追放からのなりあがり
「ベル……いや、ベルホルト。お前はクビだ」
町一番の料亭、クロウバード。
その中枢である厨房は、昼からの営業に向けた仕込みの真っ最中だった。
クロックロックバードのトリガラから抽出されるかぐわしい匂いに、ケニードラゴンの尾がじっくり焼き上がる、香ばしい匂い。包丁や綿棒、野菜のむく音で満たされていたはずなのに、店主の宣言が響いたことで一気に静まり返った。
ベルはいきなりのことに戸惑って動きを止める。危うく仕込み中の芋を落とすところだった。唐突の即時解雇通知はただごとではない。
「あの、それって……?」
ベルは大柄で目つきが悪い。しかも口下手で寡黙。立っているだけで威圧感があるが、ベルの声は小さかった。
「今朝、密告があった! キサマ、向かいの宿屋の娘に手を出したそうだな!? 夜な夜な寮を抜け出して!」
「……え? いや、そんなことしてないです」
「言い訳無用! もう証拠は色々とそろってるんだ!」
「そんな……!」
大声でがなられ、ベルは気圧されながらも反駁を試みる。
「昨日はずっと……」
「言い訳無用といったはずだ! ウチの料亭は町一番で格式高いんだ! そんなアホウを置いておけるはずがないだろう。今すぐ! でていけ――――っ!」
ベルの声は店主の大声にかき消された。店主の後ろでは、若旦那がニヤニヤとベルの様子を見ている。それでベルは悟った。
犯人は若旦那だ。
店主の長男で、典型的なドラ息子。おそらく、やらかしてしまったから、ベルに責任をなすりつけたのだろう。ギリ、とベルは歯噛みして、諦めた。
若旦那は小賢しい。
もうすでに色々と手は打ってあるのだろう。だとしたら、ベルに勝ち目はない。そもそもベルはその性格から、人付き合いはないに等しく、庇ってくれる仲間もいない。だからこそ、若旦那もベルに狙いを定めたのだろうと推察できた。
それならば、どんな抵抗も徒労に過ぎない。
「……分かりました」
ベルはうつむきながら、厨房を後にした。
空を見上げると、遥か上空でドラゴンの親子が仲良く飛んでいた。塀の向こうでは魔法使いが露店が出しているのだろう、賑やかな声が聞こえてくる。
虚しさを覚えながら、料亭の奥のほうにある下宿用のボロアパートにとぼとぼと辿り着くと、ドアがちょうど開かれた。
姿を見せたのは、洗濯籠を抱きかかえた、肩先までの銀髪に狐耳の小さい女の子。
ベルの、血のつながっていない妹だ。
「チャコ」
声をかけると、くりくりした目が大きくなって、狐耳がぴこぴこと動く。
「おにいちゃん? どうしたの? え、今働いてる時間よね? 忘れ物?」
質問されて、ベルはすぐに答えられなかった。表情をわずかに曇らせると、それだけで察したのか、チャコは目を細めてから、苦笑するように微笑んだ。
「クビにさせられちゃったんだ?」
黙って頷くと、チャコは「仕方ないね」とこぼしてからアパートへ戻る。
身支度を整えるためだ。クビになった以上、この下宿先にはいられない。チャコは小さい女の子だが、頭の回転は大人顔負けに早い。口も達者だ。
あてがわれた部屋は小さい上に二人で使っているので、荷物はほとんどなかった。
十分程度で身支度は整い、二人は料亭を後にする。向かうのは、町の出口だ。
「ここで雇われて半年くらいだっけ。何があったの?」
「若旦那が、女性関係で問題起こしたんだけど、犯人押し付けられた」
「ああ、あのエロガキか」
端的に説明すると、チャコは声のトーンを落とした。
「若旦那って、三十超えてるけど」
「やってることがガキだったらガキだよ? だからエロガキ。あいつ、私のこと変な目でみてくるんだから」
「そうだったの?」
ベルは返事をしつつ、内心で怒りを沸かせた。
自分が罪を被らされるのはまだ我慢できとして、チャコに手を出したら許せない。
「だから、アイツには近寄らないようにしてたの。でも、おにいちゃんは本当に大人しいっていうか……」
「ごめんな」
冤罪なのだから、もっと強く否定するべきなのだろう。だが、ベルはできなかった。
謝るが、チャコは首を振った。
「いいの。おにいちゃんのいいトコでもあるし、実際、どうやってもクビにさせられてただろうしね。それよりも、エロガキが仕組んだんなら、この町そのものから出て行った方がよくない?」
「うん、そのつもり」
「邪魔だと思ったら、どんなコトでもしてきそうだからね」
チャコの呆れ声に、ベルも頷く。
「ごめんな、チャコ」
「いいよ。気にしないから。孤児町に根付かずっていうしね」
そうあどけなく笑うチャコを見て、ベルはちくりと胸を痛めた。
ベルもチャコも、孤児だ。二人とも親をなくし、村から厄介者あつかいされて追い出された境遇から、二人で身を寄せ合っている。
「それに、私が働けたらいいんだけどねー、この耳だし。獣人じゃなかったらなぁ」
チャコは苦笑しつつ、自分の狐耳を撫でた。
獣人の立場は人間に比べて高くはない。その自虐に、ベルは少し腹を立てた。
「チャコはまだ十歳だろ。働ける年齢じゃない」
「それでも、だよ。おにいちゃんに甘えっぱなし。おにいちゃんだって、まだ十八じゃない」
「俺はいいんだよ。それより、どこにいく?」
ベルはチャコの頭を撫でながら聞いた。隣町にいく程度では、若旦那の魔の手が忍び寄ってくるかもしれない。少しでも遠くへいきたいのが本音だ。
チャコもそう思っているようだが、少し戸惑いを見せる。
「でも、お金が……」
「大丈夫。半年間、貯金はしてきた」
ベルは硬貨のたくさん入った袋を見せた。
「どこでこんなお金を……?」
「夜、バイトしてた。日雇いで。給料少ないから」
下働きで下宿住まいのベルの給料はしれている。だからバイトをしていた。
それが若旦那につけ入れられる隙にもなってしまったのだろうが。なるべく短時間で高給なのを選んでいたので、それなりに稼いでいる。旅の路銀としては十分だろう。
「海沿いの町とかは? そこなら料理店もあるだろうし、働き口もあると思うけど」
「……ベネスティーネとか?」
「うん! そこがいい! 街並み綺麗って有名だもんね。やったー!」
目をきらきらさせるチャコに、ベルはほんの僅かだけ微笑んだ。




