつうの。そんなもんに騙されると思ったか」

「ぬぅうっ!?」


 さらりと切り返されて、ギルドマスターは仰け反りながら唸った。


「むしろ一ヶ月間の無断不在を報告書にあげてやろうか、あぁん?」

「あ、あは、あはははは……」

「それに精霊のパートナー制度は俺もよく知ってることだからな。っていうか傭兵の基礎テキストにも記載されてる、秘密にできる知識じゃないだろうが」


 綺麗に畳み掛けられ、ギルドマスターは項垂れる。

 その背中に哀愁が漂うが、サブマスターは一切同情しない。

 大きくため息をついてから、ベルの方へ振り向く。視線はベルの腕にある精霊だ。


「精霊のパートナー制度っていうのは、精霊と契約することを意味する。精霊を完全に調伏した状態で、契約紋を交わすってことだな。そうすることで魂と魂が繋がり、精霊を完全に制御することができる」

「……なるほど」

「逆に、そこまでしないと精霊は制御が難しいんだ。だから飼育は厳しく制限される」


 精霊は生物だ。

 それも、力をつければ人間よりも高度な知性を手にする上位存在だ。だからこそ、魂にまで影響する契約でなければならない。


「けど、その契約のためには、膨大な魔力が必要となる」

「そんな魔力は……」


 当然、ベルは持ち合わせていない。

 だからリアは提案しなかったのである。精霊のパートナー化は、本当に一部の限られた天才にしか許されない。


「魔力がなくても、方法はありますよ?」


 落ち込んだ空気に割り込んだのは、やはりギルドマスターだった。

 一斉に視線を浴びると、ギルドマスターはふふん、と自慢げに鼻を鳴らす。


「魔力の仲介者がいれば良いのです。僕なら可能ですよ? 何せエルフですからね、魔力量は人間の数十倍です」

「ならば早速やってもらおう」

「今は無理ですよ?」


 手早く首根っこを掴んだリアにぶら下げられながら、ギルドマスターはやはり威張る。


「精霊の仲介には膨大な魔力がいることは事実で、エルフからしても同じですからね。そのためには魔力の源が必要です」

「あ? 魔石か?」

「いえ。我らはエルフ。それはそれは美味しい食べ物こそが、最良の活力源!」


 ガッツポーズさえ作っていい放ったギルドマスターに、全員の視線が突き刺さった。いうまでもなく、ギルドマスターは流す。


「おい、いっとくけど冗談だったらマジで頭が真っ二つに割れるぞ?」

「冗談なんかじゃあるもんですか!」

「……ということは、まさか、ギルドマスターは水のエルフ?」

「お、詳しいね。さすがAランク」


 ベルの問いかけに肯定しつつ、ギルドマスターはニヤりと笑った。


「そう。僕は希少民族の水のエルフ。周辺の気や魔力を養分にする森のエルフとは違い、僕らは色々なものを栄養素にできる。オイシイご飯なんかは効率いいのさ」


 リアはまだ懐疑的な目線を送るが、ベルは顎を撫でる。


「そういうことなら、お兄ちゃんの独壇場だね」

「……確かに」


 ベルは料理人だ。

 そこらの一般人よりは上等なものが作れる。それに、今のベルには切り札ともいっていい食材がある。存分にふるまえば、満足させることができるだろう。

 水のエルフは肉も大好きだから、食材的にも問題はない。


「ああ、そうか。君は確か前職は料理人なんだっけ? プロフィールに書いてある」


 いったいいつの間に取り寄せたのか、ギルドマスターの手にはファイルがあった。


「それじゃあ期待できそうだ。よろしく頼むよ? 美味しいご飯で魔力をたっぷりくれるなら、僕は喜んで差し出そう」

「おい、嘘だったら」

「分かっているとも。嘘などいわないさ。あ、でもね、一つ注文させてほしいんだ」


 笑顔で、ギルドマスターは手を合わせる。


「僕、ポテトが大好きなんだ。それも……ポテトゴーレムの背中に生えてるやつが」

「おい、何いってんだ」


 すかさずリアが仲裁に入る。


「ポテトゴーレムは捕獲難易度Sだろうが!」

「だからだよ。ちょうどいいじゃないか。ベルくんの研修最終行程はポテトゴーレムの討伐。クリアできればSランクに昇格した上で研修終了、そして精霊をパートナーに。破格の条件だと思いますけれど」

「……やるかどうかは、ベルに任せる」


 小さく舌打ちして、リアは引き下がる。

 ベルはチャコを見て、互いに頷きあう。断る理由などなかった。見返りが大きい。

 ポテトゴーレムは食材として一級品だ。どう扱えばいいかなど、よく知っている。


「……わかりました。やります」

「それでこそA級だね。じゃあ専用クエストを発注しておくから、準備ができたら受注してね」

「S級……クエスト……」


 ごくり、と嬉しそうに、何故かブランが喉を鳴らした。すかさずリアがその頭をひっつかむ。


「ブラン。お前はこれから俺と一緒に補習だ」

「え?」

「三回は気絶すると思え」

「えええええええええっ」


 ギルド会館に、ブランの悲鳴が響き渡った。



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